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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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2022年8月の記事一覧

【ショートショート】『タイムスリップコップ』

 目の前にいるのは、さっき僕のコップを持って行ったあの子だった。 「ごめんなさい。割ってしまいました」  社内で自前のコップやマグカップを使っているのは僕を含めて少数派になった。使った後には個人で洗うのがルールである。  今日は偶々、隣席の後輩の女性社員がついでに洗ってくれると言うので甘えたのだった。先日のランチのお礼らしかった。  飲み仲間の先輩が通りかかる。 「やっちゃったな。これ彼女から貰った大切なやつじゃん」 「えっ? どうしよう」泣きそうな後輩。  もう彼

【ショートショート】『初めての鬼』

 希妃は、僕が大切に思う女の子。強めのカーリーヘアーが似合う。何度目かのプロポーズをしたその日も彼女は僕の目を真っ直ぐ見ていった。 「ごめんね。私、結婚はしないの」  いつもより甘い時を過ごしたその夜。ふと目を覚ますと希妃は僕の左腕を枕にして可愛い寝息をたてていた。右手を伸ばし頭を撫でる。いつもは髪型が崩れるからと触らせてくれないのだ。  すると、ある事に気付いた。頭頂部の左側が突起のように盛り上がっているのだ。恐る恐る右側の方も探ってみるとそこにも同じものがあった。  

【ショートショート】『フシギドライバー』

 初めて見る景色の中で車を止めた。鬱蒼とした森に迷い込み不安な表情を隠せない助手席の彼女に向かって言った。 「ねえ、ここは何処? ポンコツナビゲーターさん」  ほっぺを膨らませて怒った表情を作って見せるが、それがなんともかわいい。僕は左手をハンドルから彼女の頭に移し、くしゃくしゃにしてやった。 「なんなのよ! せっかくセットしてきたのに」 「海が見たいって言うから、君にナビをお願いしたんじゃないか」 「方向音痴だって前から知ってるでしょ?」  逆ギレである。それに

【ショートショート】『チャリンチャリン太郎』

今夜も駅前路上ライブ。稼ぎはぼちぼち。 でも、来てくれるかなチャリンチャリン太郎君。 いつも終電で帰ってきて、わたしの目の前で一曲だけ聴いて投げ銭をはずんでくれる。 今夜は、新曲を降ろしたばかりだから張り切ってるけど客の反応はいまいち。とうとう終電になっちゃった。 客がぞろぞろ改札を出てくるのを待って新曲のイントロを始める。 良かった。太郎君、やって来た。 彼が目の前で立止まるとアコースティックギターのストロークに力が入る。 一瞬目が合ったけど彼はいつも通りすぐに目を逸