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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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2022年6月の記事一覧

【掌編】『寝起き』

 保冷カプセルが開いた。旅立ってからきっかり十年が過ぎていた。置かれた状況を教えてくれる音声ガイドが自動的に再生される。マニュアル通りだ。 『ここは、星系探査船の中です。母星を出発してから十年が経ちました。これからあなたは……』  音声ガイドを止めた。何回か繰り返されたそれを漸く神経が通った右手を使って黙らせることが出来たのだ。 「ええ、わかっていますとも」  ”二十歳でこの船に乗り込んだから、今、三十になっている訳ね。” カエデの十年ぶりの呟きは、聞き耳を立てていた

【短編】『春の終わりごろに』

 通っている高校は街の中心部から少し外れにある。部活が終わっての帰り道、賑やかな方へ向かって歩き出す。まあ、中心だろうが外れだろうがこんな退屈な地方都市では大して変わりはない。二年の僕と一つ上で同じ吹奏楽部のゆかりは付き合ってる訳でもないけれど、退屈なこの街を一緒に歩いて帰るのがいつもの事になっている。小さな公園で桜の若木が花をつけていた。 「花見行きてー」 「うだうだ週末まで待ってたら散ってしまうね」 「じゃー、今晩行く?」とゆかり。 「行くか」と僕。 「わかった、着替