昭和二十七年度 社会教育の現状(文部省社会教育局)


1 意義

 教育の重要な目的の一つは、社会に対する適応性を養成し、社会をよりよくする能力を助成することにある。これまでの教育は、子供の理解力など少しも考慮せずに、おとながつくった教科課程を生徒につめこむ以外には、なんの目あてもなかったのである。子供の心身の成長についての理解などはほとんどなかった。しかし新教育では、生徒が自分の経験によって、現実の社会に生活してゆく能力を養成するように、指導することを主眼点としている。一方には社会における激しすぎる嵐から生徒をまもり、また一方には社会の複雑すぎる動きを整理し、単純化して、子供がこれに耐えてゆかれるようにしてやることが、教育の一の目的である。
 この見地からすれば社会が全体として学校である。この社会学校で、子供をもっとも愛し、もっとも理解するものは父母と先生である。もしこの二つの最大の力が協力すれば、子供が生活するどんな場所も、どんな時間もすべてあたたかい配慮によってみたされるであろう。さらにまた、子供たちのしあわせのためにする父母と先生の協力は、おのずから子供たちのために、より良い父母になり子供たちのためによりよい先生になろうとする真剣な努力となっていくであろう。結局PTAは、教育民主化にも成人教育の推進にも絶対に必要なものである。

2 現状

 PTA発足以来五カ年を経過した今日においては、日本のPTAもその本質は一応普及しており、毎日の新聞、雑誌、ラジオ等においてその言葉に接しないことがない位に一般化され、また常識化されて来た。是非の論は別として、PTAが戦後荒廃せる学校施設の整備改善等、ならびに学校財政の急を救ったことは、大きな仕事である。又PTA活動によって父母ならびに一般の人々が学校に親しみを覚え、教師と手をたずさえて児童の福祉推進を考え、又相互教育自己教育を行うという機会が与えられたことは、一つの大きな成果である。しかしひるがえって考えて見るに、PTAが主として学校教育との関連において考えられる限り、本来の学校後援会的性格が何らかの形で払拭され切らずに現在に及んでいるということ、換言するならば日本のPTAは依然として後援会、保護者会の城を脱していないのではないかとの声も聞いており、甚だしきに至っては学校当事者さえPTAは不用であり学校後援会があれば十分であるという実情に至っては、この際我々としてもう一度その本質に立返って、大いに反省して見る必要があるように思われる。しかし一方においては現状に満足せず、さらに前途に幾多の困難を予想される新しい自主的活動への第一歩をふみ出す気陳に満ち、PTAの理想に邁進してゆくという幾多の実例を我々はしばしば目で見、耳に聞くのである。今や講話を契機として、内容の充実期に入っている日本のPTAは、今後いかなる方向にすすむべきか、きわめて重大な岐路に立っているといえよう。

3 問題点

 次に全国PTA の動きから、参考となる点、また反省すべき点をのべて見たいと思う。
(1)  成人教育が盛んになって来た。子供を保護したり指導するばかりでなく、両親や教師自身の教養を高め、子供の生活をつつむ、家庭や社会の教育的環境を向上することがPTA の大切な活動分野であることが、次第に認識されて来た。その地域を対象とした夏期成人教育講座の開催、公民館の定期講座への協力、一日入学、読書会、諸種のスタディグループの結成、見学等が漸次各地方において活発になって来た。
(2)  実験PTA が地について来た。従来はモデルPTA と称して、一種の表彰に止まっていたが、近来は研究課題を中心とする研究的なものになって来た。これによりPTA についての討議が実証的、建設的になってきた。
(3)  正しいPTA 経理への理解が増して来た。憲法や法律で定められている学校財政のあり方、および民主的団体としてのPTA 経理の措置について、認識が増し、学校援助会計とPTA 会計との間にはっきりした一線を画するに至りつつある。
(4)  校外補導が重んぜられるようになって来た。学校教育におけるガイダンスと相まって、部落子供会、ホームプロジェクト青年団、婦人会、児童福祉委員等との連絡協調、こどもクラプの育成、地域の実態調査等が地方により熱心に行われている。
(5)  PTA 機関誌が充実して来た。多くのPTA がPTA 新聞とかPTAだよりとかいろいろの名称で、定期的に機関誌を発行し、家庭と学校と社会とのよい連絡提携を図って来た。総会などに欠席した会員に対して、たしかに連絡の役を果している。これは単位PTA のもの、連絡協議会のものが共にその内容において見るべきものがある。
(6)  郡、市、都道府県、連絡協議会がPTA スクール、ワークショップ又は研究協議会の名称で、単位PTA の指導者の養成に力をつくすようになって来た。又その実施方法においても年を追って向上しつつある。

反省すべき点をあげれば次の通りである。
(1)  自主性、地域の実情、日本的なもの、現実の段階等に名をかりて、独善、安易、非民主性、学校後援会的性格に陥るものがある。規約の軽視、規約の改悪、討議および多数決の無視、役員の重任等にその徴が見える。
(2)  委員会に対する理解と認識の不足。委員会を―つの部と誤解したり、PTA 活動の執行機関であると考えたりする傾きが多い。すなわち一般会員が委員会にPTA 活動をまかせてしまっている所がある。これは警戒を要することと思う。
(3)  部落会、学校集会偏重の結果総会軽視の風が見える。
(4)  教師の無関心。学校予算が充実するにつれて、いわゆるPTA の必要性と利用価値減退に伴って益々この傾向が 助長されつゝある。
(5)  機械的入会、退会。PTA が常識化するにつれ、趣旨の普及啓蒙が軽んぜられ、会員の入会と退会は子供の入学と卒業に附随するもののような通念を強め、勢い保護者会的性格を濃厚にする。したがってPTA 会費を児童数に応じて徴収するPTA が未だに相当数ある。
(6)  連絡組織が交渉機関又は陳情団体化。教育財政の確立学校給食への存続、六三制堅持。これらはPTA としての正しい主張である。しかし動きの実際を見るに、当局に対する働きかけを急ぐのあまり、これがPTA 会員一人一人の正しい現実認識に基づく自覚ある主張の盛り上りとなるに至らない場合が少くない。
 一般会員へのインフォメーションに力を注ぐよりも、他への交渉を先にし、重んずるようなことがあれば、一会員はただ「数」の一つとして利用され、交渉の踏台として使われるにすぎなくなる。勢のおもむく所、連絡組織の政治化、ファッショ化の危険なしとしない。
(7)  正しい連絡組織への理解と関心の不足。各都道府県はほとんど連絡協議会をもち、全国組織も遠からず結成されんとしつあるにかかわらず、一般に連絡組織についての熱意をかき、真の連絡組織育成の積極性が見られない。
(8)  最近一部の地方において、PTA 会費を、市町村で全額負担し、会費全免の措置をとっている所が見られるがPTAは民間団体であるので、その必要経費は当然団体自体で賄われるべきで、公費は私の団体に補助金として与えるために使ってはならないのである。又PTA 経費を市町村で負担するとすれば、当然そこに政治的な支配が考えられ、これは民主的団体であるPTA としての真のあり方に反するもので、将来ともこうゆうことのないよう戒心を要する問題である。

PTA 組織運営上の問題
 今日といえどもPTA を育成発展させてゆくための根本の課題は、個々のPTA が理想的な民主的社会教育関係団体の一つとして育ってゆくよう、その組織、運営、活動について、反省と検討を加え、将来の発展のための参考となるべき点につき、指摘をしてゆくことにする。
(1)  PTA の組織に関する問題
これは、参考規約に示された形態をとることが、理想的であると考えられているので図によって示す
(図略)

(2)  社会教育関係団体の一つであるPTA の重要な目的は、ただ単に会をつくつて何か事業をやるというよりか、会を構成する会員同志が自己教育、相互教育をすることにある。それ故に会を運営することは、必然的に会員へのサーヴィスであって決して会を代表する権威的行為であってはならないのである。ややもすると役員や委員は、一般会員より一段上の地位にあるもののように考えられ、又実際そのようになっているのであるが、PTA の会員はみな平等であっていささかも軽重の差があってはならない。平等の立場の会員によって役員が選ばれるのが民主的団ある。そこでPTA の運営は究極の目的であるところの会員相互の自己教育をとおして、子供の幸輻のための会員同志の協力活動をいかにしたら推進出来るかについて、会員中からえらばれた何人かの代表者が、全会員にかわっていろいろ工夫し、サーヴィスすることに外ならない。
 さらにこのサーヴィス的行為をPTA 本来の活動であるかのごとく誤解して、極端にいえば単にえらばれた幾人かのPTA 活動に終始している場合も多いので、このことについても一応改めて反省を要する問題であろう。そこでPTA の運営ということはどんなものであるかとば、会員の活動に都合のよい便宜を提供することがすべて運営と考えられるので、大体次のようなことがあげられると思う。
イ 規約  ロ 役員及び委員  ハ プログラム  ニ 集会   ホ 会員
ヘ 経理  ト 拠金行事  チ レクリエーション  リ 調査研究
ヌ 資料  ル 広報宣伝  ヲ 効果判定  ワ 連絡調整

(3)  PTAの活動に関する問題
 運営は一切役員、委員のみの仕事であるが、活動は必ず全会員によって推進されるべきものでなければならない。活動には次にあげるような事柄が考えられるが、方法として、全会員で行うもの、小グループに分れて行うもの、会員個人々々によって行うもの等考えられる。社会教育というのは、決して派出な行事にのみ終始するものでなく、社会において個人々々の日常生活の実践こそ大切なものであるから、PTA活動においても、花々しい行事にのみ目をうばわれることなく、次に掲げる行事の充実した実践が望まれる。

 イ  PTAと学校
  (イ)  新しい学校教育の理解ならびに促進、教科内容、教科課程の充実のための活動
  (ロ)  学校行事への積極的参加ならびに協力
  (ハ)  学校給食活動への協力
  (ニ)  特殊児童生活の補導及び擁護のための活動
  (ホ)  学校の保健衛生生活への協力
  (ヘ)  学校施設を利用しての講座講習会等の開催
  (ト)  先生と両親の共同研究
  (チ) 学校図書館の充実
 ロ  PTAと家庭
  (イ)  家庭における子供の生活指導
  (ロ)  家庭生活の科学化、合理化の運動
  (ハ)  家庭生活民主化の運動
  (ニ)  両親教育のための活動
  (ホ)  ホームプロヂェクトの実践
  (ヘ)  家庭の健康生活プログラム樹立のための活動
 ハ  PTAと社会
  (イ)  社会福祉、児童福祉のための専門的施設、機関の活動事業への協力
  (ロ)  児童憲章の普及徹底
  (ハ)  児童生徒の校外生活の指導、特にその自主的団体活動の育成
  (ニ)  職業生産教育の振興及び児童生徒の進路開拓への協力
  (ホ)  教育財政確立のための活動
  (ヘ)  地域社会の社会教育振興のための活動
  (ト)  公衆衛生思想の普及
  (チ)  国際理解、国際親善のための活動

(4)  PTA育成上の問題
 社会教育関係団体としてのPTAに対しては行政機関による統制干渉は、絶対に加えてはならず、補助金等の交付などの交付も出来ないのであるが、これの健全な育成のためには、時にふれ折にふれて、行政機関の責任において紫藤助言を行うことが必要であると思われる。すなわち、

1.  指導者育成
  a. 教員養成の課程中に両親教育、PTA に関する単位を設定すること。
  b. PTAスクール
2.  研究指定PTA(実験PTA 、モデルPTA を選んで夫々の研究テーマに基づくプロジェクトの実施)
3.  ワークショップ(新しい研究集会のもち方についての指導)
4.  資料の作成配布

(5)  その他の問題
 PTAの当面しているその他の問題については、当事者の間においては充分認識され、これが打開につき種々努力されているところであるが、在来より問題となっていることが現在でもなお完全に解決したとはいえず、なお一層戒心を要する問題としてここにあげ、今後の発展に対する反省のよすがともなれば幸である。


PTA史研究会『日本PTA史』2004, 日本図書センター pp.456-69

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