平湯一仁 『現代PTA入門』 1973 —— 序章 PTA不要論のいろいろ

 ここ数年、義務教育費の私費負担の全廃ないし軽減措置が一般化する傾向のなかで、PTAについての論議が活発になっています。その多くは、PTA不要論ないし消極論ですが、教育の国家統制がすすむなかで、親の教育権を日常、具体的に行使する場としてのPTAの役割、そのありかたを真剣に考えようという動きも、けっして少なくはありません。
 PTAなどやめてしまえという意見は、学校管理職と、それにつながる一部の教師たちの間に、かなり根深くくすぶっています。学校とPTAとのつながりを〝金〟を媒介としてしか考えることのできない人たちですから、めんどうくさいPTAなど解散してしまって、さっぱりと後援会として出なおせば、〝金〟を媒介にして発言権を回復しようと機をねらっている地域ボスたちと、いつでも〝共闘〟が組める体制だといえましょう。
 こうした底流は、学校管理職や教師の〝権威〟をともなっているために、学校に対する後援活動をしないPTAなんて、なんになるの、という人たち——今まで何の疑問も反省もなしに後援活動ひとすじに専念してきた人たちで、学校やPTAでかなりの発言権をもっている——をまきこんで、具体的な動きともなりかねません。PTAなんて、あったってなくったって、どうということないじゃないの、会費納めてりゃいいんでしょ、というような会員が少なくはない現状を考えるとき、ほうっておくことはゆるされません。
 なぜなら、それは親たちの教育権の自覚をはぐらかし、PTAをつねに体制側に役だたせるような状態にしておくこと、それができなければ、父母と教師を引き離し、対立関係におくことによってPTAそのものを無力化するか解散させる——つまり、学校教育についての父母の発言=教育権の行使を封ずるという権力のたくらみに手をかすということになるからです。
 学校後援活動のためにPTAはあるのだろうか、それでいいのだろうかという疑問をもち、いくらかでもPTAの体質改善にとりくんできた人たちの中にも、いくら努力しても会員の意識はちっとも高まらないのに、学校管理職やPTAの幹部たちからはさまざまな妨害や圧迫をうけて孤立するばかりだ、どうせPTAなんて、どうにもなるものではないという挫折感から、消極的になり、PTAにそっぽをむくようになった人たちも少なくはありません。
 この人たちが、悪意からではないが、不用意のうちにもらす不満やためいきや、自分の挫折を合理化するためにつくりあげた〝理屈〟は、PTAになにがしかの関心をもち、いくらかでもよくしていこうという気持をもっていた人たちに、さまざまなかたちで、微妙な影響をあたえることも否定できません。
 PTAなんて、どうせはじめから体制に組みこまれた組織だから、どういじくってみても、どうなるものではない、という〝評論家〟もいます。PTAの実態をありのままに見ようとしないで、偏狭な自己の〝理論〟をPTAにあてはめただけですから、PTA活動を通じての父母、とくに母親たちの成長とその力量を正当に評価できない——つまり信頼しないというあやまりをおかしているので、大きな影響はもちえませんが、その〝理論〟が、さきにのべた熱心だった活動家たちの挫折の〝合理化〟につかわれるとき、PTAの健全な発展を妨害するはたらきをもつことにもなりかねません。
 もちろん、挫折感やあきらめでPTA活動に消極的になった人たちのなかに、PTAの組織とは別のところで、グループ学習をはじめ、あるいは市民運動・住民運動に積極的にとりくんでいる人もたくさんいます。そういう学習や活動のなかで、あらためてPTA活動の重要さを確認し、またPTAにかえって活動をはじめたり、PTAと連けいをとったりして、すばらしい成果をあげている人たちも少なくはありません。
 このことは、PTAのたてなおしのためには、学習活動と、それをくぐっての実践活動が、どんなに大切であるかを教えてくれます。したがって、それをしてこなかったPTAの怠慢が、きびしく反省させられるわけです。
 こうして、PTAたてなおしの展望は、ようやくひらけようとしているのですが、もうひとつの障害があります。それは、会員なら誰でも感じているようなPTAの弱点——会合に出てくる人が少ない、出てきても発言しない、委員になりてがない、熱心な人はなんと後援活動だけ、学校管理職の干渉がひどくてやりにくい、などの〝困った〟現象をならべたてるだけの、第三者的な、無責任な〝評論〟がはやっているということです。
 なぜPTAがそうなっているのか、その根っこをあらい、どうしたらよいかを示唆することもない〝街の床屋的〟談義でも、活動の困難やなやみを、あれもこれもとならべたてることによって、なんとかしなければならないと悩みながら、会員たちに「ほんとに、そうなのよ」「どうしようもないわね」と〝共感〟させることはできます。しかし、それだけであって、PTAのたてなおしに何の役にたたないばかりか、むしろ有害でさえあります。
 というのは、その〝共感〟は、ため息となって蒸発するか、自分はこれまで努力してきた、しかしどうにもならないものはどうにもならないのだ、やってもしかたがないという自己弁護に役だつだけだからです。井戸端会議で、野菜も肉も高くなった、安いところはないかと探して歩いたが、だめだった、しょうがないわね、というぐちをならべあうだけで、なぜ野菜も肉も高くなったのかを掘り下げて考えようとしないために、どうしたら物価を安くすることができるかわからないまま、あきらめて、けっきょくは高物価政策で利益を得ている人たちを喜ばせているのと同じだからです。
 誰のために、何のためにPTAを問題にするのかという基本的なことを、たえず問いなおし、たしかめつづけなければならないと思うのです。
 PTAの生いたちについては、あとでふれますが、それが占領軍の勧奨をうけて、文部省の指導によってできたものであったにしても、当初、公選~教育委員会とともに、親=国民の教育権を行使するためのものであったことはたしかでしょう。
 親たちは、むろん、教育権などという、はっきりした意識はもっていなかったでしょう。しかし、とにかく自分の子どもの教育について、先生たちと対等に話ができる、思ったことを学校にいうことができるという喜びでPTAに期待をもち、胸をふくらませたのです。敗戦まで、自分の子どもの命運をオカミにまかせて、なにひとつ言うことのできなかった親たちにとって、これは当然なことだったでしょう。
 しかし親たちは、自分たちの組織を自分たちでつくりあげていくという経験をもちあわせていませんでした。そのために、せっかくPTAができても、多くの親たちは、つんぼさじきにおかれ、PTAは、べつの目的につかわれることになってしまいました。それがまた、学校の退廃・荒廃をもたらしました。
 多くの父母たちがつんぽさじきにおかれたということは、それだけ父母の教育権の行使がおさえられてきたということです。その間に、教育の国家統制は、既成事実を積み重ねることによって、着々と体制をととのえ、いま、学校の管理体制の強化で、その最後の仕上げをいそいでいます。
 父母に対して〝もの言わぬ〟教師、PTA活動をさける教師がふえたということは、教師を父母から引き離して、権力機構の末端に組みこもうというたくらみが効を奏しているということでしょう。親だけでは子どもはまもれません。教師もまた、親のささえがなければ、かつてのように教え子を戦場にかりたてなければならないようなはめに追いこまれるでしょう。
 それでもよいという親はいないはずです。だとすれば、いろいろ困難な問題があるにかかわらず、やはりPTAのたてなおしを真剣に考えるということにいきつくのではないでしょうか。
 なぜ、そうなのか、どうしたらPTAのたてなおしができるか、それを考えていくことが本書の課題です。それを、子どもの命運をひとにまかせてはならない、私たち親はみんな、子どもの教育についての願いや要求を学校や行政に対して言うことができるのだ、それをしなければならないのだという、親=国民の教育権ということを原点にして考えてみたいのです。
 もちろん、国民の教育権を行使するための組織は、PTAだけではありません。しかし、子どもたちが、学級・学年・学校をおなじくする親たちの組織であるという意味で、PTAは、他の組織ではできない活動ができるという特殊な性格をもっています。PTAでなければできない活動、PTAだからこそできる活動があるはずです。このことをじゅうぶんにいかしていきたいと思います。




平湯一仁 『現代PTA入門』 1973 新評論 pp.5-12

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