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一枚の自分史:祈る

2016年、2017年と皇居勤労奉仕をさせていただいた。
エフ・フィールドという三重県を中心に全国で活動しているNPO法人に属している大分の友人から皇居の清掃奉仕をしないかと誘われた。
その友人はいつも新しい感動を運んでくれる有難い存在だった。彼女の薦めなら何の迷いもなく「やってみたい」と答えていた。
日本中から集まったのは、アーティスト、詩人、書家、放浪の合唱作曲家とそれぞれになにがしかの活動をしている個性豊かな面々が集合したのが1年目だった。

主に草引きなのだが、他にも掃除や山の上から枯草を集めては下ろしたりした。体を使って働くことは爽快だった。
芝生から伸びはじめた雑草を抜いていく。ごめんねと草たちと心で対話しながら、ここでは草引きも瞑想になる。数時間、ただ黙って粛々と草引きをしているとトランス状態に入ることがあった。ただただ気持ちがよかった。
赤坂御用地は元紀州家藩邸だった江戸時代に造営された庭園の滝が長年放置されて土砂が積もって埋もれていた。それを掘り起こすために、流れの底に敷詰めていた那智黒(石)を自然石と選別して採り集めた。
2回も落ちかけた穴を掘り進むと、石ワクの下からレンガでできたものが出てきた。止水栓らしいものを発掘した。案内役の造園師さんが調べてみたら、明治に創られたものだという発見もあった。
どれも土方作業だけど楽しい。疲れを感じないのが不思議だった。むしろ清々しい。

4日間のうち、肉体労働ばかりしていたわけではなく、宮内庁の「おもてなし」も受けていた。広大な皇居の中を見学も兼ねて歩き回る。天皇陛下のお田植えなさる水田や皇后陛下の桑畑など、一般の人は立ち入りできない場所をはっぴを着た庭師さんのひょうきんな案内で巡った。

多くの団体が来ていた。学生らしい団体もいた。その中でまぎれて迷子にならないように、私たちは揃いのオレンジのTシャツを着て、上にもオレンジのウインドブレーカーを着た。嬉々として働く陽気なオレンジお掃除軍団は一般の人からは不思議な存在だったことだろう。

天皇、皇后のお会釈があった。姿と言葉が美しくて自然に涙が溢れて落ちる。とんでもないオーラに圧倒された。
2メーター先におられた。代表にだけ声をかけられるのだが、私たちの着ているTシャツに目をとめられて、何か意味があるのかと皇后が尋ねられた。シンボルマークの「命のタンポポ」の意味を聴かれたのだ。
エフ・フィールドは故日野原重明先生のなさっていた「いのちの授業」から始まった。学校への出前授業を通し、次世代を担う子どもたちに普段考える機会の少ない『いのち』について考えるお手伝いをおこなっている。

東宮御所でも皇太子のお会釈があった。妃殿下は体調が悪いとのことだった。そのお姿は穏やかだったが、寂しそうに見えたのは私だけだろうか。このお方が天皇になられたら、日本の国は寂しい国になるような気がした。

2016年5月の一度目の勤労奉仕から帰って、8月8日に天皇が譲位するという報道があった。大きな意味のある年に勤労奉仕に行ったことになった。
そして、9月、私はエフ・フィールドの仲間に加わった。「いのちの授業」の講師になった。八木さんも講師養成講座でご一緒した。
八木さんとは、皇居勤労奉仕でお世話になった宮内庁の総務課の女性で、総監督のような方だった。かつては宮家に仕えたことのある方だった。その方が、エフ・フィールドの活動に興味を持ってくださったのだ。

その八木さんが、2017年3月で退職されるとのことで、どうしても在職中にもう一度行きたいということになった。譲位のお話が出てからは希望者が急増していて抽選も激戦だったが、運よく3月ギリギリで行くことになった。

2年目、日本の父母の慈愛のお姿は変わらないが、天皇のお顔が穏やかで落ち着いていらっしゃる。譲位のことでご安心なさったのだろう。本当によかったと思った。前年の凄まじいパワーではなくて、この年いただいたパワーはただただ優しくて癒しのパワーだった。どうかゆっくりとなさってくださいと祈った。
反対に、前年の皇太子がお寂しそうに見えたものだったが、この年はお顔の色もよく、表情も明るく穏やかで、いよいよのご自覚を感じさせるお姿を拝見させていただいた。

相変わらず疲れを知らなかった。毎日、奉仕が終わってからも遊び惚けていた。前年はミュージカル鑑賞やはとバスで東京見物、2年目は明治神宮参拝、ヨコハマみなとみらいまで足を延ばした。呆れるぐらいみんな元気だった。

八木さんは、退職後、即位の礼が終わるまで、新天皇になっても皇居勤労奉仕者がこれからも減少することがないようにと各地に声を届けて歩かれた。実際に大阪にも来ていただいた。コロナ禍で途絶えたが、今は再開している。

次はあるかどうかはわからない。これが最後だと思い心を尽くしてよかったと思う。
生きている今を愛おしむ時間だった。祈りを捧げながらご奉仕させていただいた。不思議な空気感に包まれてひたすらに体を動かす。仲間のみんながピュアで優しさに溢れていた。日本人としてのDNAで繋がっていた。無心のご奉仕ができていることに感謝しかなかった。

あとからじわじわと寄せてくるものがあった。
不思議だ。清掃奉仕に行きたいだけでは実現しない、何か聖なるものからお呼びがかかっていた。大きな力に感謝しかなかった。
何かが始まりそうな予感がした。生き直すのだろう。何回でも生き直したらいい。今日と同じ明日があるかはだれにも分からない。大切な今を大切に生きる。生きたくても生きられなかった人を思うとき、大切な今日を本気で生きたいと思った。












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