獲物

キスをする。手の中天を仰ぎ、そそり立つ硬直。

ぴくんと震えて、そのかなた上の方ではため息混じりの産声があがった。

劣情を押し込めるみたいな、呱々の声。


 まだすこし柔らかいから握り込んだ。きっとまだ、物足りない。上げて落とす、上げて落とす。繰り返していくうちにあなたの意志は固くなる。

 擦り上げて、ほおに寄せて、たまに唇でたるみをひっぱって悪戯する。猫がおもちゃで遊ぶみたいに、けれどそれよりもっと優しく大切に。

 これは男の舵だった。

 そうして愛しいその皮の感触を楽しむとき、視界の端であなたの目尻が甘美な苛立ちで歪んでゆくのが見える。ああ楽しい。


 男の股の間、特別な操縦席を陣取って好き放題。

 前へ後ろへ、下へ中へと好きなように動かして、時折水音をわざとあげながら顔色を伺ってみる。どうしているかしら。どんな顔をしているかしら。

 それは獲物を狙う好奇心。


 舌と視線で操縦して、あるいはときどき、口の中いっぱいに頬張って、笑ってみせて、もごもご、しゃべる。

 たまに溜めきれなくなった吐息をまとめて吹きかけると、痛いとでも言うみたいに太ももが強ばるのが面白い。だから私はわざとらしく喉をごろごろと鳴らして見せる。獲物は酷く喜んだ。


 するとあなたは嫉妬と熱に浮かれた瞳で、冷めた視線で見下げてくる。それなのに、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる手が情熱的なのだから心のうちで笑ってしまう。

 隠したつもりで、隠せていない情欲。私にはバレバレだった。めざとく見つけて爪で引っ掻き出し、表に晒す。猫は飼い主に成果を見せびらかしたい生き物だからだ。


 とめどなく溢れる唾液。じゅぶじゅぶ。近くで水の音が聞こえる。ここはきっと海の中か、川のほとり。時折さらりと髪を弄ぶ手が心地いい風の調べ。

 上流は濡れた唇。緩く開き唇を湿らせ、それがだんだんと流れを強めて下へ下へと流れてゆく。下流で広がる水音は激しい。比例して少し、しょっぱくなってくる。海に出るから。

 言葉にしないコミュニケーション。私は流れに逆らうみたいに上へ上へと視線を送って、しかし流される。その一挙一動すら見逃したくなくて必死に献身するのだ。

 早く平げてくれ、と、あなたは言う。


 求められるがままに私は、まるでお腹を空かせたサラリーマンみたいに丼ぶりを掻き込むようにして夢中で腰に抱きついて、同時にその小さな首を絞めてやった。確実に息の根を仕留める必要があるからだ。

 言外に含ませるのは、許して欲しい。せめてもの恥じらい。口に出すだなんてそんな、はしたない。

 それより中で果てて見せろ。


 ひどく空腹でいけない。苛立ちを抑えられなくなったあなたは猫を打つ。首元に噛み付いている猫のせいで、あなたはもういっそのこと瀕死なのに。なんどもなんどもその腰を揺らす。まるで海上の船みたいに。

 苦しさで滲む視界の先であなたの瞳も濡れていた。

 きっと溺れているのだ、私も。あなたも。


 もう片方の手指をそっと潜り込ませてその牙を湿らせる。そろそろ、海が荒れる。

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