隣町の商店街

 ゆっくりと息を吸って、吐いた。浮上する意識。眩い光がどうッと押し寄せてくる。朝だ。

 カーテンの隙間から漏れ出すそよ風と、元気に囀る小鳥の声。晴れ。少し水の匂いがした。昨晩降ってたのかもしれない。

 ぐうっとのびて、ぼわ、とあくび。

 どれだけ長い間眠っていたのだろう。眠りすぎたのかどうにも体が重い。しかし、生きていると実感できる心地の良い重さだった。

 ぺたぺた、口を濯いで、ずんずん、パジャマの裾を踏んづけてリビングへ。

 開けっぱなしにして眠っていた窓から風が吸うと吹き抜けて、木漏れ日みたいにカーテンを揺らしていた。森の中にいるみたいな気持ちになれるこの場所は、物件を決めた時からのお気に入りポイント。

 やかんをセットし、テーブルの上には昨日しまい忘れた口が開いたポテチ。かじる。しけてる。でもまあわるくない。


「さあてと、今日のニュースは・・・」

 ポッ。がやがやがや。一瞬にして静かだった空間が人の声で満たされていく。一人じゃないみたいになる。テレビってすごいと毎度思う。

 ちょうど付けた時に、見覚えのあるジャケット写真が映し出されていた。

 おっ、タイミングがいい。次の週にお気に入りのアーティストの新曲がリリースされる告知だった。あの曲、大好きなんだよなあ、そこで。

 ピョーーーー。湯が沸いた。

 

 ぼうっとテレビを見ながら注ぐ、最近流行りのゆず茶。ゆずのにおいが朝にぴったり。肺の底まで満たされるみずみずしさ。甘味。うーーん、最高。もう一度伸び上がっていると、お、きたきた。お目当てのコーナー。


「今週の占い!射手座のあなたは全体的に運気が上々、今まで気になっていたけど後回しにしてきたことなんかにどんどん取り組んでみるといいでしょう。」

 可愛らしいお天気キャスターのお姉さんが元気よく運気を紹介してくれるこの、週間☆ドッキドキ占い。朝に見ると元気になる。いつも見てしまう。服も可愛い。

「だけど生活を疎かにすると、貧弱死するかも?!」

 貧弱死っておい。

 「男女間のもつれにも要注意!複数の異性が気になっているのなら、早めに心を決めるのが吉。ラッキーアイテムは・・・・・」

 男女間のもつれか・・・・。


 人生は色々あるみたい。とはなんとか言ったって、運気が上々と言われると嬉しいものだ。こういうのを聞くとテンションが上がる。今週のお前は無敵だとか言われてるみたいで。捻くれ者の私はそのまんま受け取れなくって、プラシーボ効果ってやつでしょとか考えちゃうけど、なんかいい。そうやってたまにはいつも褒められたい。


 ボソボソ言いながら着替えてストレッチ。そろそろ出発、いつも見ている朝ドラには間に合うように。あ、その前に冷蔵庫の中身だけ見ておこう。

 ふんふん。トマトとケールとほうれん草。ほうほう、確かチリソースがまだ残っていたから、帰りに雛豆でも買ってきてサラダボウルにしようか。そしたらバニラアイスも一緒に買おう。そういえばベランダにサルビアがあるから・・・って。 先日枯れてしまったんだっけ。次は余裕のある時に買って大切にしよう。バニラアイスは罰でお預けだ。


 さあ出かけよう。一晩眠っていただけなのに、ずいぶん長いこと眠っていた気がする。きっと、たくさんの夢を見ていたんだ。うなされたような気もするし、本気で怒ったような気もする。どんなだったかももう思い出せないけれど、きっと素敵な夢のはず。だって今、こんなに満たされた気持ちでいるから。


 靴を履き、街へ出よう。日差しが眩しそうだからキャップを被った。とんとん、靴のつま先を叩いて馴染ませる。

 ドアを開けるとさらに眩い光。案の定、水溜りがたくさんできていた。宝石みたいにきれい。飛び越えて、進む。


 ああ、わくわくする。今日は一体、どんな1日にしようかしら!


 1日の始まり、朝。休日。全てが自由だ。選べる自由。一晩程度で大袈裟かもしれないけれど、ずっと待ち焦がれていた。この無重力。

 噛み締めて出かける。足取りが軽い。さて、今日のコースは。



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