習作戯曲「パッとしねぇ夏」

「パッとしねぇ夏」
作:ニイモトイチヒロ

登場人物
小津
武田
若林
ユリエ

時と場所
時:残暑が厳しい9月。
場所:人目につかない、森の中のような場所。

 小津は黒の背広にサングラス。
 武田はジーパンに青いスカジャン。
 若林は緑のアロハシャツに丸メガネ。
 ユリエは赤いワンピース。

 男3人は30歳前後に見える。
 ユリエは3人より若くは見えるが、3人に対してタメ語である。

 車のライトをイメージした薄明かりがつく。
 4人、寄せ合うように座っている。
 上手から若林・ユリエ・小津・武田。
 4人からだいぶ離れて、かなり大きいスイカがひとつ置かれている。

 4人の真ん中には大量のお菓子と乾き物のおつまみにカップヌードル、缶ビールが無造作にある。
 それぞれ好き勝手に食べたり飲んだりしている。
 以下、そのままでの会話。

ユリエ:ふーん、そうなんだ。
武田:(カップヌードルを持って)お湯がいきわたるように、麺が底から浮いてんだよ、カップヌードル。
ユリエ:よく知ってんね。
若林:よし、覚えた。
ユリエ:覚えてどうするの?
若林:別に。
ユリエ:(笑いながら、少し声が大きくなって)何それぇ?
小津:(ユリエの頭をはたいて)うるせぇな、バカ。
ユリエ:痛い!
武田:小津、ユリエちゃん一応女の子なんだから。
小津:うるせぇからよ…。
若林:じゃあ(と、ユリエの頭をはたく)。
ユリエ:何すんのよ!
若林:別に。
小津:若林、自由だな…。
武田:(勢いでユリエに手を伸ばすが、届かない)…んん、ダメか。
小津:…パッとしねぇ、夏だな…。武田、それ食うのか?
武田:いや、こんな暑い夜にラーメンなんか熱くて食えないよ。
ユリエ:じゃ、なんで盗んできたの?
小津:(ユリエに)うるせぇな、バカ。
ユリエ:いいじゃん、別に。
小津:いいけどさ。
若林:お前が食わないなら、俺食うわ。

 若林、素早く立って、武田の手からカップヌードルを奪うとすぐにパッケージを開ける。
 きょろきょろ周囲を探す若林。

武田:ポットなんかないよ。
小津:…なんで盗んできたんだよ。
武田:…わかんない。
若林:…開けちゃったよ。

 若林、無造作に背中越しにカップヌードルを捨てる(その方向は見ない)。
 すぐに一枚のスルメイカを割く若林。

小津:若林、自由だな…。

 間。
 台詞はないが、4人はそこにあるものを飲み食いしている。

ユリエ:…ねえ、高野ちゃん、今どうしてるかな。
小津:ユリエがドジんなきゃ、ここにいるだろ、バカ。
ユリエ:何、あたしのせい?
武田:そうだな。
ユリエ:何、あたしが悪いの?
若林:ちげえねぇ。
小津:置いて逃げた俺たちも悪い、けどな。
武田:そうだな。
若林:ま、高野、おとり役だからな。
小津:結果的にはな。
ユリエ:ねぇ、このまま逃げ切れるかな。
若林:ま、無理だろね。
ユリエ:だって、ここなら誰も見つけらんないんじゃない?
小津:俺たちに逃げ場がねぇ、ってことだよ。
ユリエ:そうかぁ…。

 間。

ユリエ:じゃあさ、自首したら罪軽くなんない?
小津:なるわけねぇだろ、バカ。
ユリエ:わかんないじゃん。
小津:わかるって、バカ。
ユリエ:バカバカうるさいわよ!
若林:(何も言わずにユリエの頭をはたく)
小津:若林、自由だな…。
ユリエ:もう、みんな、何よ!

 ユリエ、明かりのある方(車の方)へ走っていく。
 3人、それを見るが、誰も追わない。

武田:だからユリエ入れんのやめようって…。
小津:やりたいって、言ってきかねえから、あのバカ。
若林:小津。
小津:なんだよ。
若林:失敗だな、俺達。
小津:…んなこと言うなよ。
武田:…もしかして、俺達バレてないんじゃないか?
小津:バレてんよ、さっきラジオでもガンガン言ってたじゃねぇか。
武田:…だめか。
若林:ダメだろ。そもそも、5人がかりでコンビニ強盗ってのがダメだ。
小津:うるせぇな。俺の計画に乗ったのそっちだろ。
若林:そうだけどさ…。
小津:…パッとしねぇ、夏だな…。
武田:な、小津。
小津:何。
武田:(西瓜を指さして)アレ、どうする?
小津:…高野の戦利品か?
武田:本人は捕まったけどな。
若林:食うか?
武田:もう9月だよ、暑いけど、時期外れで、まずいよ、多分。
若林:じゃ、割るか?
小津:何で?
若林:スイカと言えば割るモノだろ。
小津:…意味合い違わねぇか?。
武田:いいんじゃない? どうせ捕まるなら、割っておこうよ。
小津:お前の理屈もわかんねぇな。
若林:割る? 割らない?
武田:割ろうよ、せっかくなんだし、秋が来る前に、さ。
小津:警察が来る前に、だろ。
武田:うまい!
小津:…バカにしてないか。
武田:じゃ、棒…。

 小津と武田、辺りを見回して棒を探す。
 その間に若林、つかつかとスイカの方へ行くと、おもむろに持ち上げ、地面にたたきつける。
 音と、行動そのものに驚く小津と武田。

武田:え?
小津:ええ?
若林:(平然と)割ったぞ。
小津:…割ったな。
武田:…割った。

 茫然としている小津と武田をしり目に、割れたスイカの食べられるところを食べだす若林。

小津:若林、自由だな…。
若林:うん、甘いぞ。
武田:そうなの?(とスイカの方へ行き、食べる)
若林:な?
武田:うん。
若林:小津も食えよ。
小津:やだよ。
若林:食えって。
武田:意外とうまいよ。
小津:いらないって。

 スイカの身の塊を持って小津に襲いかかるように向かう武田と若林。
 嫌がる小津に無理やり食べさせる。

小津:(食べて)美味いな。
武田:だろ?

 3人、スイカを食べている所に、半ベソをかいているユリエが戻ってくる。

ユリエ:(泣きながら怒って)何で誰も助けに……何してんの?
小津:何って、何が?
ユリエ:何してんの?
小津:…スイカ、割った。
ユリエ:…バカ!

 ユリエ、戻ってきた道をまた戻って走り去る。
 見送る3人。

小津:…パッとしねぇ、夏だな…。

 暗転。

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