短編戯曲「僕と彼女と週末に」朗読用初稿

以前書いた戯曲を朗読会用に書き直してみました。

登場人物  サトシ  カナコ
時と場所 ・ある初夏の真夜中
             ・海辺の近くのアパートの一室のベッドの上。

カナコ:やっぱ夏だね、、シャワーが気持ちいい。
サトシ:あれ、そんなパジャマ、持ってたっけ? 
カナコ:昨日、衝動買いしちゃった。そんなに高くなかったよ、3500円、税込。
サトシ:可愛いな、その星のマーク
カナコ:だからね、一目ぼれ。でも、ダブダブ。
サトシ:カナコが細いんだよ。
カナコ:そうかなぁ。
サトシ:美味しいよ、サンドウィッチ。
カナコ:ありがと。
サトシ:悪くなるから、冷蔵庫入れとくよ。
カナコ:ビール、ちょうだい。
サトシ:…はい、ビール。
カナコ:うん。
カナコ:つめたっ。
サトシ:ははは。

ビールをひと口飲む間があって。

カナコ:サトシ君…。
サトシ:何?
カナコ:…ううん、なんでもない。
サトシ:(カナコに)ひと口、飲ませて。
カナコ:サトシ君のは?
サトシ:さっき飲んじゃった、シャワー待ってる時に。
カナコ:新しいの出す?
サトシ:いや、一本は多いや。ひと口でいいから。

ビールを飲む、間。

サトシ:ありがと。暑いからね。
カナコ:(サトシに視線を送りながら)ふふ、間接キス。
サトシ:(笑いながら)子供かよ。
カナコ:子供だよ?
サトシ:いい年して。
カナコ:お互いさまでしょ?

ふたり、軽く笑い合う。

サトシ:またか…。
カナコ:何?
サトシ:いや、テレビ。最近、週末になると調子悪いんだ。
カナコ:アタシ消すよ。
サトシ:…カナコ、手首…。
カナコ:あ…。
サトシ:(決して責める訳ではなく、優しく)無理しなくていいよ。
カナコ:(小声で)…ゴメンね。

ここから、カナコは笑わず、トーンも静まる。
少しの間。

カナコ: また、やっちゃった。
サトシ:(あくまで優しく)…カナコ。
カナコ:サトシ君は優しい。
サトシ:うん?
カナコ:優しいよ…言わなくても分かってくれるから、優しい。
サトシ:いつ?
カナコ:さっき、シャワー浴びてる時に…我慢できなくて。
サトシ:いいよ、謝らなくて。
カナコ:また、止められなかったんだ…。
サトシ:痛いだろ?
カナコ:気持ちいいの、痛いけど。

間。

カナコ:…ゴメンね。
サトシ:謝らなくっていいって。
カナコ:ううん。悪いの、アタシだから。
サトシ:カナコ、悪くなんかないよ、悪いのは、病気のヤツだから。
カナコ:いつも優しいな、サトシ君は。
サトシ:…。
カナコ:ね、サトシ君。
サトシ:何?
カナコ:アタシ、面倒くさいよね?
サトシ:何を…(言い出すんだよ)
カナコ:アタシ、面倒くさいよね。
サトシ:カナコ…。
カナコ:アタシなんて、いなくなっちゃえばいいのに。
サトシ:(かぶせるように、強く)そんなこと言うなよ。
カナコ:…。
サトシ:そんなこと、言うなよ…。
カナコ:でも…。

間。

サトシ:…うまくいってないんだ、お仕事?
カナコ:…うん。
サトシ:辞めたら?
カナコ:でも、アタシのこと、必要としてくれるから。
サトシ:嫌な人の下で心をすり減らす方が、カナコに良くないよ。
カナコ:…うん。
サトシ:…(優しく、ゆっくりと)お薬飲む?
カナコ:ビール、飲んじゃったから、もう少ししてからにする。それに、サトシ君がいてくれれば…。
サトシ:…うん。
カナコ:(ゆっくりと、文節ごとに切って)あのね、夢、見たの、昨日。
サトシ:うん。
カナコ:ここで、このベッドで、ふたりで、並んで、寝てたのね。それでね、アタシとサトシ君が、抱き合って、寝てたの。ずっと、ずっと抱きしめてたの、お互い。
サトシ:うん。
カナコ:サトシ君と抱き合って、目の前に、腕の中にサトシ君がいるのに、胸がキリキリと痛むの。幸せなのに、胸が痛むの、キリキリ。…そしたらね、目の前が真っ白に光ってね、サトシ君が少しずつ少しずつ、消えていくの。
サトシ:…。
カナコ:最後にサトシ君は輪郭の線だけになって、抱きしめたらその線も消えて、アタシには何もないの。何もないアタシが、何もない腕の中で、何もないものを、ずっと抱きしめてたの。
サトシ:…カナコ。
カナコ:アタシには何もないの。腕の中も、ココロの中も。そう思って、目が覚めてね。…泣いてた、あたし。
サトシ:…。
カナコ:何もないの。…どうして、アタシのココロは何もないんだろ。
サトシ:…。
カナコ:どうしてアタシは空っぽなんだろ。
サトシ:…カナコ。
カナコ:空っぽ、空っぽだよぉ。

短い間。

サトシ:カナコ。
カナコ:…うん?
サトシ:俺はここにいるよ。ここに。
カナコ:…。
サトシ:消えないよ、ずっと。
カナコ:…。
サトシ:何もない、なんて言わないでよ。ここに、俺の腕の中に、カナコがいる。
カナコ:サトシ君…。
サトシ:守るよ、どんなことからも、守りたいんだ、カナコを。いつまでも、一緒だよ。
カナコ:…。

少し間があって、

サトシ:(トーンを切り替えて)散歩、行こうか。
カナコ:…真夜中だよ?
サトシ:真夜中だから行くんだよ。明日は土曜日だし、時間、気にしなくていいし。散歩して、海見よう。
カナコ:…海。
サトシ:うん。海、見に行こ。
カナコ:…うん。
サトシ:…海行ったらさ。
カナコ:うん?
サトシ:少し泳ごうか。
カナコ:水着、持ってないよ。
サトシ:誰にも見せる訳じゃないんだから。
カナコ:え? (言葉の意味を理解して)…やだ、恥ずかしい。
サトシ:誰もいない海に行こ。
カナコ:…誰もいない海?
サトシ:真夜中だから、誰もいないよ。
カナコ:でも…。
サトシ:誰も来ない浜辺、知ってるから。
カナコ:うん。
サトシ:さっきのサンドウィッチ持ってさ、海で食べてさ。泳ごう、ずーっと遠くの、水平線まで。
カナコ:うん。でも、サトシ君、泳げたっけ?
サトシ:どうだろ。

カナコ、少し笑う。

サトシ:笑った。
カナコ:…うん。
サトシ:せっかくの週末、楽しもう。
カナコ:…いつもありがと。

おしまい

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