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デトロイト美術館の奇跡 原田マハ

みんなでReading at Home vol.14は大好きな原田マハのこの本を紹介します。

天気の良い週末の午後の公園。テイクアウトのコーヒーとチーズケーキ。
温かみのある木製のベンチと木陰。アウトドアで読書をするにはとても良い季節になりました。noteのタイトルにはat Homeとついていますが、外に出て広々とした空間で風が運んでくる新鮮な空気をゆっくり吸い込みながら本を読むのもいいのではないかと思います。

久しぶりに外に出て本を読む。そんなときにぴったりなのがこの本です。
短いけど、人間の温かさとアートの偉大さが詰まっていて、読んだ後には自分のまちの美術館に足を運びたくなるでしょう。そう、ちょうどどのまちの美術館も閉じていた扉を開き、呼吸を始めているこのタイミングはこの本を手に取るにはぴったりなのです。

話は変わりますが私が初めてデトロイトというまちに興味を持ったのは高校生のころNBAを深夜の衛星第一放送で見ていたときでした。デトロイト・ピストンズというチームはなかなかに激しいプレーというか、勝つためには反則もいとわないようなラフプレーのチームがあったからです。そして、バッド・ボーイズと呼ばれたこのチームの精神的支柱として活躍していたのは小柄なアイザイヤ・トーマスという選手でした。自分が応援していたシカゴブルズのマイケルジョーダンとの激しいマッチアップを興奮しながら見ていたんですが、今思えば毎晩NBAの試合を放送していたなんていい時代だったと思います。(これを書きながら久しぶりに昔のNBAの試合をYouTubeで観てしまい、ここで一時書くのが中断(笑))

デトロイトはいわずとしれた自動車産業の都市です。だからこそエンジンの重要なパーツであるピストンがチーム名に関されているのだろうと思います。そんなデトロイト・ピストンズが隆盛を極めた80年代後半から90年代初頭はアメリカの自動車産業が傾き始め、デトロイト市が財政破綻への道を歩み始めたころと重なります。そしてこの本にも描かれているように2013年に180億ドルの負債(1兆8000億円)をかかえて破綻してしまうのです。

その負債の穴埋めとしてデトロイト美術館の美術品を売却するという話が立ち上がり、なんとかそれを阻止したい人たちと、その人たちのアートへの愛や情熱を温かく見守るセザンヌの『画廊の婦人』がこの本の中で描かれています。デトロイト市の年金を守るかそれともアートを守るかという選択は、この新型コロナの状況の中で命を守るかそれとも経済化という論争にも似ています。

デトロイト美術館のチーフキュレーターのジェフリーとデトロイト市の債務調整計画案を練るための調停役のダニエルとの会話の中で、ジェフリーは言います。
「退職者の年金を守ることも重要です。けれど、コレクションを守ることも重要です。僕はその両方を実現したい。この二つは等しく価値があります。どちらかをとってどちらかをきることはできません」
それにダニエルはこう答えます。
「その通り。年金受給者を救済することも、コレクションを救済することも、等しく重要だ。どちらかと取ってどちらかを切ることは決してできない。となれば、、、どちらも救済する方法を考えればいいじゃないか」

年金か美術品か、命か経済かという二元論はそれぞれを主張する勢力双方に合理性も正義もあります。その間にたってどちらも大事だと明言し、双方を守ることができる人間が今まで以上に社会に求められているとあらためて考えさせられました。(なんでも政治や社会に結び付けて読んでしまう私の悪い癖です)

そしてもう一人の登場人物フレッド・ウィル。彼と彼のワイフのような市民がどれだけいるかがそのまちの価値を決めるといっていいと私は思います。私がなぜそう思うかについてはぜひともこの本を読んで知ってほしいと思います。

本作品は原田マハらしい表現や構成がコンパクトにまとまっていて、読みやすい本ではないかと思います。はじめも書いたように陽気な午後の公園でテイクアウトのコーヒーを飲みながらぼんやりと読む。そんな時間の過ごし方を取り戻そうではありませんか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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