コロナウイルス連作短編その31「選挙に行こう!」

「小池百合子って本当に馬鹿野郎だよな」
 Zoomを使ってのオンライン飲みの最中、誰かが言った。それから皆が小池百合子の悪口を言い始めた。日本人による朝鮮人の虐殺を否定する歴史否定主義者。コロナウイルス対策でロクなことを何もできない無能。内面の醜さが顔に現れている不細工。そして最近出た彼女の黒い闇を暴きだす暴露本についての話になる。何故だか出席者の全員がそれを読んでおり、ひとしきり小池百合子の悪口を言うことで盛りあがった。その様を菅沼二千翔は苦々しく見つめていた。
 俺はただ皆で映画の話をしたかっただけなのに。政治の話ならよそでやれよ、クソ。
 彼は大学の映画サークルに所属しており、これはそのメンバーでの飲み会だった。だが映画の話をしている途中で、何故だか話は別の、多くは政治的な愚痴についての話に変わってしまうのだ。二千翔はそれが嫌だった。なるべく政治のことは考えずに、映画のことだけを考えていたかった。最近観た韓国映画やアメリカのホラー映画についてだ。だが映画のことを話しているのに、いきなり政治のことを話し出す人間もいた。例えばウディ・アレンの最新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」の日本上映が決定した際、二千翔はそれを喜んだのだが、浅水舞花という女性はそれを非難した。
「あの小児性愛者の映画を公開するなんて最悪。あんな人間の作品、全部封印するべきだよ。実際アメリカではこの映画、公開見送られてる訳でしょ。日本ってマジに完全遅れてるよ。私は絶対に観にいかない」
 このフェミニスト気取りがふざけたこと言ってんじゃねえよ。ウディ・アレンは偉大な芸術家だろ。それにもし犯罪を犯してたって、芸術自体は無罪だろ。そしたら差別主義者だから、グリフィスの「國民の創生」とかも上映禁止か? ふざけんなよ。お前みたいなブスにウディ・アレンも自分の作品観られたくねーだろ、ボケ。
「お前ら、絶対選挙行けよ。行かない奴に東京に住む資格はないからな!」
 部長である飯島辰吾が言った。出席者は酒を飲みながら、同意の手を上げた。
 お前らみたいな選挙行けファシストどもには飽き飽きだよ。選挙に行かないっていう選択をする奴らをこの馬鹿たちは完全に見下してやがる。基本的に自分の言いなりにならない保守的な人間を、こいつらは軽蔑してるんだ。哀れな人間だよ、マジで。多分、トランプに票入れた人間もこういうリベラル馬鹿に苛ついてたんだろうな。というか選挙に行かなくても東京に住む資格はあるに決まってんだろ、頭に蛆でも湧いてんのか、コイツら?
 そう心のなかで毒づきながらも、二千翔は渋々手を上げた。
 翌日は都知事選挙の日だったが、二千翔は家でゴロゴロしていた。選挙に行く気は全くなかった。彼はTwitterを眺める。映画サークルの面々は投票所の写真をTwitterにあげ、自分が選挙に行ったということを声高に主張していた。それに吐き気がした。さらに彼らは絶対に選挙に行くよう周りに喧伝し続けている。そして同時に流れてくるのは、モデルやバンドマンなどの有名人が選挙に行くよう呼び掛けている呟きだった。彼らは選挙に行くことを呼び掛け、そして最もリベラルな宇都宮けんじを誰もが推していた。
 選挙に行こう! 選挙に行こう! 選挙に行こう! 選挙に行こう! 選挙に行こう! 選挙に行こう! 選挙に行こう!
 二千翔は選挙に行った。そして投票用紙に“小池百合子”と書いた。小池百合子を罵倒していた浅水舞花たちが、これを知ったらどうなるか。彼はニヤつきを抑えきれない。投票用紙はとても柔らかく、まるで豊潤なプリンの上にキャラメルで字を書いているような心地だった。“小池百合子”という字を書きながら、もしこの柔らかな用紙を食べたらどうなるかを想像した。きっととても豊かな甘味が口のなかに広がり、幸せな気分になるだろうと思った。だが何故この投票用紙がこんなにも柔らかいのかは二千翔には分からなかった。
 テレビを見ているとニュース速報が流れた。小池百合子が次期都知事に当確したという。
「やっぱりな。俺は分かってたよ、そりゃそうだ」
 頭のなかには舞花や辰吾たちの苦悶の表情が浮かぶ。それから二千翔はオナニーを始めた。白人の男女がセックスをする素人動画を見て、男性器を擦る。だが彼はその途中でTwitterを見た。彼はオナニーの最中、ポルノ動画に集中できずTwitterを見てしまうという癖があった。そこでは選挙に行こうと呼びかけていた人々が、絶望や諦めの念を吐露していた。その光景はあまりにも滑稽で、二千翔の男性器はどんどん固くなっていく。
 ああ、リベラルぶってる奴らが絶望してる様を見るのはホント気持ちがいいなあ!
 中でも浅水舞花の絶望は相当に深いものだった。
 “東京終わった。もう最低って言うしかない。無能のネトウヨ知事によって、東京は息の根を止められるよね”
 そして男性器を優しく撫でながら、二千翔は舞花のもう一つの呟きを読んだ。
“それとも、その前にコロナで私たち死ぬかな?”
 

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