コロナウイルス連作短編その49「血に飢えた鮫のように」

 大和空人はInstagramで"フランス人"と検索し、現れては消える写真を見る。男性には全く興味がない、彼はフランス人女性だけを探す。いちいち写真をクリックし、そこに映るフランス人女性を、液晶に穴が開くほどの集中を以て見据える。髪は黒、茶、赤。瞳は琥珀、緑、黒。背景には東京の凍てついた街並みが映るかと思えば、生活感のある白い壁が映る時もある。空人は何も言わずに、網膜が漠砂のごとく渇くほどに写真を見つめていた。
 ある時、彼は太腿を掻き毟りはじめる。そこには燃える暁のような赤い髪をした女性が映っていた。シンプルな自撮りだが、彼はこの鮮烈な赤と大きな乳房の谷間を凝視していた。彼はマチルドという名前のフランス人女性のプロフィールを確認する。東京に住んでいるゲーム会社所属の翻訳家だそうだった。空人は写真を次々に見ていく。料理や風景の写真には興味がない、ただ空人は彼女の顔と身体が映る写真だけを見る。その殆どでマチルドはマスクをしていたが、おかげで赤髪の煌めきが際立っていた。空人はこの髪に自身の心臓を絡め取られ、死ぬまで圧迫される光景を想像し、その快楽で網膜が炎上するかと錯覚する。
 空人はぬめりきった温い唾を飲みこみながら、マチルドに英語でメッセージを書きはじめる。
"こんにちは、僕の名前は空人です。宜しく、それから君が、カモメを貪るみたいな血に飢えた鮫みたいに美しくて、一瞬で恋に落ちたよ。話さない、女神様?"
 空人は全身を緊張させながら、このメッセージを送る。この瞬間に空人はいつまで経っても慣れない。胃が淀んだ痛みを放つのを感じながら、彼は風呂に入る。そしてペニスを念入りに洗う。リビングに戻ると、返信が届いているのに気がつく。
"ひどいアプローチ"
 そんな言葉に爆笑の絵文字がついている。悪くない、空人はそう思った、悪くない返事だ。全身の毛穴が開いていくなかで、空人は新たなメッセージを打つ。
"まさか返信が来るとは思ってなかったから驚いたよ。だってネトナンって考えうる限り最低の行為だからね(笑)だから今、僕はブチ殺されるカモメみたいな多幸感のなかにあるよ。女神様、調子はどう?"
 メッセージを送った後、空人は唇を舐めまくる。彼の唇は慢性的にミミズの死骸さながら乾いており、これは一種の癖になっていた。だがすぐに乾いてしまい、いつしか歪んだ皮膚は静かに砕け、生暖かい血が流れていく。そして空人はまた舐める、舐め続ける。この繰り返しだった。意外と早く返信が届く。
"不愉快。あなたのせいで"
 そのメッセージには一切の絵文字がなく、凍てつきが空人の心臓に突き刺さる。マチルドの軽蔑と拒絶を感じたが、まだ機会はあると思えてメッセージを紡ぎだす。あくまで余裕を装いながら、空人の腹部は地下世界の怪物のような唸り声を響かせる。
"ああ、ごめんなさい、女神様。許してほしい、もう一度チャンスをくれ。じゃあフランス語で詩を書くよ。愛とカバについての詩だ"
 マチルドは速攻で返信を送る。
"あなたの言葉には想像力がないし、簡単に予想できる。もしあなたがイケメンならインテリぶった退屈な男も許せたけど、見たところあなたは全然そうじゃない。早く消えて"
"ああ、君は合ってるよ。潮時みたいだな。よい週末を。でも僕は結構イケメンじゃない?"
"消えて"
 空人はEscape from Tarkovというゲームを起動し、RPK-16を持って敵を虐殺した。遠距離から脳髄をブチ抜き敵を殺した後、草原に転がる死体へさらに銃弾をブチこむ。そして敵を探し、その脳髄をブチ抜き殺し、死体へ一心不乱に銃弾をブチこんでいく。空人を覆う世界は息が詰まるほど解放的で、涙が出るほど自由だ。そしていつも驚かされるのはこのゲーム内の緑の美しさだった。色彩が鮮烈であるとか、生命力溢れるほど青々しいという訳ではない。むしろ妙なくすみを以て、それらは空人の網膜に迫っている。その中で彼は敵を殺す、素晴らしい経験だった。
 死体に永遠と銃弾をブチこみながら、彼はマチルドが友人に自分が被った退屈なネトナンを愚痴る姿を想像した。その中でマチルドは空人をインテリぶった愚かな人間だと、自分よりも完全な下等な日本人だと評する。だが空人はその死体がマチルドとは思わないし、これから虐殺する敵たちもマチルドと思うことはない。
 俺の手で殺すんだよ。
 冷静になった後、空人は再び"フランス人"でInstagramを検索する。運命的に、粘りつくような赤の髪を持った女性が空人の目に入る。レアという名のフランス人女性は千葉に住んでいた。彼女はマチルドの友人かもしれないとは思った、だがそれはいつものことだった。空人は唇を舐める、溶けた鉛の味がした。
"こんにちは、僕の名前は空人です。宜しく、それから君が、カモメを貪るみたいな血に飢えた鮫みたいに美しくて、一瞬で恋に落ちたよ。話さない、女神様?"

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