心を整える

こんばんは。川西長人です。

ここ最近、自身の認知の歪みを感じます。

人一人が持てる価値観など狭量なものとは知れども、できれば行き過ぎた偏りは少なくしたいもの。

己の考えに対して自信過剰にして傲岸、
個々人への敬意が少なく、誰に対しても一つの物差しを当てはめようとしている。

今の私は、そうある気がします。

また一方で、自分の中で個々の考えの統制が取れておらず、二重規範(ダブルスタンダード)に陥るケースも多い気がしています。

ここで一度自分の価値観・性格・性質について棚卸しをし、
自身の考えについて整理してみたいと思います。


◆ ◆ ◆

①過度な一般化
②〜すべき思考

自己の中での結論を急ぎすぎる傾向にあります

不安定で不明確に曖昧であるはずの一切に対して、「暫定的でも良い」としながらも、自己の中での解を持とうと焦るきらいがあります。

もちろん理屈では、「本質・真理などない」ということはわかっています。

ですが、行き過ぎた相対主義が生む無秩序への揺り返しとして「本人がよければなんでもいい」「ケースバイケース」とは思えず
「相対的に見て、より正しい形はあるはず」と考えてしまいます。

これは私が抱える、もっとも大きな歪みかもしれません。

「人は自分の幸せについて考え続けなくてはならない」
「私はそれが自己満足と知りながらも、他者のために働かなくてはならない」
「動機が本人なりの誠意に基づくものなら、いかなる行動も許されるべきである」
「価値観は広く持たねばならない」
「伝えるべきことは、伝え方さえ気を払えば全て伝えるべきだ」

そういった思い込みが、多々あります。

③感情を尊重できない
④過干渉

上記のように「もちろんいろんな意見があるだろうが、きっとこちらのほうがより正しさに近いのではないか」という考えが多くあり、
その多くは建前ベースといいますか、「確かに理屈としては、理想かもしれないが…」と言った類のものです。

個々の感情に寄り添うのが苦手です。

「言い訳しないで、本当はこうありたいって理想があるなら早くそうしなよ」
「悩むことと考えることは違うよ。悩んでるヒマあるなら1秒でも早く改善のためのアクション取ったほうがいいよ」

そういった言説が目立ちます。

またこれは本当にお節介なのですが、そうした考えを他者に伝えがちです。
場合によっては、強要のように感じられているかもしれません。

⑤過度な自己責任論(自己関連づけ)
⑥一方で自己管理が甘い

私は人間の価値を過信しています。

「バックボーンと外的要因が多くのことを宿命づけてしまうとするなら、その人の介在価値はなくなってしまう」
そう思っています。

なので、もちろん過去や環境は大きく影響をもたらすものとは理解しつつも
「全て自業自得・因果応報と捉え、他者や環境に期待せず、自分に期待して行動するべき」と考えています。

ゆえに、多くのことに関して「私が何かできることがあったはず」と考えがちです。
その考えに関しては非常に強固なので、「己には自己責任を求めるが他者には求めてはいけない」としつつも、どこかで人にも求めている部分もあるかと思います。

その割には自己管理が甘く、特に仕事から離れたプライベートな部分関しては
刹那的な快楽を基準に選択をしがちです。

ゆえに、自己の認識としては「全て自己責任」としながらも、相手によっては「人に厳しく自分に甘い」と感じられているかもしれません。


⑦自信過剰
⑧楽観思考

元より「自己に関連づける」性質が強かった私です。

うまくいかないことが続いた時期は「自己責任である。他者や環境のせいにしてはダメだ」という考えが、前へ前へと足を踏み出す原動力ともなりましたが、

だが一方で、いろんなことがおおむね上手く運んでいるというような錯覚を覚える最近では「それは自分が努力してきたからだ」と、根拠のない自信を醸成しているように思えます。

「常に自己への批判的な視点はもつべきだが、今の自分は判断を大きく誤ることは少ない」
「どこへ行ってもそれなりにうまくやっていけるのではないか」

もちろんそう考えているわけではありませんが、非自覚的・潜在的な部分でそういった認識があるように思います。


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いよいよ自己嫌悪で吐きそうですが

こうした内省の時間を有することは、かつて私がその大切さを実感していた通り、バランス感覚を持って生きていくためには必要不可欠なことなんだろうなと思います。

最近の私は責務を果たすことにばかり従順で、自己を客観視する時間が十全に用意できていなかったように思います。
 
「ジョハリの窓」的な、2次元的な切り取り方で己のことが捉えられるものかはわかりませんが

己に対して一部で批判的、若しくは客観的な視点を持たなくなっては、他者に恐れられるばかりの人間となってしまい、果てには怪物として寂しい人生を歩むこととなるでしょう。

今日私が抱える歪みを直視し、
自己に対しても他者に対しても、敬意の払える人間へと変化していきたいです。

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