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"風景と景色と光景"論

夜の22時から
しかも週末は島根にいとこの結婚式に行くので
それまでにしておかないといけないことがいっぱいあって
ここに文章を書いてる場合ではないのだけど
今、書きたいことがあって忘れてしまってはいけないしその熱量をなんとか伝えたいので(汗)

今週の月曜に日帰りで東京に行き
UMAの原田祐馬さんの個展ランドスケーププロダクツの中原さんの個展
行ってきた。原田さんにも中原さんにも会えてご挨拶できたし、ほんと行ける方は絶対行ったほうがいい見どころたっぷりの展示でした。

今回の中原さんの個展のタイトルが「風景をつくる眼」というもので
社名でもある”ランドスケープ”というのは"風景"という意味でもあるだろうし、
活動の中心にある考えで「よい風景をつくる」ということも今回のパンフレットにも書かれていた。

それから”風景”という言葉が頭にずっとこびりついていて
じゃあボクつまりGREEN SPACEは「〇〇をつくる」となると
なにをつくってるのか? いったいなにをつくりたいのか?
〇〇に入る言葉なんだろうと考え続けてるうちに
あっもしかして”景色”ではないのかなと思ってじゃあ風景と景色の違いは?
ということになって調べてみました。

ネットにあったものをそのまま貼り付けたんだけど
やっぱりボクらは”景色”ではないのかなって。
じゃあどんな”景色”をつくりたいのか?となって

最も小さな”景色”をつくりたい

最小単位の”景色”を
じぶんたちなりに繋げていきたいなと。
そんな繋がりがボクの考える”庭づくり”なのではないのかなって。

また景色について調べてみたらその対になる言葉で
”光景”という言葉に出会った。

”景色”と”光景”は
凸凹というかネガポジというか
そんな関係の言葉で
つまりボクらがよい”景色”をつくることで
そこにはよい”光景”がうまれてくるんじゃないのかもと。

ボクらが小さな”景色”をつくることで
そこになにげない”光景”がうまれたら。

そこにうまれるものは”アトモスフィア”とか”佇まい”とか”ナラティブ”とか
いう言葉にも置き換えれるのかもしれない。

さまざまな日常にあるなにげない”光景”

もう少し考えと妄想が必要だけど
ボクらが庭をつくることで
やりたいことってそういうことなのかもしれません。

(30分で書きました。。。www)

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