建設機械化史総論21 第4期(建設機械化推進の動機)

1.5.2建設機械整備費

1.建設機械化推進の動機

 昭和22年8月末より9月初旬にかけて筆者は建設省中部地方建設局管内における公共事業監査を行った。当時は長い間の維持補修の懈怠(けたい)により河川が荒廃し、累年水害を蒙っていた頃なので、監査の重点は当然河川事業に向けられた。中部第一の大河川木曽川の現場監査を行って驚いた。なるほど現場において多数の人夫が営々として働いてはいるが、掘削機械としては20年位前のラダーエキスカベータが能率の悪いスチームエンジンで喘ぎ喘ぎ稼働し、運搬はこれも古いスチームロコで施工していた。掘削力の不足はすべて人夫が畚と鶴嘴、シャベルで補い、工事は遅々として進まない。当時の木曽川上流の事務所長は矢野勝正氏であったが、工事進捗率の不良の理由を聞いて大いに考えさせられた。その理由として、

(1)インフレーションが急激に上昇するため、当初予定した労務費資材費が賃銀のベースアップと資材価格の高騰のため、計画工事量の縮少を余儀なくされること。
(2)人夫の労働意慾が闇商売の影響をうけて低下していること。
(3)事業費が4半期毎に認証を必要とし、しかも4半期ごとの経済効果を要求されるので、必要な機器の購入が不可能なこと。

 などがその主なものであった。また河川工事の施工にはどうしても大型機械を必要とするが、十数年にわたる建設事業の不振は、保有機械を殆ど消耗し、かつ戦争のため軍の徴用した機械も全然返却してこないため、機械力が極度に不足し、しかも購入しようにも工事費が年4回に分割されて届くため、高価な大型機械を購入すればその期間の経済効果は全然上らず、認証違反ともなるので、たとえ非能率なことが分っていても、止むを得ず細々と人力施工を主とせざるを得ない実情にあるとのことであった。経済安定本部の行う公共事業監査は単に工事の不正を暴き、不良工事を摘発するためのものではなく、公共事業運営をいかに効率的に行うかということが主任務と考えていたので、矢野氏と工事の能率化の方法について種々討議をした。工事の合理化をはかるためには施工の機械化が第一だし、施工の機械化を実現するためには現行の予算の編成方法の下では不可能であるから、何等か機械を購入しうるような予算措置を執ることが絶対に必要であるとの結論に達し、その実現を約して別れた。
 次に北陸地方に回り手取川に行った。八尾事務所長および地元の人々の説明を聞く所によると、手取川の改修工事は一応済んだのであるが、有名な白山に源を発する急流河川だけに流出土砂量はぼう大な量に達し、地元の人々の少年時代には橋梁の上から河面を見下すと恐い位高かったものだが、現在は見らる通り河底が上昇し、ひどい所は橋下僅か1.5m~2.0m位しかない。元改修した時にはタワーエキスカベータで掘削したが、その機械は改修後庄川の掘削に使用しているとのことで、再びあの様な機械を入れなければ、掘削る不可能であると建設機械の導入について極めて熱心であった。
 次で庄川を訪れ寺井事務所長から問題のタワーエキスカベータを見せて貰った。見れば成程巨大な掘削機械である。タワーが移動式でレールの上を走行し、1m3のバケットは大きな威力を発揮し、堆積した玉石土砂を楽々と掘削している。昭和12年頃の製作だが、内務省新潟土木出張所の新潟機械工場でできたものとのことで、石関氏が外国のカタログなどから苦心して完成した由を聞き、往時の内務省の実力を痛切に感じた。
 最後に橋本規明氏の所掌する常願寺、黒部の両河川を見た。両共荒れ川であるが、特に常願寺川は越中立山に源を発する日本一の荒れ川だけあって、巨大な玉石で河川を埋め、田畑と河底の高さはひどい所では8mも差のある天井川で一見手のつけようもない。筆者が大学2年に上流の本宮砂防堰堤現場に実習していた頃から見ると更に河底が上昇し、一度堤防が切れた時のその惨状は相像するだに慄然たるものがあった。橋本所長とも急流河川の洪水防御について大いに談じたわけであるが、堤防主義の治水方式だけで洪水を防ぐことはむつかしい。土砂が堆積すれば堤防の高上げするという河川改修方式は常願寺川の様な天井川に対しては根本的な解決策ではなく、やはり河底の掘削浚渫を併用して河床を下げることが必要だと意見の一致を見た。ただし北陸地方等に見る急流河川については、堆積土砂量が非常に多量なのに加えて玉石の大きさが非常に大なので、その掘削は従来の掘削機械では到底受けつけないだろうことは想像に難くない。逆に威力ある掘削機械がないために河底の掘削施工ができず、止むを得ず堤防のみに頼らざるを得なかったとも云える。筆者は見て来たばかりの庄川のタワーエキスカベータについて橋本所長の所信をただしたが、タワーエキスカベータは確かに急流河川の掘削に有効である。但しその容量を更に大きくする必要があるが、日本で製作可能なりや、また製作費は現在の予算では購入不可能な程高価と思われるので、なんらか新しい予算措置を執り得るかどうか、とこでもまた矢野氏と同じく機械購入のことが問題となった。継続予算の認められない今日、工事の合理化施工を行うためには工事予算以外に何とか機械を購入し得る方法を考えねばならぬという確信をいよいよ強めたのである。橋本所長に対してもできるかどうかは確信できぬが、経済安定本部としては23年度予算において御希望に添うよう努力しましょうと固く約束して別れた。矢野、橋本両先輩の意見が後に建設機械整備費を生む原動力となり、かねてから建設機械化に微力を尽しかつ推進の機会をうかがっていた筆者の確信を深めたのであった。この中部地方建設局の監査は筆者の一生の方向を決定したと云っても良い位大きな意義のあるものであった。


ご不明な点、疑問点があればコメントください。また、建設機械の資料がございましたら、ご一報ください。