電波の前世記憶1

気がついたら存在していた。
液体越しに見たのは、強化ガラスの向こうで歓喜の声を上げる白服の人間達の姿だった。

連れて行かれたのは寝床となる拘束カプセルが中央にある無機質な牢だった。訳も分からず閉じ込められ、自分が何なのか、ここがどこなのかも分からず時間が過ぎた。
そのうち変化が起きた。
世話をしてくれる人間が現れたのだ。管から外され、食事という物を摂るようになった。その人間は自分に言葉という概念を教えてくれた。最初に覚えた言葉はその人を呼ぶ名前…ママだった。
ママと交流していくうちに、拙くだが言葉を覚えていった。「いい子」「かわいい」「愛してる」は特に強く胸に刻まれた。笑顔というものが自然と浮かぶようになった。

その日は突然やってきた。
ママはいつものように分厚い鉄の扉を開け、部屋へとやってきた。だがその表情にいつもの笑顔は無かった。
ここから出るの、とママは言った。なぜ?と問うと、あなたを人殺しにはしたくないからと答えた。
人殺しって何?と聞き返したその時に。
ぱしゅん、と軽い音と共に閃光が走り、ママの頭が吹き飛んだ。脳漿がべちゃり、と顔にはりついた。
「これが、人殺しだ」
ママの背後に入ってきた黒い服の男が言った。
頭の無いママから、動かなくなったママから、赤い血がどんどん溢れ出て、気がついたら半狂乱で泣き叫んでいた。
「これだから生体兵器に情緒教育はいらんと言ったのだ」
「しかし人造人間とはいえ人間である以上、無感情に育成はできません、死ぬ恐れがあります」
「生体兵器でなければこのような苦労はせずにすむというのに…」
「主星の地脈を同調させるには生体にするしか方法がありません」
「クローンは出来んのか」
「今の技術ではまだ…」
「薬で大人しくさせておけ、死なせるな」
腕に針が刺されて、記憶が飛んだ。
次に目覚めた時には、ママの欠片は一つも無かった。
拘束カプセルの中で、涙ばかりがこぼれた。

とある銀河が存在した。
人類は主星を中心とながら、銀河の数々の惑星へ移住をしていった。その発展はやがて惑星間の軋轢を生み、銀河戦争へと発展した。滅亡寸前まで続いたその戦争は平和条約により終結し、平和条例の元にそれぞれの惑星の代表が集い銀河連合が誕生した。その連合が戦争の根絶の為に作り上げた組織が平和保持特殊武装兵団…通称『レンジャー』である。彼らは平和保持の為なら惑星間条例をこえる特権すら与えられる。
そのレンジャートップクラスのチームがミッションにあたっていた。
事態はこうだ。主星最大級の宗教団体が惑星破壊兵器を製造し、主星及び銀河全ての支配権を主張した。全てのマスメディアをジャックした教祖は、その兵器で無人小惑星を一瞬にして消し飛ばし、銀河の真なる平和の為の統一を謳い、支配下にならぬ輩には裁きを降すと宣言した。
明らかな惑星条例違反に、レンジャーは宗教団体施設の制圧及び兵器の破壊に動き出した。

『中央システムの制圧に成功した、そっちはどうだ?』
「防衛システムは完全に無力化させました」
『なら生体兵器の消去に向かえ、場所はそちらの端末に送る』
通信に従い端末を立ち上げる夕日色の髪の少年兵から目をそらし、黒髪の少年兵は自分の掌にこびりついた血をレンジャー服に擦り付けた。自浄機能のある素材だ、いずれは分解されて綺麗に消えるだろう。血の汚れなんてそんなものだ。
少年兵達に正式な名前は無い。No.147、それがこの黒髪の少年兵の通称だった。
「で、その生体兵器の場所は?」
「近い、丁度この奥、突き当りだ…あ、おい!」
疾風の様に目的地へと走り出した黒髪に、夕日色の髪の少年が舌打ちをして続く。No.147、レンジャー士官学校首席の通称黒い疾風、特に体術に秀でておりNo.2の自分の目の上のたんこぶ、なのだが寮が同室なので関係は悪くはない…が、特に任務に関しては
(何でか僕が尻拭いに回るんだよな!)
そんな仲間の独白はつゆ知らず、黒髪の少年はいち早く物々しい金属製の扉の前に辿りついていた。この中に惑星を破壊する程の脅威が潜んでいる。一刻も早く排除する事になんの躊躇いもない。それがレンジャーの
(俺の存在意義だ)
「ちょっと待てよ、今ロックの解除に…」
追いついた仲間の言葉を聞き流し、黒髪の少年は携帯していた警棒型ビームサーベルを電子ロックに突き立てる。ぼん、という爆発音とともに扉が開錠した。
「お前なあ…」
「旧式のドアだ、この方が早い。それに情報隠滅で全部爆破するんだろ、この施設」
呆れる仲間に返し、少年は警棒を構え直した。そして。
「突入する」
暗い部屋へと潜入した。光学バイザーのお陰で視界に何の問題も無くターゲットを確認する。だが。
(…!)
彼は振り上げた警棒を振り下ろす事が出来なかった。

そこにいたのは真っ白な少女だった。長い白髪に透きとおるような白い肌、涙にまみれた薄青い瞳が驚きに見開かれている。その視線が彼の腰にあるレーザー銃に止まった時、少女は張り裂けんばかりに叫んだ。

「おねがい!わたしをころして!」

幼い少女の言葉に、黒髪の少年は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
(なんだ…?)
「わたしは人殺しのどうぐなんでしょ?わたしがいるとひとがたくさんしぬ!わたしはそんなことするのいや!ほしなんてこわしたくない!」
(なんだよこれ…)
「それ!」
銃を見据えて彼女が叫ぶ。
「それならわたしをころせる!しってる!おねがい!それでわたしをころして!たすけて!」
少女の懇願に、少年は殺意が泡のように消えていくのを感じた。違う、自分が目指す物は…自分の存在意義はこんな存在を殺す為にある訳では無い。
少年の体が勝手に動いた。嗚咽する少女の前に膝をつく。
「…!おい、お前…!何やって…」
「待ってろ、今拘束を解いてやる」
動揺する仲間に目もくれず、少年は少女を解放しだした。
「やめろ!気持ちはわかる!けど任務違反は最悪殺処分だぜ!」
仲間の悲鳴じみた声に少年は答えた。
「無理だ、俺にこの子は殺せない、お前にも殺させない」
解放した幼い少女の細い肩を抱き寄せ、少年は仲間と向き合った。その視線に揺るぎない決意を込めて。
「わたしを、ころしてくれないの?」
少女の問に、少年は不器用に微笑んだ。
「ああ殺さない。でも助ける」

「…で、どうするつもりだ」
夕日色の髪の少年の背後から重苦しい声が響いた。咄嗟に黒髪の少年が取り落とした警棒を拾うその前に、影が動きその手を踏みつける。少年が見上げた先にいるのは
「教官…!」
少年達の上司であり、師でもある男だった。教官の背後から、任務に当たっていた他の少年兵達も部屋へと侵入し、困惑した表情をしながらも黒髪の少年を包囲する。
「その人造人間は惑星連合から抹殺処分が出ている、違反すれば除隊どころかお前も抹殺処分だ、この通り逃場も無い、レンジャーの掟は絶対だ」
教官の言葉に、少年は唸る様に答える。
「何がレンジャーの掟ですか!この子に何の罪があるんですか!?悪いのは全部テロリストだ!なのに誰も死なせたくないからってこの子は死のうとしてる!おかしいじゃないですか!俺は死んでも従えない!」
教官と少年の視線が交錯し。やがて教官は口を開いた。

「ならお前は今ここで死ね」
「教官!」
「そんな…」
少年兵達に動揺が走った。レンジャー士官学校の前身は元主星特殊部隊育成施設で、学校自体は銀河大戦収束後に設立され間もない。彼らはその一期生だ。その殆どが適正テストに合格した戦災孤児である。同期生はライバルであると同時に家族だった。レンジャーの掟は絶対と頭では認識していても、仲間殺しという初めての事態には頭が追いつかない。
だが。
「No.154、このミッションは何だ?」
問われ、夕日色の髪の少年がびくりと背を正して答える。
「惑星脅威である教団及び施設とその研究データの完全抹消で…す…」
言いながら少年の表情がみるみるうちに笑顔に変わって行き。
「そうか!お前はここで死ぬ訳か!」
黒髪の少年と少女を嬉しそうに一瞥すると、自身の端末を取り出して作業を開始しだした。顔を見合わせる少年兵達。教官が口を開く。
「No.147は施設に潜入中、生体兵器の暴走により施設の爆発に巻き込まれて殉死、遺体の回収は不可能とみなす、No.147、お前の存在は抹消だ、そのお嬢ちゃんとどこへでも行け」
少年兵達から歓声が湧き上がった。普段は鉄面皮と呼ばれている教官の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「男なら、一度決めた女は命をかけても守れ
レンジャー以前の常識だ」
「教官!最高!」
「良かったね、君死ななくてすむよ!」
「やりぃ!」
武装を解いた仲間たちにわっと囲まれ、呆然としていた黒髪の少年の顔にも笑みが浮かび上がった。隣できょとんとしている少女の肩を抱きかかえ
「言われなくても、やってやりますよ」
教官と全く同じ笑みを返す。
「…わたし、しななくていいの?」
おずおずと見上げてきた少女の頭をくしゃりと撫で、少年は笑顔で言った。
「俺と君は今から運命共同体だ」
「うんめ…え?」
「うーんつまりは…ずーっと一緒に生きていくって事」
「わたし、ひとりじゃなくなるの!?」
(…!)
少女の言葉に、少年は思わず少女を抱きしめた。
「そうだ、俺がずっと一緒にいる」
「…うれしい…」
少年の肩に温かな涙が滴る。
「いっぱいうれしい…これ、どういえばいいの?」
「そういう時はありがとう、でいいんだよ」
「うん、ありがとう…」
そして少女は周囲を見渡し、笑顔で見守る少年兵達に
「ありがとう」と微笑んだ。一際大きな歓声があがった。口々に少女に話しかける。
「君、名前は?」
「じっけんたい…?」
「うわ、クソだなこの教団」
「名前無いと困るよな…」
全員が首を捻る中、内気そうな少年から声が上がった。
「あのさ、ステラってどうかな?この子主星の情報から出来たんでしよ?星って意味」
おおー、と周囲から声が上がる。皆の視線に少女は黒髪の少年を見上げて
「わたしのなまえ、それでいい?」
「え…」
少女の問に少年は目を泳がせながらも頷いた。
「あ…いや、いいと思う」
「よし、そっちは採用としてお前も名前どうすんだよ!」
端末を操作し続けている夕日色の髪の少年に全員の視線が集まる。彼は手を休ませる事なく続けながら
「お前ら僕の事完全に無視してるけどな!さっきからそいつの逃亡方法ずっと作ってるんだからな!くそ!一番遠い開拓星に送ってやるから名前早く決めろ!」
「ごめんよ首席になれない人」
「デスクワークならナンバーワンの人」
「お前ら覚えてろよ!そいつが居なけりゃ僕が首席なんだからな!エリートコースに乗って全員部下にしてこき使ってやる!早く名前!」
少年の叫びに、周囲が顔を見合わせ
「こいつの異名って…疾風だよなぁやっぱ」
「集団戦闘訓練の動きがまさにそれ」
「なあ、風で何か無い?」
「ゲイル」
内気そうな少年の声に全員の視線が集まる。少年がしどろもどろに「い、いや…風の異名で名前っぽいなって…」
しばしの沈黙の後。
「いいんじゃない?」
「てか、格好良すぎない?」
「つうか野郎の名前なんてどうでもよくね?」
「おいお前ら俺の意思は?」
半眼になった黒髪の少年の言葉は全て流され、
「ゲイルとステラで登録完了したぞー」
「じゃあ、あなたはゲイルってよべばいいの?」
見上げる少女に、少年…いやゲイルは
「そうなるのかな…」
苦笑いをしたが、
「兄妹って事で惑星間シャトルの便取ってやったぞ」
「…お兄ちゃんだなあ」
「そうよべばいいの?」
「そう」
そう言って、少女…ステラの頭を撫でた。

『施設を遠隔爆破する、総員衝撃に備えろ』
その数秒後、特殊部隊専用空運機に大きな衝撃が走る。ゲイルが窓を一瞥すると、樹海の中にあった宗教施設は跡形も無く、火柱だけが吹き上がっていた。振動が収まってから膝の上に乗せているステラの耳から手を離してやると、彼女は神妙な面持ちでこちらを見上げ
「…びっくりして、おしっこすこしもれた」
「うあ、マジだ」
「こういうときはなんていえばいいの?」
「ごめんなさい、だな…」
「ごめんなさい」

ここから、二人の逃避行が始まった。

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