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花火大会での秘密

 
「次、インタビュー答えてもらってもいいですか?」
カップルがカメラを前にマイクを向けられている様子をみていた私たちに
日焼けした薄黒い顔の男性が振り返りにっこり微笑んだ。
まだ規制も厳しくない数十年前の隅田川花火大会会場での出来事だ。
 
昨日の出来事の様。その言葉がまさに浮かんだ。
 
両国国技館近くにあったお寺の境内だったような気がする。
隅田川の各橋の上から観るのが一番迫力はあるのだろうけれど、現在同様に立ち止まることは許されず、渡ったら戻るのも大きく迂回しなければいけない。
パンダ見に行くみたいだな。という、当時の彼との話し合いのもと比較的落ち着いた場所としてそこに腰を据えた。
 
小さな公園には簡単な遊具があって、ブランコだったか、滑り台だったか定かじゃないけれど、その囲いにある柵に座ったカップルには小さなライトとカメラが向けられていた。
ざわめく人込みの中でそこだけはキラキラしてみえた。
はじまったばかりで小刻みにあがる花火に、マイクへ話す声は全然聞こえなかった。
おそらく、ここに来た経緯だとか感想だとか聞いているのかもしれなかった。
 
ごく最近に付き合いが開始していた私たちも、きっとカップルに映ったのであろう。
勿論、私は浮かれて満面の笑みを浮かべた。
その隣でスタッフらしき男性に苦笑いで返す彼がいた。
 
 
私と彼の職場は東京都小石川という場所で、後楽園の近くにあり家族経営で、プライベートでも社員同士はみんな仲良かった気がするが、私は苦手だった。
 
彼と恋人同士になったと思っていたら、タッチの差でひとつ年上の彼女にとられていた。
その事実を知ったのは付き合って数か月目の写真立ての裏に隠されていた。
そんな気はしていたけれど、強引にすすめたのは私だったので責めることもできずそのままの関係で秘密のお付き合いという事になってしまった。
その彼女との間に特別な関係があるように思えなかったから、いつしか気にならなくなってしまったけれど、その矢先でのこの出来事だった。
 
私はミーハーだったので、テレビでインタビューを受けるなんてハッキリ言って今後ないかもしれない! と意気揚々と彼の顔をみた。
 
その彼の顔つきは NO だった。
 
スタッフの人も私も顔を見合わせてしまっていた。
 
「彼がダメって言うので、すみません」
 
そう、思わせぶりに答えた。
私は、秘密の恋をしているつもりはなかったけれど彼にしてみれば、この状態を流されては気まずかったのだと思う。結局、そのキラキラしたライトの中に私は入れず、ただ打ちあがる花火を見上げていた記憶しかない。
 
今年5年ぶりに開催された地元の花火大会に行って思い出したのだ
 
なんか私が悪いみたいな話だけれど、ひとつ言い訳するならその彼女とは彼はハッキリと付き合っていたという事実はなかったらしく、どっちが先か! くらい微妙だった。
 
で、もうひとつ言うなら、あの時強引にでもカメラの前に行って
「私たち付き合っています!」
くらいやってのけても良かったのではないかと思っている。
秘密でもなんでもない、傷ついたのは私だけだったのだから。
そう思うと、今さらながらテレビに出そびれたことへの残念さが身にしみる。
 
そうまでして出たかったのか? ではなくて
あの時のキラキラした雰囲気と、スタッフのにこにこした顔が忘れられないだけだ。
もしも、今そんな機会がやってきたとしても人生に埃が溜まった私が怖気ついてできないと思う。
 
 
花火もフィナーレを迎える。
みんなキラキラしながら花火を見上げて名残惜しそうに歓声をあげていた。
 
当時の私のような思いをしている人が、この中にいるかもしれないな。
いや、いるだろうな。
そう思ったら、夜空に浮かぶ白い煙に目が背けられない気持ちになった。
楽しそうに笑う顔も、本当に心からなのか、それとも隠しているものがあるのか勘ぐってしまった。
 
インタビューでマイクを向けられたら受けてほしい。
その隣にいる彼や彼女も大事だけれど、一緒にキラキラできる人と一緒にいてほしい。
 
そう思った夜でした。
 
 
《終》

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