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ミステリーの杜 事件を吸い込むサイキスト 最初の事件(第三回)


 N市の資産家殺人事件はテレビのニュースやワイドショーでも、全国的な話題になった。冬には雪に埋もれ、人口は六万にも満たないN市が全国的話題になるなんて珍しいことだ。

 ぼくは布団の中からテレビを見ていた。
「祖父は私にとってたった一人の肉親です。ぼくに何時も厳しく、優しい人でした……」と、三十半ばの背が高くがっしりしたイケメンの男が記者達に囲まれて話をしていた。
「こ、こいつだ!!」 ぼくは思わず叫んび布団の上で起きた。
 車の中の人影を見ただけだが、ぼくはこの男だと思った。
 孫が資産家のおじいちゃんを殺した、と! 
 で、思い出した。秋に行われるN市長選挙に出馬を噂されている男だ、と……。現職市長は六十でこっちは三十代半ばのなかなかのイケメン!
 現職不利説もある……。否、もう勝負はついている!
 このイケメンの一方的勝利だ。
 これは金になる、と思った。

 敗者の人生を逆転できる。

“善は急げ”だ! と、呟き思わず笑ってしまった。
 ネットでN市議会議員の名簿を調べた。獲物の名前は高田一。住所は直ぐに分かった。電話番号も分かった。恐喝者にとっては都合の良い世の中になったものだ。高田の住所はN市I町。ぼくの住むS町とは細長いN市でも端と端。遠い。
 早速、布団を抜け出し車に乗った。
 善は急げ!
 高田の家はナビで直ぐ見つかった。
 ボロ・アパートから高田の家までは三十分くらいかかった。
 
 大きな屋敷だった。屋敷は白木に似せたアルミ塀に囲まれ、入り口は格子状になったシャッターだった。中は庭と車庫になっていて、その奥に大きな邸宅が見えた。
 監視カメラも設置されていた。
 ただ、庭はあまり手入れがされていなかった。松の枝は伸び放題だし、雑草も目立った。
 庭に関心がないのか? 
 それとも、庭の世話をするほど余裕がないのか?親父も会社が調子良かった時は庭師を入れて手入れをしていたが、会社の具合が悪くなってからはほったらかしだった。
 大きな車庫には車が一台も無い。
 突然、シャッターが開き車が向こうから近づき中に入り、シャッターが閉まった。でも、あの軽ではない。3ナンバーの外車だ。背広姿の体の大きな男が運転席から降り屋敷の中に消えた。
 間違いなく昨夜の男だ。高田だ。

 昨夜の軽自動車でない……。

 考えてみればこの大男に軽自動車は使いにくい。
 ぼくが昨夜見た軽自動車の男は、この男ではないのだろうか?! 暗いなかで一瞬見ただけなので、“間違いないか?!”と言われると曖昧な返事しかできない。ついさっきまでの自信が無くなってしまった。
 ぼくは諦めて帰ろうかと思った。人を恐喝して金を楽に手に入れようなんて考えが甘すぎる。
 でも、ふと、思った。と言うか、思いついた。“裏へ回ってみよう!”
 車庫の前を通り過ぎ、角を左折した。屋敷の裏は雑木林になっていた。
そして一軒家の前に出た。
 道はそこで行き止まりだった。
 そこに軽自動車が、丁度、止まった。ナンバーの下二けたは“1・1”。昨夜の天井の低い軽自動車だ!
 運転席から小柄な六十過ぎの女が降りてきた。手には大きく膨らんだレジ袋。それから、クリーニング店の名前が書かれたビニール袋の中の黒服。
「何か、御用ですか!?」と、女が言った。不審者を見る目だった。まぁ、確かにぼくは不審者だけれど……。
「いえ、別に。道に迷ってしまって……」 ぼくは適当な事を言った。
「……。Uターンするしかありません」
「そうみたいですね」
 女はもう一度不審者を見る目でぼくを見て、高田邸に向かった。目立たないが、そこには勝手口があって女はその中に消えた。

 母親? いや、高田は幼い時に母親を亡くし、その後は家政婦さんに育てられた、ということだった。父親を数年前に亡くし、経営していた事務機販売店と土木会社の社長になった……。
 情報は隣の爺さんから得た。爺さんは金持ちの不幸情報に何故か詳しい。
 じいさんは言った。
“夏ざかり 金持ちの不幸は 清涼剤”
 ぼくは思わずニヤリと笑った。“このじいさん、一生、ここから抜け出せないな”と思った。じいさんも嬉しそうに笑った。自分の俳句か川柳かどっちか分からないモノを評価された、と思ったようだ。
 でも、その後じいさんは残念そうに言った。「あの男はY商事の三女と婚約したそうだ」
 Y商事は東証一部に上場しているR県でも屈指の大手企業だ。
“それは残念だったね、じいさん!”と、ぼくは心の中で呟いた。

 この女性が残念なじいさんが言っていた家政婦だろう……。なら、仕事が終わったら車で帰宅する……?!
 夜には、この車は無いことになる。 
 ぼくは辺りを見回した。で、気がついた。雑木林の後ろは小高い山になっていて全体がI公園になっている。公園から高田の家が監視できる。怪しまれずに……。
 ぼくはニンマリした。

 ぼくは、まずは近くのコンビニに向かった。監視は長期戦になるかも知れないので、まずは腹ごしらえだ。二十分後、ぼくはI公園から高田の屋敷をパンをカップコーヒーを腹に流し込みながら見下ろしていた。
 ふと、何かを感じた。誰かに見られている。屋敷を監視しているはずなのにぼくが監視されている。そんな感じがした。辺りを見回したけれど不審な人影・車は無かった。
 そうだ、今、一番の不審者はぼくだったのだ。自分にやましいところがあるから、そんな感覚を持つのだ。

 十分程すると勝手口から、あの女が出てきた。軽自動車に乗って帰宅すると思った。ところが女はそのまま雑木林の中の小さな家(“小さな家”といっても、高田の屋敷と比べたら小さいけれど、普通の家だ。)の中に入った。
 そうか、この家は高田家の家政婦の自宅で、軽乗用車は本来、彼女が使う車だけれど、夜は高田家の裏に停まっている。
 高田自身も必要なら使えるのだ。
 きっと!
 ぼくは、そう理解した。

 昨夜、高田は表に止めた自分の車ではなく、裏口から出て雑木林の中に止めてあった家政婦用の軽自動車で祖父の屋敷に向かった……。状況次第では、祖父を殺すことにもなりうる、と思って出発した。
 そして、実際、祖父を殺した。
 高田の家と祖父の家は車で三十分。
 車なしでは移動できない。 でも、殺人の犯行時間、自分の車は停まったままだ。監視カメラがそれを証明してくれくれる。
 完璧なアリバイだ。

 お昼のニュースやワイドショーでは被害者はゴルフセットのアイアンで殴られている、と報道していた。
 殺人犯は現場にあったゴルフセットを使っている。“計画的殺人”ではなく“偶発的殺人”だ。でも、殺人犯は被害者を何度も何度も殴っている。”相当の殺意”を持っていたことになる。
“偶発的殺人”で”相当の殺意を持った殺人”
 窃盗犯が被害者と鉢合わせになって、逃げるためそこにあったアイアンで殴ってしまった。
 ……と、したら何度も殴るより逃げるのが先だ!
 でも、何度も何度も殴っている。それも、相当の力で……。
 矛盾している? 

 被害者は相当怪しいことをして、今の地位、資産を得ている。恨みを抱いている人間の数は両手では足りないという……。
 被害者に恨みを抱いて、被害者宅の事情に通ずている者の犯行か?
 ……と報じていた。
 
 高田は祖父の家にゴルフ・セットがあることは知っていたはずだ。
 “いざ”というときは、それを使えば良いことを分かっている。
 でも、動機はなんだろう?
 人が人を殺すには動機が必要だ。動機と言えば、憎しみか金だ。
 まず、憎しみ。
 高田には祖父以外、肉親はいない。人は自分の祖父を何度も、何度も殴る程憎むことができるだろうか? 肉親に殺されるなんて、珍しいことではないが……。どうなんだろう?
 次に金。
 高田は二つの会社を経営し、高額な外車にも乗っている。金には困っていないはずだ……。

 高田が祖父を殺す、それも、何度も殴って殺す動機が分からない。
 ここは、ボロアパートに帰ることにした。

                        つづく

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