ミステリーの杜 事件を吸い込むサイキスト 最初の事件(第四回)
ふと、思いついて、ボロ・アパートに帰る前に高田が社長をしている事務機販売店に寄ってみることにした。
また感じた。誰かに監視されている。
でも、辺りを見回しても不審な車も人影もなかった。やはり、一番怪しいのはぼくだ。
高田が経営している事務機販売店はあまりパッとしなかった。会社のネオンが一部欠けていてついていなかった。長い間そのままになっているようだった。
デジャヴを感じた。
そうだ、ぼくが最初に就職し虐めにあい辞めたK事務機の雰囲気に似ている。社長が贈賄で逮捕された会社と同じ臭いがした。
経営状態が良くないのだ。
ついでに、高田が経営している土木会社を観察しに向かった。
こっちも同じパットしていなかった。会社の敷地の入口に看板が立っているけれど汚れていた。クモの巣もかかっていた。土木用の重機械も汚れていて、整備もされていなかった。
ぼくがK事務機のあとに就職したU土木に雰囲気が似ていた。U土木も倒産、社長は自死している。
ぼくは車を発進させた。喫茶店が目についた。今からコンビニに寄って賞味期限切れ間近の弁当を買うのは面倒だ。尚更、ボロアパートで何か作るのも真っ平だ。
ぼくは喫茶店の駐車場に車を入れた。
店内は割と混んでいた。奥の観葉植物を挟んだ二つのテーブルが空いていた。
メニューを見て、ナポリタンとコーヒーを頼んだ
暫くすると隣の観葉植物の向こうの席にも二人組の男が座る気配がした。
「あのじいさんが殺されるとはね」と、男の低い声。辺りを窺っている感じがした。
「仮にも会長を爺さん呼ばわりは無いだろう?」と、別の男。
「あんな会長、爺さんで十分だよ。ところで、爺さんは誰に殺されたと思う?」
「居直り強盗だろ?」
「それ、本気で言っている?」
「……」
暫く、沈黙が流れた。
「やっぱ、社長かな? 数日前だったか、会長が、突然、会社に現れた。社長室で爺さんが社長を酷く罵った。社長が変わってから経営状況はよくないからな、あの爺さんが頭に来るのも不思議ではないかも知れない。事務機のほうも良くないらしい……。社長は、当然、会長を恨む。殺しても別に不思議ではない。おれ、今のうちに転職を考えようかな」
「でも、社長は昨夜はY商事のお嬢さんとデートだったらしい。十一時前に帰宅して、それ以後、あの虚仮威しの車はずっと駐車場にあった。知り合いが近所に住んでいて車があるのを見ている。それに、夜中の0時半に近くのコンビニでカップコーヒを買っている」
「それは、警察も確認済みらしい。会長宅と社長宅は三十キロ以上離れている。車なしでは社長宅と会長宅の往復は不可能だ。社長には完璧なアリバイがあるわけだ」
「じゃぁ、やはり会長は居直り強盗に殺された?」
「まぁ、そんなところだろうな」
「どちらにせよ、殺人犯逮捕までには、時間がかかりそうだな」
「……」
暫くの沈黙の後、男たちの会話は続いた。
「社長の婚約者は深田恭子似の美人で、今後はY商事が後ろ盾になる。社長は美人の妻と金の両方を手にする! それもY商事のお嬢さんの方が社長に夢中らしい。なんて世の中、不公平なんだ」
「社長は身長百八十センチ、なかなかのイケメン。O大学卒業。お前に何が勝てる?」
「血圧と血糖値」
「おれもだ」
二人の男たちが笑い転げた。
そこで、ウェイトレスがナポリタンとコーヒーをぼくのテーブルに持ってきた。観葉植物の向こうの二人の男はそこで沈黙した。近くにぼくがいることに気がついたのだ。
でも、もう遅い。全てが繋がった。
ぼくは頭の中で独り言をした。
君たちそれは違うんだよ。
でも、君たちのお陰で全てが繋がったよ。
高田の派手な生活は見せかけで、その実態はかねに困っている。資金繰りに困った高田は昨夜、勝手口から出て普段は家政婦が使っている軽自動車(特に天井が低い)にその大きな図体を無理やり押し込んで、祖父の家に向かった。家を出る時点で自分の車を使わなかったのは、祖父を殺してしまうことになるかも知れないと思っていたからだ。凶器を用意していなかったのは、いざと慣れば、ゴルフ・セットを使えばいいと思った、のだろう。
高田は祖父に金の無心をした。高田は「“市長選挙に出馬”とか“Y商事社長令嬢との結婚”で金が要る。事業資金の援助もして欲しい」と言ったのだろう。
でも、祖父にあっさり断られた。そんなくだらないことに金は使うな。もっと、遊び半分でなく会社経営に身を入れろ!
とか、二つの会社のあの経営状態は何だと、叱責されたのだろう。
兎に角、祖父の発した何かの言葉で孫、高田は切れた。
高田はゴルフのアイアンで祖父を殴った。何度も、何度も殴った。これまで堪りに堪っていた不満が爆発した。
まあ、こんなところだろう。
これで全てのピースがはまった。
それに気づいているのはぼくだけだ。
ぼくは喫茶店を出て、ボロアパートに帰った。
インスタントコーヒーを飲みながら、ぼくは考えた。
それでは、どうやって高田を脅迫するか!?
手紙!?
いや、手紙は不味い。脅迫の物的証拠を残すのはまずい。
今は殺人事件や葬式の準備で高田の周りには色んな人がいる。高田への手紙も本人以外の者が開封する可能性も“ゼロ”ではない。
脅迫状に“親展”と書くわけにはいかない。
ここは電話だろう。
幸いな事に高田の自宅の電話番号は市役所のホームページで、殺されたじいさんの家の電話番号は電話帳で分かっている。
では、誰の名前で電話をする。時が時だけに実在する人間の名前を名乗らないと電話を切られてしまうかも知れない。
……。
ぼくはある良い考えを思いついた。
夜の九時前、殺された爺さんの屋敷に、高田の車があった。あの軽自動車もあった。
念のため近くのスーパーの敷地の片隅の公衆電話から電話をした。
“社長、警察の鈴木さんから電話です”と、受話器の向こうで中年の男が言った。
“変だな、警察にはおれの携帯電話の番号を伝えているのに……”と、聞き覚えのある男の声。テレビで見た高田の声だ。
“会長の遺体の件じゃないですか? 遺体が無い事には葬式もできませんよ”
“それも、そうだな”
「もしもし、高田です」と、受話器の向こうで男が言った。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?