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月を隠して 第一章「月白」中編

 とりあえず僕は家で勉強する習慣があるので家で黙々と課題をこなす。集中力が切れたら少し本を読んでまた勉強。こんな日々。

そういえば例の栞は結局あれこれ調べてみてもよくわからないので気にすることを辞めて普通に使うようになった。正直とても綺麗で気に入った。学校に持っていく本には必ず挟んでいる。お守り的な意味も込めて。


そんな皐月のある日。

いつものように過ごし、胸を痛め、好きな本を読み、放課後は家に帰って勉強をしようと考えていると、ふと鳥形さんと月本さんが僕の方にやって来た。

「小日向くん、あの、この後冬乃と一緒に図書室で勉強するんだけど一緒にやらない?というか勉強教えて欲しいというか…」

なるほど。僕に勉強を教えて欲しいと。なるほど。

僕は普段読書ばかりしているし、時間もあるので勉強は人並みには出来ると思う。しかし、イメージが事実を越えているので、期待されすぎている節があるということをこれまでの人生で何度か経験している。きっと今回も同じ感じだ。それに教えるのが上手いとは限らないし、なにより僕は一人で勉強する性分だ。

だが、断る理由が見つかるわけでもない。

「ちなみに教えて欲しい科目って…?」

「数学なんだけど…大丈夫?」

数学。理系とはいえ僕はもちろんこの教科が苦手だ。

小学生から中学生で算数から数学に名前を変えたのだから、高校の数学も数学じゃなくて数駕苦とか数鬼とかにすればいいと思っている。

まあ、幸い今やっているベクトルの分野は何とかなっているので、まあ大丈夫だろう。

「ベクトルはなんとなくいけるから多分…大丈夫」

「よかった、じゃあ掃除終わったらまた教室で!」

そういうと鳥形さんらは自分たちの掃除場所へ向かった。去り際、鳥形さんが月本さんに肩をこつんとぶつけて「よかったね!」と言っていた。そんなに数学がヤバいのかあの二人。と思いつつ僕も荷物をまとめて掃除の場所へ向かうことにした。


掃除も終わり教室へ戻る。すると既に二人は準備ができていて僕を待っていた。

「お待たせ」

「あ、いえいえ、掃除ごくろうさま~」と二人から言葉を貰う。なんだかむず痒い。

そして三人で図書室へ向かう。途中は特に変わったことは話してなかったと思う。

図書室に着き、中へ入るといつもお世話になっている司書さんに丸い目をされたが、軽く挨拶をして自習スペースへ向かった。

さすがにこの定期試験前は自習スペースを利用する生徒は多く、すでに半分以上が埋まっていた。鳥形さんが窓際のところにしようと言い、四人掛け席に座る。僕が一人で対面に二人が座る個別指導塾の状態になった。

二人が問題集のわからない問題を見せてくる。課題の範囲が同じなので当然と言えばそうだが都合よくつい昨日家で解いたものだったので、なんなく解説できた。

僕の解説がえらくハマったのか、二人から賞賛の言葉を貰う。内心少し照れた。

二人はそれを見てニヤニヤしている。顔に出てしまったらしい。やかましいものだ。

その後も何問か解説し、ついでに僕のわからなかった古文の翻訳などを聞き、その後は自分の自習時間、聞きたいことがあったらその都度聞く、というようなことをやった。 

一人の時間が多い僕だが、案外こういうのも悪くないのかもなと思った。たまにはね。


トイレのために席を立つ。図書室内にはトイレがないため、一度廊下に出る必要がある。そのため入り口の司書さんのところを通るのだが、そこで僕は司書さんに捕まった。

「ちょっと、ねえ、小日向君、」と手招きされた。

「こんにちは」とあいさつする。

「小日向君、友達居たのね!月本さんとも委員会の時あんまり仲がいいって感じじゃなかったし、なんだか安心しちゃったわ~」

僕は去年から図書委員なので、司書さんとはそこそこ仲がいい。親のように心配してくれているのだが、今日は勘違いだ。でも、確かにあのような一緒に勉強している姿を端から見ると友達のように映るのも無理はない。ただ同じ班の人に勉強を教えて欲しいと頼まれただけなのだが。

それに、月本さんとは委員会の時には話すが、そんな風に思われていたとは意外だった。確かに話すのは仕事のことなので、事務的な口調になっていたのかもしれない。

「あ、いえ、別にそういう関係ではなくてですね…」

「じゃあ、なに?」

どっちにしろ、向こうがどう思っているのかなんてわからない。

「まあ、利害の一致、ですかね?」

「また難しいこと言うね、小日向君は。もっと肩の力抜きなよねー」

そう言って司書さんは裏の在庫室へ入っていった。

トイレでふと考えるが、なんだか僕って今、「普通」な感じに見えてる?あれ?

数年前の僕に今の姿見せたら別の意味で驚くんじゃない?って気がしてきた。まあ悪い気はしないので甘んじて受け入れるが。


席に戻ると二人が手を振っていた。

だが方向は僕の方ではなく、窓の外だ。

僕も窓の外を見てみると、吉良くんと江藤くんがこちらに手を振っていた。恰好からして運動でもしていたのだろう。一応試験期間は部活が無くなるが、自主練習をする生徒はかなりの数いる。吉良くんはサッカー部で江藤くんは野球部だ。大方二人で走り込みなどでもしていたのだろう。

外の二人は僕と目が合うとスマホをいじりだした。

数瞬後、僕のスマホに通知が来る。

二人から「ヒューヒュー」というメッセージをもらう。全く、そういう感じではないのだが。また別のベクトルからの勘違いだ。

目の前の二人は自分のところにも何か来ると思ったのだろう、スマホを見ているが何も起きず、こちらに「なんて来たの?」と聞いてきた。少し恥ずかしかったので躊躇ったが、僕はなにも悪くないので二人に見せる。すると二人はすごい勢いでメッセージを打ち始めた。きっと文句を言っているのだろう。僕の代弁をしてくれているのだと思ったため、僕から二人に返信はしなかった。

翌日朝学校に行くと江藤くんと吉良くんに捕まった。

「薫く~ん、昨日いい感じだったじゃんか?」

「そうだよ、返信くれないし、感想聞きたい!」

「あ、いや、返信は二人がなんか送ってたみたいだからいいかなって、」

「ちがーう!君の意見が聞きたいのだよ!」

「いや、そう言われても、ただわからないところがあるって言うから教えてただけだよ」

「ほほーん。なるほど?それだけ?」

「うん。それだけ」

二人は顔を見合わせていたが、すぐにこちらに向き直り、「今度おれたちにも勉強教えてよ!」と言って来た。

まあ断る理由はないので快諾した。

多分二人は勘違いをしているのでそれも解かないといけないと思った。数学よりも解くのは難しそうだ。

そして、二人からの提案で週末にファミレスで勉強しようということになった。

 その日の夜、久しぶりになんとなく散歩に行くことにした。僕の家は歩いて少し行くと河川敷に出る。最近は来れていなかったが、たまにここへきて夜空を眺めることも趣味としていた。

 久しぶりに来ても川はいつものようにただ流れているだけ。そして、今日は半月。都合がいい。

河川敷に座ってまた色々と考える。ここ最近はなんだか色々なことが起きてこの一週間は特に長く感じた。人と関わるのってこんなに大変なんだ。

良い傾向なのかもしれないが、大事な点はなにも動いていない。

はあ、苦しい。

好きな人が出来るってこんなに大変なんだ。みんなよく恋愛するな、と思う。上手くいかないのは僕だけなのかもしれないが。

今度の競技大会で少なくとも一言ぐらい話せたらいいな。と薄い期待をうすら笑う。

好きになるって、不思議だ。

その人を見ている時や、その人のことを考えているととても、なんというか心が満たされる感覚になる。だが、一人になって思い悩むとただただ苦しいだけになる。感情の起伏がおかしい。

そもそも「好き」ってなんだろう?「恋」と「愛」の違いは?今の僕のこれは恋なのだよね?などなど頭の中はごちゃごちゃだ。

そんなことを考えていると時間が過ぎるが、今日ここに来たのはもう一つ理由があった。

例の栞を持ってきたのだ。

前は室内の証明に透かして見たのだが、月の光に透かしたらまた綺麗なのではないかと考えたのだ。

部屋では周りが明るい。だが、ここなら輝くものは半月しかない。満月よりも光は薄いが、半月くらいの明るさがちょうどいいようにも思えた。ポケットから栞を取り出して透かす。

すると、やはり僕の予想が当たった。

部屋で見るよりも数段綺麗な景色が浮かび上がった。

草原に半月、そして満点の星空。思わず見入ってしまう景色。

あれ?前に見た時って半月だったっけ?と思うが記憶が曖昧だ。それに、文字がこの前よりもよく見えた。やはりこれぐらいの明るさが良かったのだろう。栞の中央やや左、月の左側に「月を隠して」という文字が読める。

しかし、前と確実に違う点があった。

「月を隠して」の文字、それに続いて「見えなくなる…」と書いてあった。多分。この字は特にはっきりとはしていないのでなんとなくだが、そんな気がした。

つまり、「月を隠して、見えなくなる。」と言うことだろうか?よくわからない。謎がまた深まった気がする。

月を隠したら見えなくなるのなんて当たり前ではないか。

もやもやは残るがどこかすっきりもしている。

とりあえず今日はこれで帰ることにした。

週末、学校近くのファミレスで吉良くんと江藤くんを待っていた。

集合は正午。僕は10分前に到着。一応持ってきた本でも読んでいようかなと思い、本を開いて栞を手に取る。すると江藤くんがやってきた。本は読めなかったがまあいいや、また同じページに栞を戻し、本をしまう。

「お、薫!早いな!」

「あ、江藤くん、おはよう!」とりあえず普通に返事する。

「今日、桃李も来るってねー」

「あ、そうなんだ、じゃあ班のみんなが集合するんだね」

桃李、は岸上くんの下の名前だよな。かろうじで覚えている。話したことはあんまりないが。

この際班の人たちとはどんどん話そう。そう勤めよう。

その後残りの二人も到着し、四人で店内へ。

とりあえず各々好きなものとドリンクバーを頼み、一旦昼食タイム。

みんなでわいわい話しながら食べる、ということは上手くいかず。やはり三人の勢いには少し気圧される。

たまにみんなが話を振ってくれてなんとか輪の中に居るのかも?という気はしたが、積極的には入れない。それにこういう人たち特有な気がしなくもないが、話題がコンロコンロと変化する。それはもうとにかく速い。隣に座っているのに金星と木星の自転周期ぐらい頭の回転が違う気がする。正直付いていけない。凄いな皆。

僕だけ口が暇な時間が多いので、目の前にあったはずのハンバーグはいつの間にかなくなり、みんなから「え、意外と食べるの早い人なん?」的なことを言われたがそうではない。断じて。

「あ、いや、ハンバーグ好きだからさ!」とよくわからない返事をしてしまったが、みんなは軽くいじって笑いに変えてくれる。

その後、僕に気を使ってか話すことと食べることの比が入れ替わり、みんな食べ終わった。

その後、店員さんにお皿を下げてもらい、いよいよ勉強の時間となる。ドリンクバーで飲み物を補充し、準備完了。

飲み物を持ってくるときに店内を見てみたが、割と学生が勉強をしていた。この店自体、そのような行為を認めているのだろう。

みんな各々の勉強を始める。僕はすでに提出課題は終わらせたので苦手なところの勉強をするが、他の三人は課題がまだ終わっていないらしく、かなり焦っているようだ。「やべえ!まだ半分!」とか言いながらやっている。

僕は比較的今回の数学が得意で、あとは国語も出来る方だ。江藤くんと岸上くんは英語がとても得意で吉良くんはどれもなんともいえない感じ…。なので、それぞれの得意分野を生かして勉強を教え合い、三時間が経った。

「はあー、さすがに疲れた。こんなにやったの受験以来だわマジ」と吉良くんが伸びをしながら言う。

「まあ俺たちは勉強できない組だもんな!薫くんが居てくれて助かったわ、特に数学!」と江藤くんが僕の肩を軽く叩きながら言う。

「いや、僕も久しぶりに楽しく勉強できたよ、」

ふと僕の口から漏れたが、本音ではある。

「よかった!」

と吉良くんが笑う。

その後は江藤くんの提案で少し長居になってしまうのでデザートを食べてから場所を変えるか解散ということになった。

デザートが届き、おしゃべりをする。ああ、なんだか普通の高校生みたいだ。僕の脳はどうやら疲れているみたい。

話していると話題は恋愛の話へ。

誰かに相談に乗ってほしい!と思っていた僕だが、さすがにまだ恋愛相談するほどの仲じゃないだろうし、ここにきて少し恥ずかしくなる。

「なあ、隼汰は次の彼女作らねえの?」と吉良くんが江藤くんに聞く。

「いや、流石にまだかな、それに作ろうと思って出来るもんじゃないだろう」

「またまた~、君の後ろには順番待ちが長い列を作っているよ?」

「やめろ、マジ、ってかお前はどうなんだよ?」

「いやー、なんにもないっすねー。逆に桃李と薫はなんかないの?」

急に話題を振られてびっくりしてしまう。だが、僕がなにか言う前に岸上くんが口を開いた。

「俺の彼女はギターしかないって言ってるだろ、」と少し微笑みながら言う。この人こういう感じなのか。確か軽音部だったはずだが、相当音楽が好きなようだ…。

「いや、そういうこと言ってる人ほどすぐ出来るんだよな~」と吉良くんがニヤニヤしながら言う。すると江藤くんが砲台を向けてくる。

「ちなみに薫くんはなんかある?」ごく普通のフリだ。なんならありがたい。ただし内容はありがたくないが。

言える勇気がない!

「いや、さすがに僕はなにもないよ…。今までも別に何もないし、たぶんこのままだろうね、」

つい早口気味になってしまった。暗すぎていなかっただろうか?

「いや、薫くんは好かれるタイプだと思うなー。仲良くなったら良さがわかる的な!」江藤くん!

「そうそう!わかる!今までは暗い感じだと思ってたけど、勉強の教え方丁寧だし、めちゃくちゃ良い人じゃんね!」と吉良くんにも言われる。そんな風に思われていたのか!

「小日向くん、掃除丁寧だよね、」と岸上くんにも言われる…!

みんな僕をこんな風に見ていたのか。

「みんなありがとう、なんかむずかゆいな、」

「もっと自信持ちなよ!」と吉良くん。自信なんて今まで湧いてこなかったが、これならちょっと自信が湧きそうな、気がする。

「はあ、桃李と薫が彼女持ちになるのかー、隼汰、俺たちだけになっちまうなー」と吉良くんが言うと「いや、お前もすぐにできる口だろっ!」と江藤くんに突っ込まれていた。なんだか普通の高校生している!

そして僕らは勉強もそこそこに捗ったので、今日は解散しようということになった。

その日の夜。また河川敷に。

一人になると色々と考えてしまう。部屋の中でだんだんと無酸素感と無重力感を体験し始めたので外に出てきたのだ。

彼らは僕を受け入れてくれている、のだと思う。

これはもう友達と言って良いのだろうか?友達なのか?昔は僕だって積極的に友達を遊びに誘ったりしていたが、今では無い。これはさすがに大人になることではないだろう。

僕を誘ってくれる友人と思しき存在に対してもこのような考えで僕の方からは誘えない。

なら、月地さんを遊びに誘うなんて無理に決まっている。まだ話せてすらないのに。

いよいよ明日から定期試験だが、それが終わればすぐに競技大会だ。そこがまずは山場。

やはり僕の思考は短時間で起伏する。

彼らは僕のことをどんなふうに思っているのか?友達と思っているのか?僕は月地さんと話すことが出来るのか?

様々な悩みが浮かんでも溜息しか出て来ない。

彼らはクラスの中心的存在で根明な人たち。僕とはたまたま修学旅行の班が一緒になっただけ。月地さんは僕みたいな根暗な人には興味のかけらもないだろう。

とりあえずなんとなく毎日を過ごすしかないのだろうか。

堂々巡りの周期運動的脳内に別れを告げるため、頬を叩いて家に帰った。

 一学期中間考査。全八科目の二日程。勉強時間が稼げるのでありがたいが試練の二日だ。

朝学校に行き席で復習をしていると、吉良くんがやって来た。

 「薫!問題出して!」

 「え、あ、いいよ!科目は?」

 「全部頼む!」と両手を合わせてきた。するとそこへ江藤くんがやって来て、「薫くんの勉強の邪魔をするでない!」と頭を参考書の角でコツンとやった。

 「ごめんな薫くん、こいつ焦りすぎて壊れてるんだわ」と江藤くんは笑う。

 と言われても僕は今回の試験にあまり困っていないので、結局みんなで問題を出し合うことになった。

 最終的にそこに月本さんも合流し、四人で朝のHRまで復習をしていた。

 そして、今日の試験が終了。

 今日は自信のあった数学と国語そして選択の生物に地理だったのでなんとかなった。しかし、明日は国語系と英語2つだ。重い。

明らかに苦手科目なので、最後の科目が終わるとすぐ家に帰って勉強するために荷物をまとめる。

 するとそこへ江藤くんがやって来た。

 「学食行かね?」

 荷物を肩にかけて彼は言った。

 江藤くんはクラスの中心人物。僕でなくても一緒にご飯を食べる人など居るはずだ。なぜ僕。この前は勉強という名目があったが今日は別にないだろう。

 と一瞬頭をまたあの思考が過る。悪い癖だ。

 しかし、彼らといると楽しいが時間は潰れる。どうしたものか…。

 「あ、もしかして弁当とか?」返答に困っていると、そう聞いてきた。

いつもは母に弁当を頼んでいるが、試験期間はスーパーやコンビニにお世話になっている。深い理由はないが、いつもと違うことをしてみたいという微量な日常への抵抗だ。なので、学食もありだ。しかし学食へは行ったことがない。あそこは友達がいる人たちの憩いの場というイメージがあった。一人では踏み込めないでいたのだ。

 また高速で思案したが、やはり無下には断れないので、「弁当は無いよ、が、学食行ってみたいかも…」とボソッと言った。なぜまだ江藤くんの前ですらちゃんと話せるときと話せない時があるのだろう。

 僕の返事をもらうと「よかった!秀人と冬乃と静も来るって!準備出来たら言ってな!」と言い教室の後ろの方に居る吉良くんたちのところへ行ってしまった。

 内心で喜ぶ自分と気圧されている自分、どっちも僕だろうが、ここ最近でまるで分らなくなった。

 僕ってやっぱり考えすぎ…?そのうち人格が分離しそうな予感がする。

 みんなのところへ行く。僕が「ありがと」と言うとみんな「全然!」と言ってくれて学食へ向かった。

 向かう途中ではやはり今回の問題がどうだとかどこが出来たの出来なかったので盛り上がった。この話題なら僕も付いていけるので上手い事乗っかれた気がする。

 学食に着くとまずは食券売り場に並ぶ。多分今が一番混む時間なのだろう。券売機には長蛇の列が出来ていた。

 みんな「なににするー?」と話しているが、僕はそもそも何があるのか知らない。

吉良くんが「薫はなににすんの?」と聞いてきたきたが、何があるのだ?となってしまうわけである。

なんとなく初めてというのは恥ずかしいので言い出しにくいのだが…。なにか適当に言ってみようか?とりあえず「まだ決めかねてるかな、」と返したが、そのあとすぐに風上さんが「小日向くん、学食初めて?」とストレートに聞いてきた。なぜかわった!

びっくりしてしまったが、「じ、実は、そう…。」と正直に返す。僕はみんなに驚かれるだろうか、と思ったが、みんなの反応は意外なものだった。

みんな各々のオススメを言ってくれて、しまいには言い合いになりかけていた。凄いなこの人たち。

 江藤くんと吉良くんと月本さんがカレーかラーメンかフィッシュランチで揉めているところを風上さんと見ていた。風上さんも僕と同じような積極的に人と絡む人ではないようだ。普段から静かなのでよくわからないが、僕の様な根暗ではなくただのクールだろう。これは大きな差だ。

 しかし目の前のじゃれ合いを見ながら少し口角が上がっているところをチラ見するに、いい人なのは間違いない。

 少しして券売機がもう少しというところになり、風上さんが仲裁に入る。そして、最終的には風上さん一押しの油淋鶏定食となった。かっこいい。

ついでにみんな食べたことも聞いたこともないというので全員同じものを頼む流れとなった。隠れ人気メニューなのだろうか。

食事中も今日の問題への恨みつらみや明日への祈りをみんなで捧げた。

 その後は教室で勉強することになった。流石に夕方前までだが。

 途中から鳥形さんも合流し、計6人での自習が始まった。

 僕らの他にも二人ほど教室で勉強していたからか、みんなとても静かに勉強している。

 きりが付き、ふと周りを見る。みんな真剣な表情だ。なんだか、みんなが周りで勉強していると心強い。冒険のパーティーのような安心感がある。


 こうして僕ら勇者パーティーは冒険を終え、魔王「テイキシケン」を倒した。もちろん勇者は僕。妄想の中ぐらいいいでしょ?

定期試験が終わったあとの解放感というものは格別だ。僕らは毎度慣れない緊張感からの解放と同時に、次なるワークの課題を手に入れた。先生たちは鬼か。

 僕らの通う学校は進学校と言わないまでもそこそこな進学校だと思う。なので、先生たちも気合が入っているのだ。特に数学の先生の気合は凄く、文系の人に対しても「文系だからこそ!だからこそ数学が出来れば受験で勝つ!」と二年に上がった時に言い、みんなに真似されていた。そして、そんな先生の出す課題は理系とほぼ同じ量と質らしく、苦戦を強いられていた。僕はまあ、なんとかなってるが、流石に定期試験が終わったその日に期末試験の課題範囲を提示されるとげんなりとしてしまう。

 ともあれ一旦試験は終わった。次なるステップへいざ行かん。

 そう、もう少しで競技大会!

僕の望む未来、すなわち月地さんとお話するという目標の元、これからを過ごしていきたい。まあ何をするわけでもないけれど。

 ちなみに試験中も視界に入る月地さんの後ろ姿で集中を断続的に切らしていた僕の試験結果が散々だったのは言うまでもない。

気が付けばあっという間に競技大会の日に。朝登校するといつもとは違う空気につつまれている学校に新鮮さを感じる。

 去年は参加しなかったので、教室で自習したり読書をしたりして過ごしていた。だが、今年は違う。僕も競技に参加するということももちろん去年と異なるが、なによりも、初めて訪れた月地さんと話せるかもしれないチャンスなのだ。ものにしなくては。

 と言ってもなにも作戦は浮かばなかったので、ここ最近の僕の微量も微量なコミュ力に賭けることにした。結果は見えている気もするが、今日は目を瞑って見ないことにした。

 教室に行くと早速江藤くんに声をかけられる。

 「お、薫、なんか気合入ってるじゃん!」

 「もちろん!頑張るよ!」

 多分本当は違う内容なのだろうが、伝わったなら良し。だがなぜ気合が入っていることが分かったのだろうか?

 「僕そんなに気合入ってるのわかりやすい…?」

「え、だって薫、もう鉢巻してるじゃん!」

「あ!」

少し笑いながら言われ、初めて頭の上に巻いている物に気が付いた。考え事に夢中でついつけていたのだろう。競技大会の日は授業がないので荷物も違う上に基本的に制服登校の校則がこの日だけは学校指定のジャージでの登校が許可される。なので、全校生徒の半分くらいはジャージで登校している。僕も今年はそれにあやかって初めてジャージで登校してみた。その際に付けていたのだろう。

 てか待てよ、ということは登校途中や教室に来るまでの間、ずっとこれだったのか…?

 なんだか急激に恥ずかしくなった。

 「え、あ、あ、…恥ずかし、」

「ドンマイドンマイ!」

江藤くんは笑いで消してくれた。

しかし、後からやってきた吉良くんと風上さんに笑われ、また恥ずかしさがぶり返した。

まさかあの風上さんに笑われるなんて!

 そんな僕を救ってくれたのが朝のHR前のチャイム。それを合図にそれぞれの席に戻った。まだ先生は来ていないので、一旦この恥ずかしさを誤魔化そうと読書をすることにしたのだが、なんと今日は本を持ってきていなかった。なんということだ。今まで本を持たずにどこかへ出かけたことなんてほとんどない。これはこれで焦ったが、いつもと違う荷物といつものまるで違う自分の心境に妥協し、諦めることにした。

 そのすぐ後に先生がやって来て、軽く出欠確認が行われる。競技大会の参加は個人次第だが、出欠は取られる。これが去年競技大会の日に学校に居た理由だ。もちろんでない人でそもそも学校に来ていない人は多い。だが、中学生の時から皆勤賞を取り続けている僕にとって、なんとなく「サボる」というのが嫌だったのだ。

 担任の先生からの激励ももらい、各々が準備を始める。着替えていない人は更衣室や部室へ行って着替えるなどそれぞれの行動に移るわけだ。僕は着替えていたので教室で手持無沙汰の状態だった。そんな中、ふと月地さんが目に入る。友達と話すその横顔、普段とは違うジャージ姿に少し見惚れてしまったが、ここは教室だ。すぐに我に返って月地さんの方を見ないようになにか暇を潰そうと考える。

教室を見渡すと、江藤くんと吉良くんは居ない。朝も制服だったので、それぞれの部室で着替えているのだろう。そんな中、岸上くんの姿が目に入った。既にジャージに着替えている上に長袖だ。6月なので暑くないのかなと思いつつ、初めてこちらから声を変えることにして、近づいていく。

 正直に言うと岸上くんは少し話しかけにくい。元々静かめな人で謎が多い感じ。軽音部でギターが彼女と言う情報しか持ち合わせていない。

 近づいていくとどうやら音楽を聴いているようだった。無線のイヤホンで聴いていたため気づかなかった。

 僕が近づくと向こうも気づき、イヤホンを外した。向こうから話しかけてくる気配はないので、僕が話しかける。岸上くんと話してみようと思ってここに来るまでに第一声は決めていた。

 「岸上くん、今日頑張ろうね!」と僕なりに明るく話しかける。すると、小さ目な声で「うん。」と聞こえた。彼らしいとは思ったが、もしかして僕よりもコミュニケーション苦手だったりするのだろうか?なんとか会話を続ける。

 「岸上くんってドッヂボール以外もなんか出るんだっけ?」

 「いや、出ない。そんなに運動得意じゃないし」

 「え、そうなんだ、確か軽音部って言ってたけど、ずっと音楽はやってたの?」

 「一応小学生の時からピアノと中学生の時からギターかな、」

 「え、凄いね!僕楽器とかなんにも出来ないから羨ましいなー」

 「興味ある?」

 「うん、ちょっとはね、」会話を続けるためとはいえ、僕は嘘をついた。音楽は別に嫌いではないが、積極的には聴かない。親がピアノをやっていたようで家にピアノはある。しかし、弾いたことはない。この機会になにか趣味を増やすというのはアリだが、ギターなどの楽器はなんだか高そうなイメージがあるので、とりあえず曲を聞くところからでも始めてみようか?

 そんなことを思い、岸上くんに聞いてみる。

 「今は何聴いてたの?」

 「ああ、これ」そう言ってスマホの画面を見せてきた。当然僕にはわからないアーティスト名と曲名が表示されている。

 「え、知らないその人!」

 ちなみに言っておくが、巷で流行っているらしい曲は多少知っている。まあ、その程度なんだけど。

 「この人たち、もうすぐ来るよ」

 来る?ここに?もしかして有名人だった?そう思っていると、「あ、来るって、あれな、流行りそうってことね」どうやら僕は困った顔でもしていたらしい。丁寧に解説してくれた。 

 「あ、そういうことね!聴いてみるよ」

 「うん、歌詞がいいから」

 会話が終わりそうな予感がしている。するとそこへ救世主、江藤くんと吉良くんが着替えから帰ってきた。

 「お、桃李と薫、何の話してたん?」そう吉良くんが言うと、「ほら、この前俺が弾いてたバンドの曲あるじゃん?あれの布教。」と岸上くんが言った。すると、二人も「あれはいいよな、」「神曲。」と感想を言っていた。どうやら二人も曲を聴く方の人らしい。そして、この曲を知っていたようだ。

 その後は続々と準備ができた人たちが集まり、なんだか居場所がなくなってしまった。どこかに用事がある感じで教室を出てくる。まあ行く当てはないんだけれども。基本的に係とかじゃない限り競技までは暇だ。とりあえず僕は図書室にでも居ようかなと考え、荷物を持ったまま向かうことにした。

 教室を出て少し歩くと後ろから声をかけられた。

 「小日向くん、今大丈夫?」

 振り返ると風上さんがいた。

 「うん、なにか用?」

 「これ、冬乃がね、男子メンバーにも激励って、ミサンガ。」

 そういう風上さんの手首にはカラフルなミサンガが巻かれていた。寒色系のもので、察するに月本さんが手作りで風上さんをイメージして作ったのだろう。

 そして、差し出された手のひらには暖色系の色で編まれたミサンガがあった。月本さんは手芸の趣味があるらしい。

 「これ、僕に?」

 「そ、冬乃から小日向君に」

 僕はありがたく頂戴することにした。

 「ありがとう、これで頑張れるよ!」 

 そういうと風上は少し微笑んだ。あとで月本さんにお礼を言わなくては。

 「じゃあまたあとでね」と言い風上さんは振り返って歩き出す。クールだ。

多分風上さんは教室に行くのだろう。付いていって教室に戻るのもありだが、先ほど出てきたばかりなのでやはり図書室へ行くことにした。

 もらった太陽の様な色合いのミサンガをカバンにしまい、図書室へ向かった。

 図書室に入り司書さんに挨拶をする。今週は特に委員会の仕事はなかったので、僕としては珍しく久しぶりの図書室だった。

 読みかけの小説を持ってこなかったことが悔やまれたが、せっかくなので図書室に入荷された新刊を読むことにした。

 本を持って席に座るとなんだか肩の力がふっと抜けるような感覚があった。今日の学校、特に教室は「陽」の気がいつもよりもかなり濃い。自覚はなしにストレスを感じていたのだろうか?最近そっち側の人たちとの関わりが増えたと言え、まあまだ慣れないのだなと思う。

 まだ午前9時過ぎだが、僕が出場するドッヂボールは午後の競技だ。午前中はここで本でも読んでいようかな?


 本に集中して気づけば一時間半ほど経過した。一旦休憩も兼ねてトイレへ行くことにする。

 図書館を出てふと廊下を見る。これは単なる無意識の行動だろう。そして、人気のない廊下に人間が居たら誰でも一瞬なりそちらに目が行くはずだ。

 僕の先の反射によって廊下にいる一つの塊を目にすることとなった。

 そしてほぼ二度見のような形でその姿を一瞬にして認識すると、その光景に目が焼かれた。

なんと、そこには月地さんがいたのだ。

衝撃に一瞬硬直するが、咄嗟に図書室のドアの後ろに隠れ、廊下を伺うような形となった。

 月地さんが居ただけならまだ良い。全然ウェルカム。僕がビビりなだけで今ドアの後ろに隠れているのならマシだった。だが、現実は非情だ。廊下に座っている月地さん、その隣に男子生徒がいたのだ。

 その光景を見て、僕の脳内はフル回転。

 え?あ?友達?…もしかして?…もしかして、彼氏…?マジ?

 そして僕は決定的瞬間を目撃する。

 僕にとっては数時間くらいの感覚。だが現実では一瞬の出来事。僕が図書室のドアから様子を伺っている景色の中に二人の男女が鉢巻を交換する様子が写った。しかもお互いに付け合っている。

 終わった…。

 これは、これは確定的ですよ。

 僕はすべてを悟った。

 好きな人に彼氏が居た。

 本当に彼氏なのかはまだわからないが、じゃないとしても時間の問題であろうアレは。

「小日向君、どうかした?」

 僕が図書室のドアのところで絶望していると、司書さんに心配され、現実に引き戻された。

 「あ、…あ、大丈夫です。」

 「そう?ドアから動かなかったから心配しちゃった」

 「今日の競技大会の緊張がすごくて、すみません」

 「え、小日向君出場するの!頑張ってね!」

 「ありがとうございます。」

 安心感のある方からの言葉で正気を保ち、僕はトイレに行くことを忘れ再び席に戻った。

 席についてから、僕は少ない経験なりに色々と考えたが、絶望なことに変わりはない。本も開かずにただ机を見つめ、そのうち机に突っ伏した。

視界が無くなると嫌でも先の光景が浮かぶ。僕は景色に殴打されていた。

不思議と涙は出て来ないが、今恋愛小説を読んだら確実に泣く。無理。

 どれくらいこうしていたのかはわからない。体感では何時間か考えていた気がする。しかし、このまま目を瞑って机に突っ伏したままだと嫌でも脳裏からあの光景が離れてくれないので、顔を上げて図書館内を見渡した。

 どうやら今は僕一人しかいないようだ。

 気分的に窓際の席に移動する。頬杖をついて窓の外を眺める。ジャージ姿に鉢巻の生徒がたくさんいる。なんだか心も体も宇宙に飛ばされている感覚だ。

 現実は簡単に変わる。予期しないところで。世界も回る。僕が何をしなくとも。

 世間一般の人々にとって「初恋」というものはどう捉えられているのだろうか?少なくとも僕にとっては自覚する中で初めての恋だし、今まで他の人とあまり積極的にかかわってこなかった僕にとって、心の中を特定個人にこんなに支配される感覚は新鮮であり、色々な感情が湧き上がって日々が充実していたように感じる。不思議なことだが。

 こうして僕の初恋はあまりにもあっけなく幕を閉じた。


 気づけばお昼前になっていた。驚くことに僕は思考を巡らせてこの時間までボーっとしていたようだ。

 現実に引き戻してくれたのは一本の着信。

 我に返り画面を見ると、吉良くんからのようだった。

 「もしもし?薫?今どこいるの?」

 「…図書室。なにか用?」

 「薫なんか元気無い?大丈夫??」

 「うん、ちょっと微妙に夢の中に居ただけ。大丈夫。もうだいぶ覚めたと思う。」

 「ならいいんだけどよ、みんなで学食行かね?」

 確かにお昼時ではある。だが、お腹は全く空いていない。でも気分転換にはちょうど良いかも?でも多少なり平静を取り戻さなければ要らない心配をかけてしまうか?

 一瞬にしてあれこれと考えたが、断る理由もないので行くことにした。

 「学食ね、おっけー、教室行けばいい?」

 「俺たちは教室要るけど図書室なら戻ってくより直接行った方が近いから学食の前で待ってて!」

 「わかった。」

 とりあえずみんなが来るまで少しばかり時間があるようなので、頑張っていつも通りを取り戻す。

 伸びをしてスマホをみるとみんなからのメッセ―ジが入っていた。返信していなかったことを後で謝ろう。


 とりあえず学食に向かいながら頭の中のあれこれを振り払おう。

 と、いうのは簡単には行かず、結局集まった皆から心配の声をかけられた。

 そんなにひどい顔してた?

 もしかしたら心は頑張って冷静を装っているだけで体は思ったよりも応えているのかもしれない。

 学食は昼休み前ではあるが流石に混んでいた。それぞれの食べたいものを食券で購入し、それぞれがご飯を受け取る。僕はあまり重くない蕎麦を食べることにした。

 同じく蕎麦を食べるらしい月本さんには列に並んでいる間に大層心配されたが、要らぬ詮索を避けるために努めて笑顔を作った。

 もしかしたら全部吐き出したら楽なのかもしれないとも思ったが、間違いなく食堂の列に並んでいる今ではないと思い、言わなかった。

 みんなで席に着いて昼食。もちろん話題は競技大会のこと。どうやら現在僕らのクラスは学年8クラスのうち三位らしい。なかなかやるのでは?


 いよいよドッヂボールの出番が迫ってきた。

 結局、昼食をみんなで食べてからはずっとみんなと一緒に居た。正直、もうどうにでもなれという感じだった。

 今、月地さんと話せたとしても目すら合わせられないだろう。

 僕の心はもう完全に諦めていた。

 だがそんなテンションが右肩下がりな僕とは対照的に、教室内の活気はどんどん盛り上がっている。

 いざ会場に行くぞ!という空気になり、みんなで円陣を組むことに。どうやらドッヂボール組は陽の人間が思ったよりも多かったようだ。

 円陣を組んだらみんなの顔が見える。つまり、月地さんもいる。

 顔が見える。目は合わない

 誰かの掛け声でみんなが一体となる。多分、蚊帳の外に居るのは僕だけ。

 声は出したと思うが何と言ったのかはわからない。

 そのままみんなで会場である体育館に向かい、もう心の中で叫び散らかしている僕はなんとその感情をボールにぶつけることに成功し、多少なり貢献してしまった。

 そして、ドッジボールはなんと優勝を収めた。みんなかなり盛り上がっていた。流石に優勝は僕自身も嬉しい気持ちがあり、最後の方こそみんなとわいわいできた。その頃には多少、月地さんの顔もハッキリと見れた。

 こうして競技大会と僕の初恋は終わった。終わった。

 家に帰ってから付け忘れたミサンガの存在に気付いた。付けてないことは見たらわかるのでお礼のメッセージを送るわけにもいかず、なんとなく今日持っていけなかった本と一緒にいつもの河川敷へ持ってきた。

 いつもの河川敷のいつもの階段のいつもの段のいつもの場所。そこへ座って物思いに耽る。

 今日は満月か。月でさえあんなに輝いているのに、やはり僕は日陰者だ。

 結局僕はなんの行動も起こせずにゴールテープだけを途中で切った。多分僕の様な人間は皆このように生きて気づいたら大人になっているのだろうなと思う。誰にも認知されないところで勝手に敗北し、なんだか少し成長している。そんな感じ。

 カバンからもらったミサンガと例の栞を出す。栞を満月に透かす。相変わらず綺麗で美しい。なぜだかとても引き込まれ、なんだか安心する。

 次になんとなくミサンガを月にかざす。当然透明度なんてないのでただの影になる。手作りのミサンガ、なんだか本当に申し訳ないことをしたなと改めて思った。自分のことでいっぱいで少し周りが見えていなかったようだ。

 初恋をし、なんだかんだで友達と呼べそうな人たちに囲まれ、楽しく過ごし、失恋し、今までを振り返る。やっぱりここ最近は他人の人生を歩いているような出来事と感情ばかりだ。心の中はぐっちゃぐちゃ。決してすべてが悪い気はしないないけれど、目まぐるしい近況、そしてどっちともつかない自分が嫌になる。

 この気持ちをどこかに吐き出してしまいたいと思った。

僕のうちにくすぶらせ続けていたらそのうちどうなるか分かったものではない。

 いっそなにか創作してみようか?そう思った。

 この感情をなにか形にしたい。絵でも音楽でも物語でも。

 将来のことは考えていなかったわけではなかった。しかし、具体的にやりたいことは特になかったので、普通にどこかの企業で働いて、なんとなく生きているのだろうと思っていた。

 ただ、内なる思いが強すぎる僕はきっといつまでもこうやって一人で抱え込んで爆発寸前で笑顔を作るのだと思う。

 それならなにかはけ口を作りたい。

 それで解決するのかはわからないが、言葉に出来ない感情を、なにか表現、言語化したかった。

 それならいっそ小説でも書いてみようか?絵や音楽は当然無理だ。なら文章だろう。

 となれば小説家か。

確かに読書は好きだが、あんな緻密で感情揺さぶられる文章を僕が書けるのか?とは思う。しかし、今持っているこの感情、初恋と破壊、これを言葉にしてぶつけたら案外行けるんじゃないかとも思う。それにきっと完結させれば気持ちの供養にもなる気がする。

 やってみるか?

 具体的に将来を決めないといけないのは来年か大学生の間か。僕にはまだ時間がある。

 まあ、僕には人より時間がある。

 やってみるか。


その後も相変わらずな日々を過ごした。教室で前より多くみんなとおしゃべりをし、たまに学食なんかに行って。月地さんのことは結局気になっているものの、前ほど心は支配されていないように思う。心が半ば諦めてくれたおかげだろう。色々考えて今は心の中で全力応援!といった感じになっている。こういうのを「推し」というのだろうか?

 そんな目の回りそうな心身と共に過ごしていたら、次は期末試験が迫っていた。

 僕らは修学旅行の八人組で土曜の教室に居た。僕らの学校は先生たちの善意で土日も学校が開いている。そのため自習室として利用する生徒もちらほらいるという話は聞いていた。制服を着なければならないので多くはないみたいだが。

 初めは江藤くんが「俺んちリビング広いから来いよ!」と言っていたが、絶対遊ぶということで即棄却。月本さんが教室での自習を提案し、吉良くんが「制服着るとなんかやる気出るよな」と後援したことで今日という日が決まった。僕としてもたまにこのようにして違う空気で勉強をするのは気分転換にもなって良いということがこの前の定期試験で判明していたので乗らせてもらった。

 午前中にいつもの教室へ集合。お昼に近くのコンビニやスーパーで総菜や弁当を買って教室で昼食。午後も順調に勉強に励んだ。

 途中、担任含む何人かの先生が様子を見に来たりして、質問などをした。

 僕の隣には月本さんも座っていたので質問されつつしつつ、さらにみんな自分の得意分野を教えたり教えられたりとなかなか充実した一日だった。

 何度か黒板を使って授業風のこともしたので帰りに黒板を綺麗にして教室を後にする。

 明日は男子組でお昼からおやつの時間まで以前勉強したファミレスで勉強会をすることになった。


 次の日、以前よりスムーズに勉強開始。流石に期末試験はみんな焦り具合が一味違うのだろう。かく言う僕も同じで、今回は期末試験なので実技科目も試験があるのでなかなかにヤバい。さらに理系なのに数学はもはや支離滅裂だ。僕は「今回の数学は神!」と言っている江藤くんに数学を教わりつつ、岸上くんに地理を教えるなどして時間が過ぎた。

 そしてだんだんみんなの集中が切れてきたころ、吉良くんの「甘いもん食って解散すっかー」という一言にみんな同意し、各々が注文をした。

 僕は控えめなあんみつを頼み、岸上くんも抹茶わらび餅を頼んだのだが、吉良くんと江藤くんの目の前にはドデカいパッフェが置かれた。

 「え、二人とも、これ今から食べるの…?」

僕が聞くと「別腹だよ!」「同意異議なし!」と二人が言う。

そしてがつがつと食べ始めた。

 恍惚な表情を浮かべる目の前の二人に、岸上くんと顔を見合わせ「二人とも凄い元気だね、」と言うと「まあ、この二人だから。」と言い合った。初めて心が通じた気がする。

 そしてなんとあっという間に「運ばれてきただけで他の客に見られるパッフェ」を完食。僕と岸上くんは当然先に食べ終わって二人の様子を見ていたのだが、凄いなこの二人。

 「動けん…!」「無念…!」と言っている二人を少し待ち、僕らは店を後にした。

 帰り道、僕と吉良くんは帰る方向が同じなので他の二人と別れる。

 他愛のない普通の会話をしていると、吉良くんが聞いてきた。

 「そういえば薫さ、」

 「ん?なに?」

 「競技大会の時冬乃がくれたミサンガ付けてなかったっしょ?」

 なんと吉良くんには気づかれていたようだ。恐るべし観察眼。

 「あ、そうなんだよ、風上さんから受け取った後バッグにしまってそのままだったんだよね、」

 「あー、そういうことか。冬乃も気づいてて、ちょっとショック受けてたぞ、」と笑いながら言われた。

 なんと月本さんにも気づかれていたのか。まあ、作った本人なら見るか。なにも言わなかったことが尚悔やまれた。

 「そっか、月本さんには悪いことしちゃったな…。今度お詫びしとくよ。」

 「おう、大げさかもだけどな、」また笑顔で言われる。

 他の人にとってはたかがミサンガを付けなかったぐらいとか思われるかもしれないが、なんだかとても重く感じてしまった。罪悪感、というか。よくわからないが。

 その後は他愛のない話が続き、それぞれの帰路に就いた。

 話の流れで判明したが、吉良くんと月本さんは小学生の時からの知り合いらしい。それであんなに仲がいいというわけだ。

 明後日から四日間の期末試験が始まる。頑張ろう。

期末試験一日目。絶望的だった数学と、そこそこな古文、家庭科を乗り越え、お昼休み。

 今日の僕のミッションは期末試験だけではなかった。

 この前吉良くんにミサンガの件を言われて少し考え、月本さんにはお詫びとしてお昼ご飯を奢るということに決めていた。もちろんメッセージアプリで事前に奢ることと理由は言ってある。「全然気にしてないからほんと大丈夫だよ!」と言ってくれていたが、なんとか奢らせてもらうことに。

 お昼の時間すぐに月本さんの席に向かった。椅子に座っている月本さんとその横に立つ風上さんを確認。すると向こうも気づき、月本さんが軽く手をあげて挨拶してくる。

 「あ、小日向くん!本当に良いの?」

 「もちろん、月本さんがせっかく作ってくれたのに、ごめん。」

 「本当に大げさだよ、でもありがたく奢ってもらうね、」

 「小日向君って、律儀だね。」と隣の風上さんに言われる。

 「いや、まあ、一応ね…。」とよくわからない返事をし、月本さんに「なにがいい?」と尋ねた。

 「うーん、じゃあ、購買のパンがいいかなー」

 「わかった、何がいい?買ってくるよ?」

 「うーん、じゃあね、」

 僕は返事を待った。

 「なにがいいか決められないから一緒に階に行かない…?」と言ってきた。

 別にそれくらい大したことではないので「もちろん!じゃあ行こうか!風上さんも行こうよ」と言うと、「私はお弁当あるからパス。二人で行ってきな。」と言われてしまった。  

なので、二人で購買に行くことに。

行く途中に再び「ほんと大したことじゃないのに、」と言われ、ついでに「小日向くんっていい人だよね」なんていうありがたい言葉を貰った。

購買に着くと案の定たくさんの生徒が列を作っていた。僕らもその列に並び、順番が来るのを待つ。並んでいる間、とぎれとぎれの会話をちらほらと。どうやら月本さんもあまりコミュニケーションが得意ではない方の人間?なのかもしれない?と少し思った。月本さんは教室では快活な印象だ。図書委員で話すことは少しあるものの、図書室なので、基本的に少し小声で話す。もしかしたら内弁慶ってやつで、僕にはまだ心を開いてくれていないのかもしれない…。

僕らの順番が来てパンの入った大きな入れ物を覗く。まだ案外パンは残っていた。きっと期末試験に合わせていつもより多く仕入れているのだろう。

それぞれがパンを選び、僕がまとめて支払う。それぞれの袋に入れてもらったので、月本さんの選んだパンが入っている方を渡すと、「ありがとう、嬉しい」と言われた。

そして二人でこれといった会話もせずに教室へ戻った。

教室へ入ると修学旅行班のメンバーが集まってお昼ご飯を食べていたので、僕らもそこへ合流して昼食をとることに。

そんなこんなで僕らは期末試験を乗り越えた。

いつの間にか僕は皆がいることを日常と思うようになっていた。

期末試験が終わればもうみんな浮れ気分。月の上でスキップしているような足取りだ。

もはやテンションは夏休みだ。今までの僕に見せてやりたいが、今年の僕の夏休みは充実しそうな予感がしている。なぜなら、今まさにみんなで夏休みの計画を立てていて、みんなで県内の水族館に行こうかという話をしているところだからだ。確かに県内に有名な水族館があるのは知っている。小さい時に家族で行ったことがある。だがそれ以来は無いので正直言ってかなり楽しみだ。

さらに、期末試験が終わって緊張が解けた学校では文化祭の話し合いが、僕らの学年では修学旅行の話も本格的に始まり、学校全体が楽し気な空気に変わるのを感じていた。

文化祭は九月の第一土曜と日曜、修学旅行は十月の第二週に行われるので、文化祭は準備が夏休み中に行われるし、修学旅行に関しては夏休み中に調べ学習が出されるそうだ。

そんな感じで僕は新しい日常の中を過ごしていた。本当に過去の自分が見たらどんな風なリアクションをするだろうか。

こうして高校生活二回目の夏休みを迎えた。僕らの学校は夏休み中も「夏期補習」という名の強制授業が何日か存在する。午前中で終わるのでまだいいが、おかげで夏休みにも学校に登校しなくてはならない。でも、僕らは何歳になっても「夏休み」という単語に浮れる。

午前中の補習を終え、みんなで昼食をとるとそのあとはみんな部活へ向かう。僕らの班で部活に所属していないのは僕だけなので、みんなを見送ると僕はいつも教室か図書室で少し勉強をしてから家に帰る。受験に向けて塾へ通うことも家族会議で考えられたが、二年生が終わるタイミングで申し込もうということになっていた。

そんなこんなで夏期補習前期が終わった翌日。僕はいつも通り通学するための時間に起きてしまった。昨日の夜は「明日から補習がないから今日はたくさん寝るぞー!」と思っていたものの、習慣はそう簡単に覆らないようだ。

特段早起きしてやることのない僕は、いつもよりすこーしグダグダと朝食を摂り、部屋で読書をしていた。読みかけの本を開き、挟んであった月の栞を机に置いて読み進める。そして気づけば一時間。そこで一旦一息。栞を挟んで物思いに耽ると、ふと「学校行こうかな。」となった。理由はよくわからない。

僕は、このまま家に居続けてもやることがないので、学校へ行って本を読んだり夏休みの宿題を片付けたりしようと思い立ったわけだ。

 家で昼食を食べたら学校へと向かった。親には「学校で勉強してくる」と言った。

 いつもの教室へ着くと今日は当然だが誰も居ない。エアコンの使用許可は職員室に行けば取れると思うが、一人だしなんとなくやめておく。でも暑すぎることに変わりはないので窓を開けて扇風機を回す。すると、誰が置いたのかわからない風鈴が音を立て始める。いいね。

普段は様々な会話で活気づいている教室が今日は無音。聞こえるのは風鈴の音と遠くの部活動の喧噪だけ。不思議な空間だ。なんだかその不思議さだけでこの暑さも「良い感じ」に感じられるようだった。

 読書がひと段落するとまた遠くの喧噪が耳に入ってくる。校庭の方から聴こえてくる音の中にはサッカー部の吉良くんの声や野球部の江藤くんの声、テニス部の月本さんの声があるのだろう。体育館側からの音の中にはバスケ部の鳥形さんの声がきっとあるし、北棟からの楽器の音には吹奏楽部の花野さんの演奏や軽音部の岸上くんの演奏の音があるはず。風上さんは茶道部と言っていたのでまあ、なにも聴こえないだろう。みんながそれぞれで頑張っている。

僕もやはりなにかに打ち込みたいな、と部活動に入らなかったことを少しばかり後悔するとともに、やはり小説を書いてみようかな?と言う気持ちになった。

 流石に暑すぎるので自動販売機で飲み物を買うことに。この学校には全部で何台かわからないがそこそこ自動販売機が設置されている。教室から一番近いところに向かい何が良いかなと考える。そして暑さと気分でオレンジジュースを購入した。

 甘酸っぱくてとても良い。今の僕が一番欲していたのもだ。

 また教室に向かうため廊下を歩いているとふと思った。

僕、月地さんの部活動すら知らないや。

今でも確かに好きだ。だけどちゃんと諦めている。でも、好きな人と話したこともなければ部活動すら知らないなんて、我ながら呆れる。

思わず「フフッ」と声が出てしまった。

すると、後ろから。

「え、こわ。」

と言われた。

「!!?」

驚きつつ振り返ると風上さんが居た。

「あ、え、あ、風上さん、どうしたの?こんなところで?」

「いや、こっちのセリフだよ、私は部活終わって昨日教室に忘れたもの取りに来ただけだけど、そっちこそなにしてんの?」

「いや、暇だったから教室で本読んでた」

「わざわざ学校で?」

「うん」

「こんなクソ暑いのに??」

「うん?」

「バカなの?」

「バカって、でもまあそうなるかも…」

その後は二人で適当な会話をしながら教室へ向かった。

教室へ着いてからも少し雑談をする。

話の流れで「茶道部ってどんなことするの?」と聞くと、風上さんが「待ってました!」といった感じで色々と話し始めた。風上さんは人に教えるのが上手いし話も面白い。そのため、少し食いつくと、黒板を使っての説明が始まる。この人、普段はクールっぽいけど、自分の好きな話になると子供みたいになるな、と思った。

そんなこんなで話を聞いていると、月本さんが教室にやって来た。

「静ちゃん、来たよー」と言って教室に入ってくる月本さん。すると「お、来たね!今小日向に茶道の話してんだ、冬乃も聞いてきなよ」と風上さんが言った。

「え、教室に呼んだのってこのためー?てか、薫くん、なんでいるの?」と聞かれた。

「暇だったから」と応えておいた。間違いではない。

その後は月本さんが僕の隣に座り、二人で「和菓子の種類」の話を聞いていた。

一通り話し終えると月本さんが「やっぱ静ちゃんの説明ってわかりやすねー、さすが未来の先生!」と言った。どうやら本当に教員を目指しているようだ。

一連の話が終わりまた普通の話へ。二人は午前中が部活で午後に少し自主練をしていたそうだった。そして、このあとは皆予定がないということだったので、みんなの部活を見に行こう!ということに。

「風鈴の音、綺麗だなあ」と月本さんが言ったことで窓が開いていたことを思い出し、みんなで施錠してから教室を後にする。

吹奏楽部緒軽音部は演奏の邪魔は出来ないので、外からでも見ることのできる他の部活のみんなのところへ行くことになった。

まずはグラウンドと野球場で吉良くんと江藤くんを遠目に見た。サッカー部はちょうど試合形式の練習中のようだった。吉良くんはキーパーなのですぐに見つかり、活躍をこの目に収めた。そして、江藤くんを探しに野球場へ行ったが、みんな同じ格好で遠目にはどれが誰だか分らなかった。しかし、ちょうどこっちの方に飛んできたボールを拾いに来たのが江藤くんで、「お!お前ら!なにしてんの!」元気に言って来た。すると月本さんが「活躍を見に来たんだよ、ボール拾いくん!」となかなかに直球なことを言った。すかさず江藤くんが「ちゃんとレギュラーになってやるからな!じゃあまたな!」と言って戻って行った。みんなの部活動の姿を見るのはなんだかおもしろい。普段とは違う一面を見ている感じで、頑張ってる姿をとても応援したくなる。

続いて鳥形さんが居る体育館へ。体育館は二階のギャラリーで部活を見れるようになっているようなのでそこへ。応援する生徒や保護者がたまにいると月本さんが言っていた。体育館の入り口を入り横にある階段を上がるとトレーニング道具が置いてあるちょっとしたスペースとその脇から続く細いギャラリーがある。バスケ部が体育館の手前側、その向こうではバレー部が活動していた。

ギャラリーから下を見て鳥形さんを探す。するとすぐに風上さんが見つけてそちらを見る。すると、なんと月地さんが居た。しかも鳥形さんとなにか話しているようだった。月本さんが「あ、夕乃居たね!」と言ってくるがそんなの耳に入ってこない。月地さんはバスケ部だったのか。普段はどちらかと言えば静かめな人だと思っていたが、意外と活発な人なのかもしれない。ギャップってやつ?に再び僕は打ちのめされた。

少しの間月地さんを見ていると、なんと!月地さんと目が合った上にこちらを指さしてきた。

え!?絶対今目あったし、僕のことなんか指さしてる?え、もうそれだけで嬉しいんだけど?みたいに思っていたら月地さんは隣の鳥形さんの肩を叩いた。どうやら僕らの存在を隣の友人に知らせただけのようだ。

鳥形さんがこちらに向かって笑顔で手を振ってくる。隣の月本さんと風上さんも大きく手を振り返す。僕はそれどころじゃなくて控えめに手を振るのがやっとだった。

僕は部活姿の月地さんを見て嬉しい想いと応援する想いが浮かんだものの、この距離感がえらく遠く感じた。


 そして、今日、僕らのグループでもう一つの変化が起きた。なんと岸上くんと花野さんが付き合うことになったようなのだ。

もしかしたら、今日二人のところへ行かなかったのは意図的なのかもしれない。わからないが。二人は修学旅行班をきっかけに共通の音楽趣味から仲良くなって付き合うに至ったようだ。

もちろん僕らは祝福し、僕もとてもお似合いの二人だなと思うと同時に寂しい気持ちにもなった。

 今日はまた河川敷にでも行こうかな。

 考えたいことが少しばかり多い。

 まあ月地さんに関してはちょっと嬉しかっただけだ。でも、それ以上に「身近な人に彼女が出来た、というか身近な人同士が付き合った。」ということがデカい。僕はこれから二人の仲睦まじい様を見ることになるだろう。するときっとまた心の変化、つまり月地さんと付き合いたいという思いが出てくる恐れがある。

 僕は一体どうしたいのだろう?

 いろんな人との関わりが増えた。とても嬉しいことだ。でも、同時に考えることも増えた。そして、心境の変化も激しい。色々な意味で心が持たない。僕は元来一人がお似合いなのだろうし、これからもきっとそうなる予感がしている。今仲が良いのはあくまでも修学旅行の班だ。修学旅行が終わればどうなるかわからない。

 もしかしたらこのまま僕らは交友を続けられかもしれない。でも、僕がそういう友達とかに向かない人間だとか、面白くない人間だとバレるのが怖い。

 せめて今のままでいたいと栞を透かせて願う。

すっかりこの栞はお守りになっていた。

それから数日後、お盆休み直前の日。僕は曇り空の中再び学校で本を読んでいた。今日読んでいるのは夏目漱石の「こころ」だ。二学期の授業で扱われるということでこの前祖父の家から借りてきてたまに読んでいたが、お盆に祖父の家にお邪魔するのでそれまでに読み終わろうという魂胆で今日はこれを持ってきた。なんでわざわざ学校で?と思われるかもしれないが、それにはちゃんと理由がある。この前みんなの部活を見学し、岸上君と花野さんが付き合った日、僕らのメッセージアプリのグループは大層盛り上がり、お盆前にもう一度学校で集ろうとなったのだ。特別決まった目的は無いのだが、ただみんなと会いたい、話したいという気持ちがこのような結果となったわけだ。

午前中のわりと早い時間から教室を陣取ってこころを読み耽った。おかげでなんとかお昼前に読み終わることが出来た。率直な感想「よくわからない」が一番に来る。これが二学期の授業でどのように変わるのかが楽しみだ。とはいっても読み取れた部分も幾分かはあるわけで。一番心に残っているのは「恋は罪悪」というフレーズだ。ここ最近、自分を含めて恋愛に関する事象が増えているように思える。それで引っかかったのかもしれない。

僕が昼食を摂りながら感想戦に浸っていると吉良くんと江藤くんがやってきた。そして僕らは今日の部活のことや読んだ本のことを話していた。するとそこへ風上さんと月本さん、その後に鳥形さんがやってきた。

最後には岸上くん花野さんカップルがやってきて一通りの盛り上がり。僕らは会話を楽しんだ。

そして、今日の話で予定を合わせた結果夏休み最後方になった水族館と、お盆明けに行われる市内の夏祭りにみんなで行くことになった。

その後はメッセージアプリ内でのやり取りが多かった。

唯一変わったことと言えば、そのメッセージアプリ内で行うことのできるグループでの通話機能を使って男子グループで通話していた時だ。話題はだんだんと「好きな人」についてのことになっていった。当然岸上くんが集中砲火を受けていたが、その話の中で僕の好きな人の話にもなった。僕はなんとか誤魔化したつもりだったが、恋愛上級者とも言えそうな吉良くんと江藤くんには通用しなかったようだ。ふとした瞬間に本当に急に「薫の好きな人ってクラスの人?」と聞かれた。その瞬間はかなり、本当にかなり焦った。なんとか「そんなんなにもないって、」と言ったものの「詳しくはいずれ聞かせてもらうからな!」と言われてこの話は幕を閉じた。多分吉良くんと江藤くんには隠しても無駄なのだろう。

 そんなこんなで迎えたお盆休み。僕はまた久しぶりに母方の祖父母の家へ来ていた。

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!