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月を隠して 第一章「月白」後編


僕はまた久しぶりに母方の祖父母の家へ来ていた。今日は弟も一緒に来ている。祖父の家に来たと言っても僕らに従兄弟とかは居ないので、特別何かして遊ぶということもない。

お昼ごろに到着し、少し話していると出前が届いた。なんと祖父が僕らの到着に合わせて鰻重を頼んでおいてくれていたようだった。

一つ数千円ぐらいしそうでかなり豪華な鰻重。それはそれは美味しかった。

贅沢ご飯を食べ終えみんなで祖父母に感謝を言うと、祖父が「兄さんがウナギ好きだったんだよ、」と言った。亡くなったお兄さんは自分でウナギを捕まえて近所の鰻屋に調理してもらったりしていたようだ。凄いなお兄さん。

そんな感じで昔の話を色々と聞いた。なんだか今とはまるで違う生活にかなり驚かされた。そもそも携帯もないわけだもんな…。僕らの今の生活もいずれはそんな風におもわれる時代が来るのだろうか。

一通りの話が終わると祖父が役所まで届け物をしに行くと言ったので、ついでにみんなでドライブすることになった。

車内でも僕や弟が色々と質問をし、祖父母も両親も昔を懐かしんでいた。特に祖父母はこの町で出会ってずっとここにいるそうで、その間に生まれた母も大学まではこの町に居たそうなので、町のいたるところに思い出がある。先ほど話を聞いたウナギ屋も帰りに寄ることになった。

役所で祖父が用を済ませると少し遠回りのドライブ再開。途中でウナギ屋に寄った。

7代目だというかなり高齢そうな店主にとても美味しかったと伝える。祖父はやはりこの店主と仲がいいらしく、店主の口からもお兄さんの話が出てきた。「昔はここら辺でもウナギがよく取れたからねえ、」としみじみ言っていた。

帰る時に祖父がお土産にと白焼きを買ってくれた。すると店主が一本おまけしてくれた。懐が深すぎる!

再び祖父母の家に戻ってくると自由な時間となった。両親と祖父母が居間でお茶を飲みながらよくわからない話をしているので、僕はその間いつもの部屋を借りて読書をすることにした。

一応祖父に許可を貰いお兄さんの部屋に入る。

ちょうど日差しが入り込んでいてとても明るい。でも夏なのでとても暑い。そしてなんとこの部屋には冷房がない!扇風機は置いてあったが、これでは流石に長居は出来そうにない。

窓を全開にして扇風機を付け、読書開始。今日は持ってきた本の続きを読む。

僕の隣でゲームをすると言っていた弟は早々にこの暑さに耐えかねて下に戻った。

ただ僕はここが好きなのでベッドを借りて本を読み進めた。

だが暑い!一天文単位がこんなにも短いと感じるとは!

あまりにも集中が長く持たない。いったん休憩にと下に麦茶を貰いに行く。

下の部屋は大層涼しかった。僕は修行でもしているのだろうか?

ただなんとなくこの家で本を読むならあの部屋がいいという謎のこだわりが働いてしまう。

戻って来て部屋を見渡す。前にも思ったことだが、ここには以前、病気のお兄さんが居たんだよな…。今日色々と話を聞いて、なんとなくお兄さんの人物像がわかった。運動が好きで生き物が好き。川で生き物を捕まえたりする人。ウナギを捕まえたらウナギ屋に持って行って調理してもらいみんなで食べる。僕と正反対のかなり快活な人というのがわかる。この部屋にある本はお兄さんが外で活発に遊べなくなってから図書館で働いている祖父とお兄さんの父がお兄さんにあげたものらしい。それからは本の面白さに気付いて最後まで読んでいたと聞いた。

僕はその本棚の前に立ってみる。ここで病気のお兄さんも本を選んで手に取り、この部屋で読んでいた。

スーっと本の背表紙を撫でる。

お兄さんは若年性の癌で初めはなんの病気かわからなかったそうだ。ただ体調が日に日に悪くなっていき、だんだん外に出られなくなった。明確に癌だと診断されたときにはもう進行が進みすぎていて、お兄さんの意志で最後まで家で過ごしたらしい。

この前この部屋で見つけてお守りみたいにしている月の栞。これもお兄さんの遺品の一つなのだろう。

そんなことをしみじみと思っていると下の階から声がかかった。

下の階に行くと相変わらず冷房が効いていてそれはそれは過ごしやすい環境であった。そして要件はというと、祖母がおはぎを作ってくれていたのだ。こしあん、つぶあん、きなこ、黒ゴマの四種類。僕は断然きなこ派だ。

みんなでお茶を飲みながらのおやつタイム。

祖父母から学校でのことを聞かれたので答える。今回は嘘偽りのない純度100%の話だ。両親にも少し話したが、全部は話していないので、ここ最近修学旅行班のみんなととても仲がいいことや一緒に勉強したことを伝えた。月地さん関連のことだけは話さなかったが。

そんなこんなで時間は過ぎ、気づけば帰る時間に。泊まってもいいのだが、今日は帰る。特別な理由があるわけではない。

帰る前にもう一度お兄さんの部屋に行った。今日は本を借りたりはしないが、なんとなくお兄さんがまだこの部屋に居るような気がしたので挨拶をしておこうと思ったのだ。我ながら変な思考だが。

声には出さずに心の中で「また来ます」と言い、家族が待つ玄関へ。

こうしてまた家に帰った。

そしてお盆明け。僕らの街は今日から3日間お祭りモードだ。

毎年行われるこの盆祭り。市内が大規模に祭りの装飾で彩られる。僕らの高校も校庭で出店が行われたりするというから凄い。校庭にはステージもあり、岸上君のバンドや花野さんの吹奏楽部の演奏も楽しめる。さらに、校庭の出店の中には僕らの学校の先生たちが出店する「先生焼きそば」なるものも存在するらしい。去年までは中学の時に友達と一回行ったことがあるだけで全然関心がなかったこのイベントだが、今年はみんなと祭りに行けるのがとても楽しみだった。

話し合いの結果、初日はお昼過ぎに校庭ステージで岸上君の演奏があるのでそれに合わせて校庭に集合することに。花野さんの吹奏楽部は明日ステージがあるようだ。

お昼過ぎ、みんなと連絡を取り合いながら集合。みんなの私服を見るのはやはりちょっと新鮮で、それだけでなんだか特別感があった。花野さんは練習があったようで制服だった。

岸上くん以外のメンバーが揃ったところでまずは「先生焼きそば」を探す。すると出店のど真ん中にそれはあった。とても大きく派手な文字で「せんせい焼きそば!」と書かれている。僕らが顔を出すと何人かの知っている先生がいつもと違う格好で出迎えてくれた。

「先生!こんちゃっす!」「うす!」「先生こんにちはー!」

「お!みんな来てくれたのか!」

「いっぱい食べってってくれよな~」

とてもとても暑そうだが僕らが来たら笑顔になる先生達。なんだが嬉しい。

そして僕らは人数分の焼きそばを購入。サービスで少し大盛のようだ。先生たちに別れと激励を告げ、ステージ前の席に向かった。先生たちも大変だなあ!でも楽しそう!

とりあえず席を確保し、プラスで何か欲し物は各々買いに行くことに。僕は吉良くんときゅうりの一本漬けを買い、江藤くんと風上さんはみんなにキンキンに冷えた缶のスポーツドリンクを買ってきてくれた。

しばし談笑しながら食べていると、ステージでの演奏が始まる。初めの数バンドは三年生が主体のようだ。岸上くんから出番がいつかは聞いていたが、せっかくなので初めからみんなで楽しむことに。どのバンドも素人で音楽のことが何もわからないながらにとても上手いと感じたし、そのパフォーマンスに圧巻された。それに、みんなが知っているような、僕でも知っている曲も何曲かあったため、思った以上に楽しめた。

3バンドが終わりいよいよ岸上くんたちの番。会場のボルテージはどんどん上がっている。なんなら司会の放送部もどんどんノリノリになってきている気がする。転換の時に岸上君が現れ、僕らは呼びかけて手を振った。向こうも僕らに気付いて手を振り返してくれた。僕と吉良くんが後ろの席を振り返ると花野さんが嬉しそうに頬を赤らめている。良いね。心の中でグッジョブ。

そして岸上くんの演奏が始まった。演奏する曲は事前に教えてもらっていた。聞く聞かないは任されていたが、僕は全く知らない曲だけ聴いて予習しておいた。それが功を奏してか、岸上君のギターがどれほど上手いのかを実感した。純粋にすごい。

演奏が終わって僕らは特大の拍手を送る。友達の活躍を見るのは楽しいものだな。

片付けも終えた岸上くんが次のバンドの演奏途中に僕らのところへやってきた。そして、その手には既に焼きそばがあった。お腹が空いていたのだろう。

「みんな、聴いてくれてありがとう」

汗がだらだらな岸上くんの顔には少し微笑みが見えた。

「おつかれー!」

僕らが声をかけると花野さんは岸上くんの腕に絡みついた。なんとも微笑ましい光景ではないか!羨ましい!

そんなこんなでお祭りの初日を終えた。

次の日、今日は夕方前に花野さんが吹奏楽部のステージで出演するので、それに合わせて昨日と同じようにみんなで集まった。

今日も先生たちはせっせと焼きそばを作っており、今日は担任の姿もあった。

ひとしきり話し、またまた大盛の焼きそばを購入すると、吹奏楽部の演奏まで他の団体のパフォーマンスを楽しんだ。

そしていよいよ吹奏楽部の出番。

花野さんはフルートパートで良く見える位置にいた。演奏曲も有名なクラシック、コンクールで演奏する曲、有名なポップス曲の吹奏楽アレンジなど多岐にわたっていてとても楽しめた。

 そして、盆祭り最終日。今日は夕方に学校の校門で集合し近くの河川で行われる花火を見に行くことになっている。

 私服姿の男子組がみんな到着して女子組を待っている。

 僕は今日あの日付け忘れた太陽のような色のミサンガを付けてきた。なんとなく、贖罪の意味も込めてそうした。なので月本さんに改めてお礼を言おうと思っていたのだ。

 だが、女子組が来ない。

集合時間はもう過ぎていた。少しぐらい遅れるのは全然かまわないのだが、このメンバーはみんなそのようなことをしない、むしろ全員集合時間前に集まっちゃうくらいの人たちなので、みんな女子組を心配した。

 「誰かに電話してみる?」耐えかねてか吉良くんが言う。

「俺たちもしかして場所間違えた?」江藤くんも心配そうだ。

「いやそれはない。」しかし岸上くんは冷静。僕らのトークグループの集合場所を話し合ったところを示した。その間に電話をかけていた吉良くんが「ダメだ、あの冬乃が電話に出ない…」と言い、僕らは途方に暮れた。

 すると、すぐその後、遠くの方から声がかかった。

 「お待たせ!」声でわかるが月本さんだ。

 僕らがそちらへ振り向くと。

浴衣姿の女子組がいた。

多分だが、遅れたのはあえてなのだろうなと思う。

 吉良くんと江藤くんが口々に「どうしたんだよそれ!」「めっちゃかわいい!」などと褒めまくっていた。

 僕はさすがに何も言えなかったが、普通にみんないつもよりもかわいいなとは思った。決して口には出さないけど!

 ひとしきり感想タイムや岸上花野カップルイチャイチャタイムが終わると僕らは河川敷へ移動する。ちなみにこの河川敷はいつも宇宙に向き合う河川敷ではない。いつも行く方はこれから行く河川の支流にあたる。

 河川敷が近づくにつれ、どんどん人が増えていく。流石、市を挙げての一大イベントのフィナーレなことだけある。話では市外や県外からも訪れる人が居るそうだ。

 なので河川敷の場所取りも争奪戦。早い人だと昨日からずっといるらしい…。

 そんな中僕らはというと、なんと吉良くんのお父さんが場所取りをしてくれたのだ!

僕らが到着するとかなり大きめのブルーシートのど真ん中でビールを飲んでいる吉良くんのお父さんを発見した。

「父さん、お待たせ!」

「お!君たちか!賑やか衆は!」

とアンタレスのように赤くなっている吉良くん父からかなり元気に言われた。

僕の身内にはお酒をがばがばと飲む人が居ないので少しばかり気圧される。

吉良くんのお父さんからビールを勧められたが丁重にお断りし、それを吉良くんが「父さん!未成年!」と注意し、お父さんを退場させた。僕らのお礼に対する返事はビールを上に掲げるという行動だった。

そしてブルーシートに座る。場所は適当に。岸上くんと花野さんは当然くっ付いている。まるで連星だ。

僕の隣には江藤くんと月本さんが座る形になった。

少しして吉良くんが戻って来た。どうやら吉良くんの家族は近くで別の場所を確保してあるそうだ。

そうこうしているとだんだんと日も傾き始めた。今日は満月のようで東の空からは月も昇り始めている。

夕飯もまだなので完全に日が沈む前に男子組でご飯を調達することに。

さらに、男子組で話した結果、ご飯は僕らの奢りということになった。

適量という名の適当に大量の屋台飯を買っていき、さらには奢りだというと女子組から大層喜ばれた。初めはみんなお金を出すと言っていたが、江藤くんが「浴衣代!」と言ってねじ伏せた。

こうしてみんなの目の前に食べきれないだろこれというレベルの屋台飯が並ぶ。やはり屋台飯というのはそれだけでテンションが上がる。少し値ははるものの、御愛嬌ということで!

そして談笑しながら食べていると、いよいよ花火が始まった。

初めは市長やら偉い人々のよくわからない話しが続き、一発目が点火された。

ひゅーーーー…どおん!

と一発目の大きな赤い花火が打ちあがる。花火を生で見るのは久しぶりなので、少々興奮する。やはり日本人。これには心が躍ってしまうのだろう。

その後も僕らは花火を楽しんだ。

今日は雲一つない快晴で、夏の夜空には大三角形も見える。

色とりどりの花火はどこまでも続く夜空に色と光をもたらし、僕らのことを照らす。

なんとも美しい光景だ。

花火は団体ごとに打ち上げられるので、合間に一度トイレに立った。すると隣の月本さんも行くと言って二人で仮設トイレがあるところへ向かった。

「花火ってやっぱきれいだよね、」

「うん、久しぶりに見るとやっぱ良いね、屋台飯も満足だし」

「ね!私、イカ焼き大好きなんだよね~」

「僕はじゃがバタかなー、」

「じゃがバタもいいよね、冬っぽいのになんか祭りにも合うの不思議」

「確かに!言われてみれば」

そんな話をしていると仮設トイレへ着いた。流石にみんなタイミングは見計らうようでかなり混んでいた。男女別の列なのでまた仮設トイレ前の駐車場で待ち合わせすることに。

僕がトイレを済ませていると、少し後に月本さんもやって来た。

「ごめんね、お待たせ、」

「ん、全然大丈夫だよ、戻るか」

「うん…」

流石にもう次の花火が始まっており、多少見えるものの音だけが良く聞こえた。

また二人でみんなのいるところへ戻る。

しかし、その途中、僕らは、いや僕は一番会いたくて一番会いたくない人と遭遇した。

そう、月地さんだ。

僕らが歩く目の前を浴衣姿の月地さんが横切った。そしてその隣には甚兵衛を来た男の人が居た。

「あ、雅兎ちゃんだ!」

僕が一瞬のうちに打ちのめされると、その視線に気づいたのだろう月本さんがそう言った。

「冬乃ちゃんに小日向くん!こんばんは!」

そしてその言葉によってこちらに気付いた月地さんとその彼氏さんがこちらに近づいてきた。

僕は小さく「こ、こんばんは…」と返した。これが僕が月地さんとした初めてのやり取りだ。

そして驚くことに月地さんは僕のことを認識していたようだ。とてもありがたい。まあそれが余計に僕を惨めに、悲しい気持ちにさせるわけだが。

さらに月本さんと月地さんは交流があったようだ。下の名前で呼び合うほどの関係らしい。二人が話しているのを聞いていると、彼氏さんが僕に話しかけきた。

「小日向君、だよね?よろしくね。俺、隣のクラスなんだけど、わかる?」そういって手を差し出してきた。なにがよろしくなのだろうかと思ったが、そう思うと同時に反射的に僕も手を差し出していた。

「よ、よろしく…申し訳ないけど、存じ上げない…」と控えめに言うと

「ごめごめん、でもみんなのことは雅兎から聞いているよ、クラスの中心的人なんでしょ?」

どういうことなのだろう?僕がよくわからない顔をしていると

 「いや、雅兎がクラスにめっちゃ仲がいい男女のグループの人たちがいて羨ましいって言ってたんだよ!」

 ほお。

 僕は知らず知らずのうちにそのような位置づけになっていたのか。

「いや、でもなんというかたまたま班が一緒なだけで…」

 「巡り合わせでしょ!俺もなんだか羨ましいよ」

 羨ましい?僕からしたら気味の方が何倍も…。

 隣の芝は青い的なことだろうか。僕には月地さんの輝きの方が何倍も明るいというのに。

 その後もなんだかんだ少しやり取りがあり、僕らは皆がいるところへ戻った。

 戻る途中も月本さんとなにか話した気がするが、何も覚えてはいなかった。

 みんなのところに戻ると「お、ようやく戻って来た!」などと言われ、月本さんが「あ、雅兎ちゃんが彼氏くんと花火デートしてたんだよ!」と言うとみんな各々の反応をした。そしてここでわかったことなのだが、江藤くんは月地さんと小学生の時からの知り合いらしい。もっと早く知りたかった!したところでなにも出来ないだろうけど!

 とっくに心では諦めていたはずなのに、なぜかたまにふと、周期的に近づいている気がしてしまう。勘違いなのだろうが。空しい。

 その後はみんなと笑いながら、時には静かに花火を楽しんだ。

 最後の一発が終わるとき、多分僕の心の中でも何かが終わった。きっとこれは今迄のそれよりも明確なものだ。

 帰り道、みんなで感想を述べ合い、笑い合い、帰路に就いた。

 今は変わらず何も起きずこのままでいいのかもしれない。

 夜空に輝く月も金星も一等星も欲しいなんて贅沢だよね。みんなとの時間を大切にしよう。

 僕は太陽のようなミサンガをそっと撫でた。

 お盆休みが終わり祭りも終わると僕らの高校では再び夏期補習が始まる。今度は「後期夏期補習」だそうだ。一体夏休みとは。

 前期と同様に午前だけの補習なので午後はみんな部活だ。またいつもの生活が戻ってきた気がした。

 そして、後期夏期補習3日目、この日の午後は学校で中学生向けの説明会が行われるため基本的に部活動が無い。なので、午後はみんなで前に話した水族館に行くことになっていた。

 授業が終わり、部活がないのでみんないつもよりも安堵のため息が大きい気がした。

 僕らは学食でお昼を食べてからみんなで電車に乗って水族館へ向かう。

 もう教室の前方から月地さんの彼氏が入ってくるのも普通になった。


 水族館につくと夏休みということもあってか駅からすでに混んでいた。夏休み、どこに行っても人混みだなあ。

 この水族館は県内でも有名な観光スポットになっている。近くの小さい島では有名な生シラスを堪能できる。僕自身も家族と何度か訪れたことがある。高校生になってからは初めてだ。

 長い列に並び、なんとか券売機で券を購入し中へ。

 僕らは特別魚に詳しいわけではないのでただ「キレイな魚」とか「いっぱいいる!」「あ、こいつ知ってる!」「あれ食べたことある」なんていう感想ばかりだ。

 少し進むと目玉なのであろう大水槽が見えた。本当に多種多様な魚が雑多に泳いでいる。

僕は夜空を眺めるのが好きだが、海の下にもそれに負けないくらい美しく広い世界があるのだなと感じる。

一匹一匹大小さまざまな魚が光を反射し輝きながら泳いでいる。きっと自然界では昼は太陽の光、夜は月の光をたっぷりと浴びながら泳いでいるのだろう。

小魚の群れはまるで天の川のようであすらある。

 しばしみんなで見惚れたり、写真を撮ったりした。

 その後は淡水水槽や深海水槽を経てクラゲのコーナーへ。なんとこの水族館はクラゲだけで一区画のコーナーが出来上がっているのだ。

 名前が長くてよくわからないクラゲを見ていると、隣の月本さんが「クラゲになりたい」と言っていた。僕が疑問的な表情を向けると「だって、なにも考えなくて自由で悩んだりしなくて楽そうじゃん?」と言われた。なるほど、同意だ。「確かに。気楽そうかもね」と返した。

 月明かりの中をふわふわ漂うクラゲはきっと美しい。

こうして僕らの、僕の夏は終わった。

新学期。いつも僕らに新鮮さをくれるアレ。かと思いきや一昨日も夏期補習で学校には授業を受けに来ているいるので、「今日は始業式だけだラッキー」くらいの感覚の人がほとんどだろう。僕もだ。

だが、新学期には次のイベントが待っている。

そう。文化祭と修学旅行だ。なかなかに重要。

どちらのイベントも概要自体は一学期に伝えられている。現に僕は修学旅行の班員と仲が良いわけだし。

だが、具体的に動き出すのは二学期から。ますは9月の第二週に行われる文化祭に向けて本格的に準備が始まる。

僕らのクラスは話し合いの結果、メイド喫茶をすることになっていた。文化祭実行委員の人が主体になって夏休みの間もちょくちょく準備を進めたり、より細かい話し合いを夏期補習中の後とかに行ったりとしていたので本当にあとは装飾を作って飲食物を用意すれば完了するくらいになっていたので割と楽だ。

ちなみに女子たちからの提案?によって男子も何人かメイドの恰好をすることになっていた。でもやるのは盛り上げ役の陽の人間が数人なので僕には関係ない。ちなみに吉良くんと江藤くんはメイドの恰好をすることになっている。

日々の授業と合わせて準備は着々と進み、文化祭一週間前からはいよいよ内装を教室内に飾ることが許可されるため、最終的には授業を行う教室がほぼメイド喫茶の店内になっていた。

そして文化祭二日前からは授業も無くなり学校全体で本格的に文化祭の準備が進む。教室も日が沈んでから少し開けていてくれるので、みんな全力で準備に取り掛かる。部活のある人は活動のあとに教室の準備を手伝ってくれた。

こうして迎えた文化祭当日。僕らの高校は県内でも上位の進学校なのでそこそこ注目されている。毎年かなりの人が来場するため、僕らのメイド喫茶でも大量の食材をストックし、客を待ち構えた。どんとこい!

いつも通り制服での登校。僕も苦手だが会計をするので仕事の時はタキシードに身を包む。メイド服よりマシだ。特別な荷物はないが暇を持て余したとき用に本も持っていく。一応月の栞のお守りも入っているしね。

そして、文化祭開始。まずは校門が解放され、正面玄関前でオープニングセレモニーが行われる。僕や月本さん、風上さん、吉良くんは午前中の仕事がないため一緒にこれを見に来た。

吹奏楽部の演奏と共に生徒会長の開会宣言。ちなみに花野さんもフルートで参加している。続いて応援団の演舞、そしてその年ごとのテーマで行われる演劇部の簡単な寸劇が行われ、再び吹奏楽部の演奏と爆発しそうな拍手によって文化祭が幕を開けた。

仕事はないがとりあえず僕らは教室の様子を見に行くことに。生徒専用の玄関は一般客とは別に設けられているので素早く移動できる。校舎内がまだ客であふれる前に僕らはいつもの教室へ。

するとそこにはメイド服を着たクラスメイトが。僕らに気付いた鳥形さんと風上さんがこちらに寄って来て「どう?似合う?」と聞いてくる。吉良くんと月本さんは「めちゃくちゃ良い!」とべた褒めしたが、僕は二人と目を合わせられずに「い、いいよ、凄く」と小さく言うに留まった。

そして吉良くんが江藤くんの所在を聞くと鳥形さんと風上さんが教室の隅を指さした。僕らがそちらに目をやると、うずくまるメイド服とその背中をさするタキシードの人が居た。

僕らが駆け寄るとすごく落ち込んだ様子の江藤くんとタキシードがとても似合う岸上くんだった。

「ど、どうしたの江藤くん!?」僕が思わず聞くと

「あ!?この格好見ろよ‼」と言い、江藤くんが立ち上がった。

そこには明らかに服のサイズがおかしいメイドが居た。

おかしいというのはもちろん小さいという意味で。

江藤くんは野球部ということもありガタイはかなりい良い。なので、そんな人が小さめのメイド服を着ると…。筋骨隆々のパツパツメイドの出来上がり。というわけだ。

この格好には思わず僕らは大爆笑。教室内に居るクラスメイトもひとしきり笑っただろうにまだ堪え切れない様子だ。吹き出す人続出。これは…笑わないわけない。

どうやら江藤くんの友達の衣装班の人がふざけたようだった。

「これじゃお嫁に行けねー‼」やら「変態じゃあねえか‼」という叫びの後、なんとかなだめて本日のマスコットを務めてもらうことに。

「わかった。もうここまできたらやってやる!」

と最終的には意地になっていた。クラスの看板を手に持たせてマッチョポーズを取ってもらい、教室の前に居てもらった。これ先生に止められないよね?

こうして始まった僕らの文化祭。みんなは各々で文化祭を全力で楽しんだ。

僕はと言うとシフトがずっと同じだった月本さんと主に校内をうろうろとしていた。

月本さんは同じ部活の人の教室を巡ったり、途中で中学の頃の同級生と再会したりと忙しそうだった。そんな中僕はその隣にちょこんと居るだけだった。でも、なんだかんだ文化祭をとても楽しめた。

仕事もこなし、空いている皆と校内を巡り、充実した文化祭を送ることが出来た。

途中で両親と弟も遊びに来て、吉良くんやパツパツメイド、それに他のみんなも僕の両親に挨拶していた。なんだか心が満たされた気がした。

そして文化祭のフィナーレ。体育館と校庭での後夜祭が行われた。

最後には屋上から花火が打ち上げられる。

今日は新月のようで月はない。今日もこの前の花火大会のように夏の大三角形が輝く夜空に花火が打ちあがる。この前よりは小規模だが、今日の花火の方が一層輝いて感じられた。

花火もキレイだが、僕はふと横にいるみんなに目をやる。

僕のことを快く受け入れてくれたみんな。吉良くん、江藤くん、岸上くん、風上さん、花野さん、鳥形さん、月本さん。少し離れたところに月地さんも見える。

上手くいくいかないは別として、みんなのおかげで今の僕があるのだなとしみじみ思う。正直とても感謝している。

月は太陽がないと輝けない。僕は小日向なんて名前だけれど、太陽はみんなの方だ。

新月の夜空に打ちあがった最後の花火。

それがそこにあるようで無い浮世離れな僕の気持ちを現実に引き戻す。

文化祭が終わって僕らを待ち受けるもの。そう。修学旅行。と言いたいところだが、その前に二学期中間試験が存在する。これを乗り越えてこそ真に楽しい修学旅行がやってくるというもの!

というわけで僕らは例によって学校での勉強会、自習会を開催し、みんなで乗り越えようと画策した。

一学期のあの日よろしく僕らは学校やファミレスで教え教えられチーム戦で試験に備えた。

そして迎えた試験の日。別に赤点を取っても修学旅行に行けないわけではないが、緊張感はいつもより高い。それに先生が「“みんなで”修学旅行に行きましょうね!」なんて脅しをかけてきた。もちろんどう転んでも全員で行けるけれども。これは気持ちの問題だ。

そして結果だが、全体的に死んでしまったのは江藤くんと月本さんだけのようだった。月本さんは僕に「せっかく数学教えてくれたのにごめんね…」と謝ってきた。

はてさて、こうして僕らの修学旅行はすぐそこまで迫ってきた。

修学旅行は三泊四日の沖縄。なので、宿泊用の荷物は事前に送ることになる。そのためまずは宿泊用の荷物をまとめるのだが…。普段からあまり長期旅行をする機会のない僕は荷物の準備に手間取った。みんなや家族に色々と聞いて何とか準備を終えたのが昨日。

荷造りには旅行用のキャリーケースを父親から借りた。

 そして、前日には宿泊用の荷物以外の資料やら筆記用具やら簡単なものを準備する。もちろん読書用の本も忘れることなく。

 そして前日の夜。久しぶりに河川敷にやってきた。

 まあ、なんてことはないけど、なんとなく。

 今日も月と星に僕の思いを透かす。もちろんお守りの栞と共に。

 いよいよ明日から修学旅行。

 僕が今仲良くしているみんなは元々修学旅行のために班として集められただけのメンバーだ。前は修学旅行が終わってしまえば前の様なただのクラスメイトに戻るのだろうと考えていたが、今ではこのままずっと少なくとも卒業までは仲良くいられる気がしている。僕はそう思うし、そうであってほしいと強く思う。

 月地さんに関しては、今は本当に「推し」のように見ている。今、僕はみんなと一緒に遊んだり勉強したりで忙しい。そして、それで日々が充実している。

 この前も思ったことだが、贅沢はいらない。きっとみんなと過ごす日々が今の僕にとっては至上なのだろう。

 この前母から「なんか最近楽しそうね」なんて言われたが、僕はちゃんと笑顔で「もちろん!」と返せた。これはかなり自分としても変化を感じた。

 今まで僕の心境を一番近くで見守ってくれた目の前の河川と夜空、そして月の栞。

 今日の満月のように僕の心は十分に満たされている。

 もちろん、この満月を隠せば他の星々は綺麗に見える。だが、この栞に架かれている「月を隠して見えなくなる」これはお告げか何かだったのだろう。

僕の夜空にとって最上級の明かりであった月地さん。きっと彼女のことをもっと、前よりももっと考えていたら周りのみんなのことは蔑ろにしていたかもしれない。

周辺減光に近いかもしれない。

今は月もしっかりと見据えて、その上で他の星々に思いを馳せられている。

皆のおかげで僕は輝けている。


 こうしてすがすがしい気持ちで修学旅行の朝を迎えた。

 今日はいつもよりも幾分か早く学校へ行き、みんなでバスに乗って空港まで行く。そしたらレッツ!フライト!である。

 正直、人生初飛行機なので内心は表情以上に舞い上がっている。

 そのことを悟られたのか、バスの中で隣の席の江藤くんに「もしかして飛行機初めて?」と言われた。

「超能力者かよ!」というツッコみもありつつ目的地へ向かう。

 さて、空港について荷物検査を済ませたら、あとは搭乗まで暇な時間。僕らは空港内のちょっとした売店でお菓子を補充。これにていよいよ準備万端だ。

 順番に飛行機に乗り込む。てか、飛行機に乗り込むまでの道、長くない?どこ通って来たのこれ?と思った。

 修学旅行ではほぼ全行程が班単位で行われる。そのため飛行機内でも席はある程度固まっている。僕らは右の窓側から前四人が男子、後ろ四人が女子といった感じで座った。しかもなんと窓側の席だった岸上くんが席を交換してくれた!

「俺、音楽聴いてたいから薫、窓際座る?」と。なんともありがたい。

 こうして僕らは沖縄にたどり着いた。離陸と着陸の衝撃は凄まじく、絶叫マシンかと思った。

 フライト中は窓からの景色を楽しんだり最近聴いている音楽の話をしたりなど盛り上がった。

 もちろん一般の方もいるので控えめに。

 十月の沖縄は思ったほど暑くはなかったが、思ったよりもジメジメしていた。

 僕らはまず宿泊用荷物が届いているホテルに向かい、少し休憩してからホテルの大ホール的なところで沖縄の歴史についての講演を受ける。なので、まずはバスで移動だ。

 宿泊施設に着くとロビーに僕らの荷物がたくさん並んでいた。クラスや名前の書かれた札が付いているので、ざっくりと男女別クラス別にまとめてある。この宿泊施設は僕らの学校の貸し切りらしいのでこんな堂々と置かれているのだろう。

 自分の荷物を探し、決められた部屋に持っていく。このホテルはロビーの位置する中央棟を真ん中にさらに左右に二棟、そして奥にもう一棟となかなか大きい施設だ。そして男子が南棟、女子が北棟と言った感じで別れている。ちなみに北棟と南棟は立地の高さに差があるため、どちらからも綺麗な海が見えるようだ。

 僕たち男子組四人も荷物を持って部屋へ。

 「どんな部屋かな~」と話しながら向かい、いざ、入室。

 するとまず目に入るのは部屋の外側にある大きな窓!近寄ると噂通りに海が一望出来た。

「最高かよ…。」思わず声が漏れる。

僕のこの言葉にみんなも同意し、数舜は荷物を持ったまま景色を眺めていた。

景色が良いのはもちろんだが、内装も凄い!

 人数分のベッドはあるしテレビもある。風呂も広い。至れり尽くせりだ。

 とりあえず僕らはベッドの場所決めを行い、諸々準備を整えて時間まで待機する。

「いやー、さすがにこの長旅の後に授業はキツイわー」

とベッドでうつ伏せている江藤くんが言った。完全に同意だ。せっかく講演に来てくれる人には非常に申し訳ないが、朝早かったし初めての飛行機で僕はもうくたくただ。

「いや、ほんとに辛いよね、」

と僕が同意すると吉良くんと岸上くんも

「逆に起きてる人尊敬するわ。」「もうこのまま寝たい…」と他の二人も共通認識を持っていた。

 とは言いつつも僕らは素直に講演が行われるホールへと向かう。廊下がかなり混むだろうということで少し早めに出発した。

 女子組とも早めに行くことを話し、まだ人の少ないホールで全員集合した。

女子組も風上さん以外は既にかなり眠そうだ。

 しばらくして講演が始まる。

 内容は戦争体験についてで、地元の若者と高齢者、そして戦死者の娘が戦争について語ってくれた。

 僕はとても興味がある内容だったので全部起きて聞いていたが、吉良くんと風上さん以外は寝たり起きたりを繰り返していた。流石の二人だ。

 こうして講演は終わり、僕らはそのまま食堂的なところに移動して夕食の時間を過ごすことになった。

 学年全員が入りきる会場はなかなかの広さだ。そしてここでのご飯はビュッフェ形式で、沖縄の料理から何故か和洋中もある感じでなかなかの豪華さだった。

 席も班ごとで、みんな料理を取りに行き、席に戻る。

 全員を待っていると料理が冷めきってしまうため、料理隙の学年主任の意向で食事を取った人から先に食べて良いことになっていた。ついでn運動部には残飯処理班の命も下していた。

とはいえ日本人だからか、僕らは班のみんなが揃ったところで「いただきます」と言い、食べ始めることになった。

 少しすると学年の全員が一通り食事を取り終わったようで、学年主任が話を始めた。「あ、食べながらで大丈夫ですよー」と言われたので遠慮なくみんなそうする。

 長旅の労いと明日の話、そして修学旅行は「楽しむ」「学ぶ」の二つがあることを言われた。

 夜はもう予定がないため就寝時間までは自由だ。しかも二十一時までは周辺の散策も許可されている。その際には先生への申告と班行動が義務付けられる。あと海へ入ることは禁止されている。

 僕らも特にやることはないので周辺を散歩することにした。但し、吉良くんは班長なので班長ミーティングに参加しなければならず、僕らはそれを待ってぶらぶらすることにした。

 適当にぶらぶらしたら男女で別れて部屋に戻り就寝準備。

長い長い一日がもうすぐ終わる。

 もうみんなお風呂に入って後は寝るだけとなった。パジャマにも着替え、先生の点呼も終わり、みんな布団の中。

ここからはいわゆる「恋バナ」の時間だ。


 結論から言うと、僕は今迄のことを全部話した。みんななら話しても大丈夫だな、と思ったので遠慮なくそうした。

 僕がクラスの月地さんに一目惚れしたこと、競技大会に目撃したこと。夏祭りで初めて話したこと、などなど。

 流れとしては江藤くんが「恋バナターイム!」と宣言してまずは岸上くんが二人の質問責めに合い、僕も馴れ初めとか知りたかったので少し質問したりしていた。

 続いて江藤くんが吉良くんに色々聞いたが、サッカー部の後輩のマネに告白されたけど好きな人いるから断ったという話で終わり。好きな人については江藤くんと岸上くんは知っているようで、「おまえまだあの人好きなのか、一途だな~」と言っていた。僕は知らなかったが、質問する間もなく江藤くんが「さあ、いよいよ!薫の話だ!」と言って僕のターンになってしまったというわけ。

 初めこそ「なんもないってば…」と言ったが、「じゃあ気になってる人とかは?」など別角度から聞かれるので途中で折れて「まあ、みんなには話してもいいかも…恥ずかしいけど」と言って自分のことを吐露したと。

 途中でちょくちょく質問を受けたものの、皆概ね静かに聞いてくれた。

たぶん僕が苦しそうに話してしまったからというのもあるかもしれない。

 話し終えると月地さんの幼馴染である江藤くんが「そっかー、月地かー、確かにずっとモテてるイメージあるもんなー」と言った。

 そして、少しして吉良くんが「それで、薫はまだ月地さんのことが好きなの?」と聞いてきた。

 正直なところ、もう諦めはついていると思っていた。自分でもそう落ちを付けたはずだ。

 でも、今みんなに聞いてもらって、何故だか心が苦しくなった。

 吐き出すため、心を軽く、共有する。そして願わくばアドバイスを貰いたいと思って言っていたはずだ。

 しかしなぜ口から言葉が出ていくたびに苦しくなるのだろう。

 この気持ちは心の奥底に重い想い重力にて封印していたはずだ。

 だのに一度出て来てはとめどが無く、苦しい。

 そのことも正直にみんなに話した。

「まだ好きなんだな」

と吉良くんが呟いた。先ほど一途な恋をしていると判明した吉良くんがその言葉を言うということは、多分吉良くんも状況が似ているのだろう。

 非常に空気がしんみりとしている。振動する空気もないくらい息もつまり、音もない。

 その後も少し話していたが、結論は出ないままいつの間にか江藤くんと岸上くんが寝息を立て始めた。

吉良くんはまだ起きているようで、小声で「薫、まだ起きてる?」と聞いてきたので、「うん。なんか目が冴えたかも」と返した。「だよな。」と聞こえた後また少し無言の時間が。

 「薫。」

 「うん?」

 「薫はやっぱり月地さんのこと好きなんか?」

 「今日でまたわからなくなったかも」 

 「やっぱ難しいな、恋愛って。」

 「本当だよね、こんなに苦しい思いをするなんてね。でも、吉良くんはこういうの慣れてそう。」

 「俺?全然だよ。彼女いたことないし。」

 「え、意外。…なんかごめん。」

 「謝んなよ、余計に惨めだわ、」

 「ごめん。」

 「だから、…薫ってやっぱ良い奴だよな。良かったわ、仲良くなれて。」

 「うん、僕もみんなと仲良くなれて本当に良かった。」

 「もし薫がさ、今月地さんのこと気になってる状態で他の人から告白されたらどうする?」

 「え、いや、考えたこともないな、ありえないし。」

 「わからないよ?」

 「えー、でも本当にわからないな。どうするんだろう。僕。」 

 「そろそろ寝るか。」

 「うん。そうしよ。」

 「じゃあ、最後に一言いうから、それ言ったらその言葉についてはそれ以上言及しないでくれよ?」

 「え?どういうこと?」

 「だから、最後に爆弾投下するけどなにも質問するなってこと。」

 「ま、まあいいけど…。」

 「ありがてえ。じゃあ言うけどよ、」

 「うん。」

 「俺の好きな人いるじゃん?」

 「うん。」

 「その人、薫のこと好きなんだって。」

 「え?え?どういう…」

 「おやすみ!」

 「お、…おやすみ。」

 流石に約束した以上それ以上の言及はしなかったが、気になりすぎてそれ以降寝付くのが相当大変だった。

 吉良くんの方から寝息が聞こえないことから察するに、彼も寝られないのだろう。これはお互いにとって相当大きなことだろうから。

 横を向くとカーテンが閉められた窓が。

 なんとなく少し開けて夜空を見上げる。部屋は真っ暗で、外には街灯もあまりなく同じく暗い。おかげで星がよく見えた。

 沖縄からでも当然いつも見ている星空となんら変わりない光景が目に入る。

 相変わらず星は綺麗だ。彼らは太陽と同じように自ら光り輝いていて、その光を意識せずとも地球にまで届けている。

 僕は月地さんに照らされていた気がする。しかし同時にみんなにも照らされていたのだ。

 果たして僕は彼ら恒星のような輝きを持っているだろうか?

 そんなことを思いつつ、ついでに枕元に置いてある本から月の栞を取って透かす。

 いつ見てもキレイだ。やはりなんだか落ち着く。

 夜空の星もいつの間にか秋の星座になっている。唯一知っているペガスス大四辺形が見え、月は季節に関係なくその姿を変える。今は半月だ。

 修学旅行二日目は寝不足による若干の体調不良で始まった。

 朝食の会場で僕と吉良くんの寝不足を女子から指摘され、お互い数時間しか寝れなかったことがわかり、顔を見合わせて笑った。

 二日目の今日は昨日よりも本格的に戦争について学ぶ一日。戦争に関する資料館や場所をクラス単位で巡ることになっている。

 朝食を終えたら部屋に戻って支度をする。

この部屋は今日明日もお世話になるのでリュックに簡単な荷物だけを積める。

 集合時間になりクラスごとのバスに乗り込む。僕と吉良くんはいきなり寝たらしく、到着したときに月本さんが僕らの寝顔を取った写真を見せてきた。


 そして二日目の夜を迎えた。

 今日一日のことを言うなら、色んな意味で「過酷」だった。思ったよりも暑く、思ったよりも歩いたので寝不足の僕と吉良くんはそれだけで体に応えたし、戦争の話や資料、さらに防空壕体験は一言で言い表せないほど色々なことを考えさせられた。

資料館や戦争跡地の訪問は僕らの寝不足を吹き飛ばすくらい衝撃的であった。

 時代はずっと今も移り変わる。

 しかし、変わらないもの、変えてはいけないものがあるととても考えさせられた。

 今も変わらず、昔もずっと昇り沈んできた太陽や月はなにを思って地球を見てきただろう。

 語り継ぐことで僕らも、そして後世も変えてはいけないものがあることを知った。

 夕飯の時には学年主任の先生が「今日のことは忘れないようにしてください」と言った。これは間違いなく忘れないなと感じた。

 とはいえ食事の時間は楽しい。結局みんなといると楽しいのだろう。少なくとも今日はいつも以上に今に感謝している。

さらに、食事会場の前にあるちょっとしたステージで途中から「エイサー」が始まりみんなで手拍子などをしてそれらをおおいに楽しんだ。学年主任がなぞの獅子舞のような存在に頭を齧られた時にはみんなで笑い、しばし平穏がやってきたように感じた。

 食事が終わると先ほどエイサーを披露してくれた方たちが会場外で僕らを見送っていたので、みんな一緒に写真を撮っていた。僕らも一緒に写真を撮らせてもらった。

 その後はまた昨日と同じようにみんなで周辺の散策を。吉良くんは班長ミーティングのあと僕らと合流せずに「眠すぎるから部屋戻るー」とメッセージを送って来て部屋に行ったようだ。

僕らは昨日の夜以降に噂になっていた「穴場のお土産屋」に行ってみることに。一応国際通りでお土産を買うつもりでいたが、日持ちするものを今のうちに買っておいた。

 部屋に戻り再び就寝時間が訪れる。今日は恋バナではなく、「みんなの趣味ついて語り合う会」が行われることになった。経緯としては岸上くんおすすめのバンドの新曲がリリースされ、みんなで聴いたところから好きな曲紹介が始まったことによる流れだ。

 さらについでに僕は流行りの「写真などを友達と共有できるSNS」を始めることになった。

 僕がそのSNSをやっていないというと「そういえばアカウント交換してなかったな…。」「え、やってみたら?」「班のみんなも写真とかあげてるよ!」と言ったことになり、その場で色々と教えてもらった。写真や動画を「投稿」したり24時間で消える友達にしか見られない写真をあげたりといった機能があるようだ。全く使いこなせる気がしない。

 僕が「でも、写真とかあげるものないよ?」というと「見るだけでも多分楽しいよ!飽きたら放置してればいいし!」と言われた。続くのかな?

 そしてその作成されたアカウントの情報はメッセージアプリの班のグループで共有され、早速女子組からもフォローされる。みんなやってるのか。

 さらに江藤くんから「月地のアカウントも教えようか~?」と煽られたが、丁重にお断りしておいた。

 そんなこんなで二日目が終わった。

 修学旅行三日目。今日は沖縄という地を存分に楽しむ予定だ。

 昨日の夜は昨日の昼の反省から早めに寝た。なので、朝もスッキリ!女子組にも「今日は平気そうね」ともらい、僕と吉良くんは「もち!」と返す。

 今日の予定は午前中と夕方までは各班で決めたレクリエーション。僕らは簡単なクルージング、ソーキ蕎麦を食べて水族館ヘ行く。夕方からは全員国際通りに集合し、そこでバスに乗ってホテルへ戻ってくるという予定。

 出発は各班準備ができ次第なので今日はかなり自由度が高い。

 早めに支度を終えるとさっそくホテル近くの予約したクルージングの場所へ。今日は晴れていてコンディションは最高。きっといい景色が眺められるはずだ。

 到着したら予約名を告げる。

すると適度に肌の焼けたお兄さんが船まで案内してくれて、そのままその人が操縦し、クルージングが始まった。

 沖縄の海はきれいすぎる!みんなで写真を撮ったりわいわいしたりした。かなり楽しい!

 しかし、あっという間にクルージングは終わってしまった。

みんなでお礼を言うと、お兄さんが一人ひとつずつ星の砂が入った小瓶をプレゼントしてくれた。

 さて、そしたら次は水族館まで移動。その途中でソーキ蕎麦に舌鼓を打つ。

 ちなみにソーキ蕎麦の店は少し前にテレビのバラエティ番組で紹介されていたところだそうで、鳥形さんが目をつけていたところだ。

 到着すると件のソーキ蕎麦の店は若者であふれていた。多分ほとんど修学旅行生なのだろう。

お昼時よりも前に行ってしまおうという考えはどこの学生も同じ考えなのだろうな。結局少し並んでちょうどお昼の時間に食べることが出来た。

 その後は少し予定よりは遅いものの水族館に到着し、みんなで楽しんだ。

 途中、月地さんが居る班と会い、みんな「お!お前ら!」みたいな感じで話していた。僕は特に話すことは出来ず、江藤くんに肘で小突かれるだけで終わった。

 そしてなんと信じられないことに僕らの班と月地さんの班で一緒に行動をすることになってしまった。合計十六人。かなりの大所帯で館内を見て回る。

せっかくのチャンス、とはいっても僕は吉良くんや月本さん、風上さんとしか話していない。水槽の青い光に照らされ目を輝かせる月地さんを見れただけで僕はどこへでも飛んでいけそうな気分になった。

 一通り見終わると僕らはここでのお土産を確保し、国際通りへと向かう。


 国際通りはさっきまで見ていた「沖縄」とは様子が全く違い、その名に相応しくなんだか「海外のストリート」を感じさせるような賑やかさだった。月の裏側を見た気分。

 そしてここで夕飯を食べるわけだが、何と僕らの班も月地さんの班もステーキを食べる予定だった。店は違ったけど。

 事前情報で「どうやら国際通りではステーキを食べるものらしい」というのは知っていたが、いざ国際通りに来てみると確かにその手の店が多い気がする。アメリカ文化ということなのだろうか?これもある意味で歴史なのか…。

 とはいえステーキはそりゃ美味しく、かなり満足出来た。

 例のSNSを見ると班のみんな24時間で消えるという機能にステーキの写真を載せていたので、なんとなく僕も真似してみることにした。

 なんとなくで写真を撮り、載せる。

すると…。

「え、小日向写真上手いじゃん」「なんか薫のだけめっちゃ旨そうなんだけど?」

と褒められた。なんだかムズ痒い。

そこで嬉しくなった僕はこれまで修学旅行中に撮った写真をいくつかみんなに見せる。

すると「もっと早く知りたかったー」とか「あとでその写真共有して!」とこれまた褒められ、さらに嬉しくなった。

 その後はみんなで目当てのお土産屋に行ったり、みんなでお揃いのネックレスを作ったりと楽しみ、集合時間にバスに乗り込んだ。

 ホテルに着き、自由時間。今日は散策の時間もないので残りの時間は部屋で過ごす。

 岸上くんは買い忘れたお土産があると言ってロビーのギフトショップへ行った。僕らはその間にお風呂を済ませた。

 もう明日で修学旅行が終わる。

 僕は疲れ果てていたのか、いつのまにか寝ていて、起きたのは午前四時過ぎ。再び寝るのも非常に微妙なので、起きて読書でもしていようとベッド脇の間接照明を控えめに付け、本を開いた。

 少し読んでいると外がだんだんと白んできた。そろそろ日が昇る時間なのだろう。せっかくなので朝焼けを見てみようと窓を開けて東側の空を見る。もちろんみんなが起きないようにカーテンは閉めたまま。僕はカーテンの内側で外を見る体勢。

 だんだんと東側がオレンジ色に染まって来た。少しすると太陽の輝きが顔を覗かせた。生憎水平線が見えるわけではないので南国風の木の間に見えるだけだが、それでもこの景色はかなり綺麗だ。

 思わず何枚か写真を撮る。上手い事ポストカードの様な写真が撮れた。

 ついでにと僕はその写真を例のSNSにあげてみることに。

投稿するときは説明文とかを書けるみたいなので、少し考えて敢えて太陽や日の出のことは書かずに「名残の月」と一言添えて投稿した。

「名残の月」というワードはちょうどさっきまで読んでいた小説に出てきて知った言葉だ。夜明け前に空に残っている月のことで、その小説のなかでは「夜明け」の意味で使われていた。

 その後も少し朝焼けを楽しんだ。

 僕の旅は今日終わる。夜明けが来たのだ。

 修学旅行が終われば高校二年生での行事は特に残されていない。そして三年生になればいよいよ受験勉強が本格化する。三年生に上がるタイミングで塾にも通わせてもらうのできっとこのみんなで遊ぶ回数は減るだろう。みんなは進路とかどうするのだろう?大半の生徒が進学する高校なのでみんな大学進学を見据えているのだろうが、具体的なことはわからない。

 みんなとまた同じクラスだったらいいな。またみんなで勉強会したいな。

 そんなことを考えているとスマホに通知が届いた。その通知は先ほど僕が登校したSNSへの通知で、月本さんが僕の投稿にコメントを書き込んだということだった。

月本さんも起きていたのか。と思いつつSNSの投稿を確認する。僕の投稿には月本さんから「おはよう!」と書かれていた。


 その後、みんなも起きてきて朝食を食べに向かった。

 朝食の席でみんな僕の投稿に気付き、「いいね」をくれた。さらには「やっぱ写真上手いね」とか「起きてたの?」とか言われた。

 僕は「めちゃくちゃ快適な目覚めだったよ!」と言った。

 修学旅行四日目。最終日。

 今日はチェックアウトもあるので宿泊用の荷物もまとめる。忘れ物がないか入念にチェックし、退室。これはまた僕らとは別経由で故郷向に届けられる。

 僕らは今日、クラスごとにいくつかの候補から選んだこれまた戦争や現代の社会問題のことが知れる資料館などに行き、それぞれのクラスで昼食。午後は学年で首里城に行って空港に向かうことになっていた。

 僕らのクラスは現代の基地問題や環境問題について学び、宿泊したところとは別のホテルで昼食を摂って首里城へ向かった。

 まずは首里城をバックにクラス写真を撮り、中を見学。あっという間に終わって気付けば空港に居た。

 飛行機に乗ってしまえば僕らはまた日常に戻る。表は前と変わるところなどないだろう。

 毎日変わらず太陽が昇り、一か月ごとくらいに月は形を変え、星は気づけば変わっている。そんな日々。


 結局僕らはその後特別何も変わらずに高校二年は終わった。

 新学年の新学期、僕は高校三年生になった。

高三ともなればすでにコミュニティーも出来ているため、既に知っている人同士や、話に聞いた人との出会いがあるぐらいだろう。教室内では「また同じクラスだな!」なんて言葉が飛び交っている。僕も新しい教室の中に知っている人たちを見つけて同じような言葉で喜びを分かち合う。

少しして新しい担任が教室に入って来た。と言っても二年生の時から英語を教えてくれていた人なので、みんなが知っている人だった。簡単に先生が自己紹介をし、いよいよ受験学年だぞ!的なことを話し、これから先しばらくの説明をする。

 三年生になっても競技大会や文化祭は行われる。もちろん去年と同様に任意の参加で毎年三年生の参加は二年生の時よりも参加人数は少なくなるそうだ。でも、僕はどちらも参加するだろう。

 僕が二年生の時に仲良くなった修学旅行の班の人たちとはなんと全員また同じクラスになった。高校三年のクラス分けは主に進路先によって分かれる。僕らは志望校こそ違えど全員「国公立理系大学」への進学を考えていたため、同じクラスになれたのだ。

 なんとなく同じクラスになれそうな予感はしていたものの、実際に教室でみんなとまた一緒に高校生活を送れるとなると素直に嬉しい。

 ちなみに月地さんとは別のクラスになった。修学旅行のあとにクラスの人たちに写真の上手さを褒められ、例のSNSで多くのクラスメイトと繋がった。そしてその中には月地さんも居て、時々SNS上で見かけるし、僕がたまに気に入った写真を投稿すると反応もくれる。平和条約を勝手に結んだわけだ。


 僕はみんなが部活の時間を学校での読書とかではなく塾で過ごすようになった。

 塾では勉強のことばかり考えているのでそこまで「親友!」と呼べる人は出来ていないがそっちの方が好都合。

 僕は受験に向けて勉強に専念できた。

 夏休みになるとみんなの部活の引退時期になり、予定が合えばみんなの引退試合や演奏をみんなで応援、見守った。

 そしてなんとみんな部活を引退すると夏休み明けには僕が通う塾にみんな入塾し、結局いつものメンツでつるんでみんなで勉強を頑張った。

 夏祭りも花火だけはみんなで見た。

 相変わらず花火は夜空を綺麗に彩り、きっと夜空も宇宙にない煌めきや色彩に心躍っているだろうと考えた。

 文化祭は一応クラスの大半の人が参加するという活発っぷりを発揮したのでガッツリとみんなで取り組み、昔ながらの「駄菓子屋カフェ」を行った。

 その他のことは勉強ばかりで気づけば受験本番に。先に私立受験を一つ終えた吉良くんが受験のついでに東京にある学問の神様で有名な神社に行ってきてみんなの分のお守りを買ってきてくれた。僕らはこのお守りを手に受験に臨んだ。

 そして僕らは受験を乗り越えた。

 最終的には吉良くんと鳥形さんと花野さんは残念ながら国立大学には落ちてしまい私立に行くことになった。僕を含めたその他の人は志望校に受かることが出来た。

 ちなみに小説を書くことはすっかりと頭の中から消え去っていた。

 元々読書が好き、かつ月地さんへの感情を吐き出すために少し書いてみようかと思っていただけなので、その月地さんへの感情が落ち着いてしまっては書くこともない、ということだった。

 なので、受験期には教師になることを志し、僕は教育学部へ進学することになった。

 僕と同じように思春期特有の悩みに寄り添ってあげたい、というか横にいてあげたいという思いもあった。

 こうして迎えた卒業式の日。

まだ受験の結果がわからない人も居る中、僕らはこの高校を卒業した。

 思えばあっという間だった。それに、とても楽しい高校生活を送れたように思う。そんなことを考えていると泣いている女子につられて僕も涙目になってしまった。

 卒業式も終わり、教室や校門でみんなと写真を撮る。

帰るか。そう考えていると月本さんに呼び止められた。

 「薫くん、ちょっと今良い…?」

 「うん、大丈夫だけど。」

 「こっち来て。」

 そういうと月本さんは歩き出した。少し向こうにいる吉良くんと目が合ったが寂しそうな顔で手を振られた。

 月本さんは歩き続け、図書室の前に着いた。そして近くの廊下にあるベンチに月本さんは座った。

 僕もそこまで感が悪くないのでここに来るまでにすべて察していた。

 なので、ベンチに座る月本さんが俯いて頑張って涙を抑えようとしている間、僕も隣で待った。

 「これだともうわかっちゃったかな…?」

少しして、震える声でそう言われた。

 僕はなんて返すのが正しいかわからなくて「多分ね、」とだけ返す。

 さらに少ししてなんとか落ち着いてきた月本さんが話し始める。

 「初めはね、一年生の時だったんだ。単純だけど一回隣の席になった時に色々と助けてもらって、迷惑かけたのにいつも冷静な感じでカッコよく思って…。でも勇気が出ないから気になってからは何もできなくなっちゃって、二年生になったら諦めようと思ってたんだ。でも同じクラスで嬉しくて同じ委員会になって、さらに同じ班になって…。」

 僕はその話を落ち着いて聞いていた。まさか僕という人間がそんな風に思われるとは思わなくて本当に意外に思った。でも、素直に嬉しく受け止めていた。

 「話、長いよね、ごめんね。」

 「いや、大丈夫だよ。」

 「あのね、…。月は、太陽がないと輝けないの。薫くんは私をずっと照らしてくれた。薫君のおかげで高校生活ずっと楽しかった。本当にありがとうね。」

 「…。」

 僕が何も言えずにいると月本さんは吹っ切れたように立ち上がった。

 「みんなのところに戻ろっか!」

 月本さんは無理して明るくそう言った。そして立ち上がる月本さんに向かって僕は自然な笑顔を向けて「こちらこそありがとう。」と言った。

 向こうも笑顔になった。満月のように明るい笑顔だった。

 その後、二人でみんなのところへ戻ったが、戻るときには月本さんは以前のように「普通」に接してくれた。校門のところでみんなが待っている。きっとみんな初めから全部知っていたに違いない。

 以前なら「騙したな!」くらい思っただろう。しかし今なら全部肯定的に受け止められる。

今後僕らの関係がどうなるかわからない。ただ、この日の当たるところのような温かな感情は生涯忘れない自信がある。

 僕は月本さんの気持ちに、振る舞いに気付けなかった。自分の好きな人のことばかりで見えていなかった。それはとても申し訳ないと思う。もっと早く気付けたとしてなにかあったのかというと自分にもわからない。

 ただ、温かさだけが胸を占めていた。

 僕らはこれから違う道を歩みだす。

 再び会う時、笑顔でいられたらいいなと僕は思う。

 様々な感情が僕らの間には流れているだろう。でもとりあえず今日は、表面だけでも最後の僕らが輝いていてほしいなと心から思った。

 今まで仲良くしてくれたみんなに感謝。最後に勇気を出してくれた月本さんに感謝。

 月はまた今日も昇る。


 しかし、それからしばらく経って、僕は冬乃の訃報を受け取るのだった。

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!