電子書籍積読問題から考える所有の罠

積読とは、紙の本を購入して読まないまま放置しておくことである。今まで買った紙の本のうち10%はこれにあたるのではないかと思う。さらに、技術書に多いのだが、必要なところだけ読んで後は読まない、または最初だけ読んで終わりという半積読も多い。が、紙の本は収納のため物理的スペースを必要とするので、自ずと所有上限数が決まる。狭小住宅に住む身にとっては、時々本を処分する必要があるわけである。実際、数年に一度処分を行っていた。

さて、電子書籍である。自分は、2004年発売のeInk最初の製品であるソニーLIBRIeから始まって、eInkベースのAmazon Kindleシリーズを数台買い替えてきた。楽天Koboを所有していた時期もある。特に、2007年発売の最初のKindleは、アメリカ限定発売にもかかわらず、当時アメリカ在住の友人に頼んで買ってもらい、コンテンツダウンロードも兼ねて受け取りにアメリカまで行ったぐらいである。スペース問題もないので、金に糸目をつけなければいくらでも電子書籍は所有できる。

当初は目新しいこともあり、何も考えずに購入。読む時間は増やせないので、結果電子書籍積読状況が発生する。先日、Kindleライブラリを確認したところ400冊弱となっていた。十数年使ってきた割には多い訳では無いかもしれないが、漫画はKindle以外のサービスを使っていることもあり、そういう意味で少なくはない。紙の本の積読なら時たま目に入るので手に取ることもあるし、読まなくてはという焦燥感も生じる。しかし、電子書籍ではそのようなプレッシャーはない。積読状況が加速していく一方となる。

そこで、過去購入した電子書籍を削除することにした。購入した、電子書籍アクセス権を、場合によっては読みもしない状態で手放すのである。意味のない行為かもしれないと感じるかもしれない。が、これは時間を買うこととだと解釈すればよい。経営的な用語で言うところのサンクコストとみなして損切りできれば、本を読むはずだった時間を他のことに使えるのである。

子どものころは、本はとても大事なものであり、捨てたりすることはあり得ないという感覚があった。これは出版と流通に費用がかかり、重要なコンテンツだけが本になるという時代には正しかったのかもしれない。いまさら大きい声で言うほどでもないが、よく考えるとつまらない、場合によっては害悪をもたらす、ないしは売ろうとするだけのくだらない本も多い。トンデモ本、自己啓発、ビジネス本の類である。

であるから、紙の本、電子書籍にかかわらず、情報過多の時代に本を捨てることは正しいことなのである。本に限ったことではなく、モノを所有することでそれを保管するための空間や、使ったり消費したりするための時間が無駄、という結論になる。持たないことが素晴らしいのだ。ありがちで当たり前の結論ではあるが、有料で購入した電子書籍を削除して得た、経験に基づく洞察だと思う。

400冊が約80冊になったので、考えに考え抜いて、読みたかった本を早速2冊購入した。今後は購入したらすぐに読み切る習慣を持ちたいものだ。

追記:削除した本を再度購入したらどうなるかだが、どうやら再度購入しないといけないらしい。実際、試していないので実際にどうなるかはわからない。

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