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思考体力(体幹)

 コロナによる、以前と異なるワークスタイルや生活が模索され始めて半年近くが経とうとしている。未知のことが多かった時よりは、緊張感、恐れ、不安といったものは確かに軽減しているとは思う。

 それでも世の中で、何とも収まりのつかない感覚や所在無い感じは依然続いていると私は思っている。そして、今の状況のしんどさやストレスになっている要因の一つは、行動指針が明確でない事や一旦打ち出された指針ですら明日には、「間違っていた」となって新たな指針に変更されてしまったりすることにもあると思っている。加えていえば、自分はどこに価値基準を置いていけばいいのか、どう行動するのがいいのか、それは誰のためにいいのかなどなど、常に答えの出ない問いを抱えながら生活することも、不安要素、ストレス源になっているのだと思っている。

 思考体力というものがあるように思考体幹というものも同時にあると私は思う。俄かに鍛えられるものではないという意味での体幹。この思考体幹がそこそこ鍛えられている人たちにとっては、価値基準の定まらない、今のような状況下でも体幹を使ってバランスをとりながら、考え続けて凌げるのだろうと考えている。

 軸足を一つに決めてしまう(価値基準を一つにする)のではなく、「こっちの考え方なら?いや、この角度から考えてみると?あの人の立場になって考えてみると?」などなど、考える視点や角度はいくらでも広げられる。今は、そうした視点や角度をより多く持ってうまいこと、揺らしながら思考し続け、状況を見極めていくことが特に求められているのではないかと思う。

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