菜園と農業と田舎の仕事

 前回、ベランダ菜園備忘録にて土地が無くても出来る農業を紹介しました。実践した方は居るかしら。作り始めた方はそろそろ収穫適期が来始めていると思います。
 そして気が付いていただけたでしょうか。一番簡単なトマトですらかかる手間の量と、採れる野菜の量になかなかの隔たりがあることに。
 そうです、一株だとプチトマトはおいしく食べられる実が付くのが二日に一個、ミディトマトだと5~7日、大玉なら10日前後に一個づつぐらいしか完熟しないのです。あの小さなパックにゴロゴロ詰まったミニトマトを作るには5~10株は最低必要で、それを消費者は150円ぐらいで買ってるのです。となると農家に入ってくる手取りは1パックで100円以下だったりするわけですね。
 一日最低5000円は稼ぎたいと思ったらどうなるか。あとはわかるな?

 それでもトマトは手間が少なく、高単価で安定収入を得やすいタイプの食材です。次点でキュウリ、ブロッコリー、トウモロコシあたりが入ってくるらしいです。

 まあもちろん農家さんはいくつかの品目を品種変えたりしながら大量生産して採算と収入が取れるように計算して畑を運用してるわけですが、じゃあそれが労力に見合うほど収益得られているかって言うと、それはほんの一握りの、機械化が相当進んでシステマチックにした大規模農家ぐらいかなって言う感じです。それ以外の多くはもっと属人化していて、よほどのことがない限り次代に受け継がれることもない状態です。

 そしてこの状況、機械やITの世界でも同じだったりします。

 小さなねじ一本、ヒンジ一つ、板バネ一枚を作っているような会社ほど、属人化していて低収入で、そのくせ代えが効かない仕事をしていたりします。
 運用バグをつぶしたり、サポートチームになったり、障害対応に駆り出されるような人物ほど、重要な割に収入が伸び悩んでいたりするわけです。

そしてカンの良い人は気が付いたんじゃないでしょうか。だいたいどの職種も同じような状況になっていることに。

 いわゆる「手に職」という仕事をしている人たちほど、あんまり稼げる位置に居ないんですよ。これが非常によろしくない。
 その人が居ないと仕事が回らない、その人に休まれたらそれが作れない、その人が辞めたら経営がやばい。そんな人が割と低収入で働いていたりする上に、「それでも、仕事があるのはありがたいから」と言いくるめ続けているのが田舎の実情だったりします。

 まあ、都会もそんな変わらんですが。

 情報化社会、金融資産至上主義、自分は楽してお金を働かせろ。いろんな巧いことを言う世界になりましたが、現実問題として生身の人間を生かしておくには万の「モノ」が必要なわけで、それを作っている人たちが軽視され、生きてるだけの状態を放置して、ゲームのカジノみたいな方法でお金をいじり倒していることが至上の世の中になっているのは異常なわけで。

 そんな中で世界が育っていくわけだから、実在しない絵に被害者意識を持たせたり、少子化が進んだり、ありもしないマナーを生み出してドヤ顔を決めたり、よくわかんない時代遅れの決めごとを「法律だから」という理由で有難がって変えなかったり、クレームにビビり散らした結果現実味に欠ける条例や制限を作ってみたりしちゃうわけです。

 VRが進んでメタバースが生まれそうで、Web3.0の新たな未来が幕開けしそうな令和だからこそあえて言いたい。

 お前ら現実見ろ。

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?