似非エッセイ#11『この日』

忘れられない日がある。
一日という事でなく日付という意味で。
そのひとつが今日だ。

ずっと遠い昔、僕は“この日”のために一本の腕時計を買った。
目にも止まらぬまま過ぎてゆく時を
目に見えるよう刻んでくれる存在。
確かベルトの色は赤でシンプルな文字盤のデザインをしていた。
当時の僕はまだ社会人二年目だったから決して高級な品ではなかった。

それでもずっと遠い昔の“今日”、それを渡した相手は子供のように喜んでくれた。
手首に巻いてからしばらくの間、刻まれる時をじっと眺め続けていた。
何を思っていたのかは当時も今も僕に知る術はないが、ただ、その姿は現在も僕の中にはっきりと刻まれている。
現在、その相手はそんな事など知る由もないだろう。
だから僕は今年もひとり、同じ言葉を呟くのだ。

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