似非エッセイ#05『俯瞰』

直角に見下ろすのがたまらなく好きだ。

たとえば、コーヒーカップ。
揺れる水面。深く透き通った黒。
香りのオマケまでついてくる。この上ない贅沢。
高い所は苦手だけど、街並みや交差点なんかを真上から映した画にはつい目がいってしまう。

ずっと昔、ストックフォトの会社で働いていた時、すべてを俯瞰アングルだけで撮影するという企画をやった。
床も壁も真っ白ないわゆる【白ホリ】と呼ばれるスタジオに、デスクやパソコン、ソファなどを配置してビジネスシーンから日常生活の切り取りまでアイデアと時間の許す限り撮影した。
その時、改めて思った。

俯瞰とは非日常だ。

僕らは巨人でもなければ、空も飛べない。
何かに乗ったり、高さのある場所から見下ろす他に方法はない。
純粋な俯瞰を味わえる人間は一人も存在しない。
だから人は競うように次々と高いビルやマンションを建設したがるのだろうか。
そういえば僕の部屋にはロフトがある。
だけどビルからもマンションからもロフトからも見る事ができないものがひとつだけ在る。
自分自身、だ。
或いはそれこそが、純粋な俯瞰ではないだろうか。
となると、最後の最後、命尽きた時にようやく人は、純粋なる俯瞰を味わえるのかもしれない。
人生の見納め、最初で最後の俯瞰。
だとしたら死ぬのも案外悪くなさそうだ。



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