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ゆらゆらした関係

ゆらゆらと揺れ動いている人が好きだ。

というか、自分は「ぶれない芯のあるタイプではない」という自覚があるので、近しいオーラを感じて安心するのだと思う。

ときどき食事をしに行く店の店主が、まさにそんな感じの人だ。情熱的に見えるときもあれば冷静に見えるときもある、尖ってるなあと思いきや保守的な側面も垣間見える。
いつの間にか何かと気にかけてくださるようになり、店を訪れるたびいろいろなことを話すようになった。ヒラノ家いい感じ、好きだなあ、など嬉しいことをいつも言ってくれる。ご自身の立ち位置ならではの葛藤みたいなものも、少し話してくれたりもする。

ひとつの地で長く生活していれば、いろんなことがある。
「ここではこうした方がうまくいく」とか、そういうスキルとは言えないようなスキルも増えていく。だんだんそれが身について当たり前になって、他人に対しても「こうした方がスムーズにいくのになあ」と思うようになり、言ってしまいたくなる。でもあるときハッと気付く。「無駄を削ぎ落としすぎて、つまらないものになってないか?」

先日はそんな話をした。概念的で、明確な答えがあるわけでもなく、解決したい悩みというわけでもない。そういう、感覚的な会話。落としどころもなく、いつもふわっとしたまま切り上げて、帰ってくる。気持ちもなんとなくゆらゆらする。嫌な感じではなく、ちょっと心地よい揺れ動き。

いまいち的を得ないな。なんのこっちゃ。と言われてしまいそうな会話。でもわたしはこの時間がけっこう好きだし、こんなふうに程よい距離感を保ち続けられる関係性ってそんなに多くないのかもしれない。大切にしようと思う。

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