文章組手「自粛要請(短編小説)」4000字

 むしろ息の根を止めてくれないだろうか。私は飲食店をやっている。カレー屋。居酒屋を間借りしてちょっと変わったカレーを出している。売上はボチボチ。常連さんもできて良い感じになってきた。そこで自粛要請。頭を抱えている。自粛がはじまるのは午前0時から一ヶ月。カレーを作ることができなくなってしまう。まさか

「日本のインド化を止めるため、全てのカレー屋に自粛要請」

 こんな日が来るなんて。

 カレーには色々ある。大きく分けるとインドカレー・欧風カレー・カレーうどん。そんなところだろう。南インド、北インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカなど色々と分かれているがそれは作る側のこだわりでしかないから省略。
 昨今、日本はインドになってきている。どの駅の周りにも焼き立てナンを出すインドカレー屋、TVではカレー特集、本ではカレー食べ歩きマップなどが出ている。そんな状態を危惧していた「日本の文化を守る党」が大量の賄賂により第一党になり、大量の賄賂により日本中を治めてしまった。最初は対抗する存在もいたが、毎日届く大量の賄賂により続々籠絡。たった3ヶ月で日本は日文党(日本の文化を守る党)により掌握された。やはり賄賂は強い。地球上で賄賂に逆らえる人間はいない。そう思っていた。

「ではカリーザパンクの店主の考えを述べよ」

 皆さんご存知の通り多くのカレー屋は仲が良い。それはそのはず。カレー屋は紀元前6000年前から世界中に存在しており、新規開店の際にはカレー団の団長が必ず店に現れ最古のカレーを再現した物を店主に静脈注射する。そのイニシエーションにより店主はカレーを作っていくやる気を注入されるのだ。副作用として幻覚・幻聴・喉の乾き・異様な高揚感などがあるが誤差の範囲。カレー屋になるには必ず通る道なので通過儀礼と呼ばれているのはご存知の通り。そんな団体「カリーメイソン」は団結し、この自粛に立ち向かおうとしていた。

「いや、そうっすね。なんちゅうか」

「はっきりしたまえ。もはや慈悲は尽きた。お前以外のカレー屋は武器を持って立ち上がると宣言したぞ?」

「ウオオオォー!」

 私は困惑していた。カレー屋ってこんな巨大組織だったのか?カレー屋をはじめるとTwitterに記載したら数秒後にDMが届いた。アカウント名は「ゆめみ☆裏垢女子」そして内容は「カレーの世界にようこそ。カリーメイソン入団を認める。拒否は死だ」と書かれていた。
 最初は冷やかしだと思い「なんやこれ。アホちゃうか」とつぶやいたら銃声。家賃4.5万の安アパートの扉を開けると硝煙ならぬカレー臭。周りを見回すが誰もいない。いたずらか?そう思い部屋に戻ろうと扉を見ると、金属製の扉にカルダモンが深く深く刺さっていた。そして一枚のパピルス。

-お前を見ているぞ-

 ここまでされたならしょうがない。もうカリーメイソンに入ろうと思いDM返信。そして埼玉県は蕨市の雑居ビルの地下にあるカリーメイソン大講堂に案内され、その日参加したカレー屋店主6446813534人にバスマティライスをぶっかけられる手荒い歓迎を受けた。正直ちょっと引いた。家の近くの「ネパールインドカレー」という名の量産型カレー屋の店主もいてびっくりした。最後は6446813534人のカレー店主とチャイを酌み交わし解散。帰り道、ネパールインドカレーの店主と同じ電車になり、同じ最寄駅で降りて少し歩く。カレー屋は楽しいとニコニコしながら話していたのに別れる段になって「ウラギッタラネ、コロスヨ」とネパール人らしいアルカイックスマイルで私に告げる。恐怖で腹が痛くなり、近所の西友の便所に逃げ込んだが、まとわり付くような視線は今も、今も感じている。

「いや、何か解決方法はあるんじゃないかと思うんです。例えばウチの店ではトマトと玉ねぎがベースのカレーを作ってますが、スパイスを入れなくてもトマト煮込みは作れますし……」

「ソレ!カレージャナイネ!メヲサマシテ!ニホンジン!サムライデショ!?」

 全員が包丁を研いでいる。カリーメイソン大講堂には包丁研ぎインダストリアルミュージックが流れている。普段はインドカレー屋店内で流れている謎のインド楽曲が響き渡っている分、異様な雰囲気。自粛要請は一ヶ月程度。その間に日本料理、ラーメン二郎、トンカツ、洋食、その他多くの飲食店が頑張るらしい。政府にもつながっているメンバーが言うには「カリーメイソンの力を恐れた政府が動いた」と吹聴している。

「では、カリーザパンク店主は我々とは違う道を行く、そういうことだな?」

「いや、そうではないですよ。でも、たった一ヶ月程度の自粛ですし、その程度でカレーの勢いは止まらないのでは?」

「ノー・カリー!!(ファックオフ甘口野郎!)」

 私の顔を伝う生暖かい液体の金属臭が鼻腔に届いた時、額に感じる痛みは投げつけられたカルダモンだと理解した。多分、このまま従わなければ私の体はカレーとなり、ここに存在する6446813534に食われるだろう。三週間ほど前、「カレーうどんはカレーか否か?」の話し合いがあり、否であると決定した瞬間、私の隣に座っていた田中光雪さん49歳は全身を引き裂かれマサラでマリネされたのだ。

「まあ待ち給え。カリーザパンク店主はまだ日が浅い。次の会合までには我々の考えを理解してくれるだろう」

 帰り道、私は一人だった。しかし相変わらず視線を感じる。それも敵意ある視線を。自粛要請まであと8時間。明日0時よりカレー屋は自粛をせねばならない。即ち、戦争まであと8時間。
 その瞬間が来た時、カレー屋かそうでないかで戦争が起こる。ナタ、包丁、インドのカミソリみたいなアレ、タンドール、ナンを引っ張り出す棒、硬いスパイス。全てが血に染まる。確実に死者が出る。ターゲットはカレー屋以外全ての飲食店。私が出勤前に寄っている立ち食いそば屋も襲撃されるに違いない。
 自粛要請には従おうと思っていた。カレーが作れないのは残念だが、スパイスをまぶした唐揚げやハンバーグなどと白米を組み合わせた定食を出せばいいと考えていた。もちろん売上は少しは下がるだろう。だが多少の蓄えはある。それにカレー以外を出すなら問題ないと政府HPに書かれていた。
 なので店で色々な惣菜を仕込んでいた。すると、食べログやGoogleレビューで怒涛の低評価。まだ店頭に並べていない。仕込みの最中に携帯でエゴサぶちかますと書かれていた。私は監視されている。監視されているのだ。自粛に従い、この街に店を出す人の努めとしてカレー以外を作り始めた。しかしこの有様。

 自粛から2日。とりあえず店は休業していた。その間にも低評価はラッシュラッシュ。内容は「カリーザパンクは根性なし」「武器を手に立ち上がれぬ豚」など、確実に投稿者の所属団体が分かる書き込みだった。背筋にジワリと恐怖を感じ、コッソリとカレーを仕込んでみたらその瞬間に「店主の心意気に感謝」「オリジナリティーあふれるドイツ風カレー」などのレビューが上がる。しかしカレーを作るとどうしても香りが発生する。当店がある新宿は大久保百人町にふわりとエスニック香る。すると扉をノックする音。

「開けろ!俺は近くのそば屋だ!カレー作ってんじゃねえぞ!国に言うぞ!」

「ご、誤解です!唐揚げにスパイスをふりかけていただけです!カレーは作っていません!」

「紛らわしいことするんじゃねえ!」

 助かった。しかし携帯を見ると「店主はタマなしポンチャック野郎」「パンチと勇気のなさにガッカリ」と☆1つレビューが増殖していく。おお、監視社会。自粛する者、自粛に抵抗する者、その全てが当店を監視しているのです。どうしたら良いですかね。ちょっと涙がポロリン。

 自粛2週間目、私はカレー作りを辞めた。それどころか料理の仕事も辞めた。緊急貸付金や国からの援助を貰い、一旦は地下に潜ることにしたのだ。カリーメイソンメンバーは体にガラムマサラを巻きつけ国会議事堂や都庁に特攻し、治安維持部隊の放水攻撃により吹き飛ばされた。リーダーの華麗・好き丸はさらし首となり、両目・鼻・耳は新宿のカラスの栄養になり、面の肉はネズミのオヤツになった。
 カレー店舗以外の店は私腹を肥やし、全ては子の社会が思うべき方向に進んだ。私の自宅近くのネパールインドカレーも今では蛻の殻だ。店主はネパールに脱出寸前に拘束され、一膳飯屋で強制労働を余儀なくされていると聞く。

 主を失い朽ちていくままになったカレー屋に忍び込み、残されたスパイスを持ち帰る。それを繰り返している。自粛はいつ解けるのかは不明だ。政府は日本文化が良い感じになっているのを感じ、自粛期間を伸ばそうとしている。私は次になんの仕事をしようか。やはり料理がしたい。自分が作ったものを美味しいと思ってもらいたい。しかし、周りの飯屋に比べてスキルもなく、おもしろカレーを作るしか能がない私にどうしろと。

 地面に落ちて霧散したスパイスを拾う。その様は落ち穂拾いそのものだ。カレーではない。私が作るのはカレーではない。日本料理を作っていて、味付けにスパイスを入れることで結果としてカレーになるだけだ。

 カレーではないのだ。だから、だから、辞めないぞ。続けると。闇と光の合間、その曖昧な光の中で、腰を折り、頭を下げ、祈るようにスパイスをかき集めるのだ。明けぬ夜はない。だが、耐えられる自信もない。その全てを忘れるためにただ淡々と。

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