懺悔:何故私は「変わっとらんやないか!」と絶望したのか~1~

まさか、まさかな。いや、まさか。聞くか。

「じゃあこの中で黒と赤を基調とした服を持ってきた人~?」

八割の人間が手を挙げた。

「……!?なるほど…じゃあ十字架系のアクセサリーとか柄の入った服を持ってきた人~」

九割の人間が手を挙げた。

「変わっとらんやないか!!!!!」

当時私は声優専門学校の生徒でした。入学して数ヵ月、多少クラス間の雰囲気もつかめてきて、みんなで将来の夢やテキストを読んでああだこうだ言い合える仲になってきていました。
声優専門学校には多くの人が集います。所謂オタク、役者に成りたいけどなり方がわからない人間、パンクロッカー、私はパンクロッカーでした。革ジャンを羽織り、ミリタリーパンツを履いたパンカーでした。服装はそんな感じでしたが、「声優目指すのにこらあかんがな。TOKYOTRIBE面白いしブーンでも買うか」とファッションに目覚めたり、ヒップホップを愛する高校時代からの友達が一緒に入学したので神戸や梅田などに良く服を買いに行ったりしていました。その友人、仮に笹本と呼びましょう。彼と服装に付いて語り合っていました。

「後藤は肩幅あるからジャケットとか似合うよね」

「笹本はヒップホップぽい服似合うよね。しかし、専門学校のみんな、もうすぐプロフィール写真撮影って言うけど服持ってるのかな?Tシャツをジーパンにインしてる人とか普通にいるしちょっとすごいぞ」

「それか雑魚美みたいなロリータか無禄君みたいなちょっと壊れたV系みたいな格好の人多いよね」

「似合ってればいいんだけどな。俺達も人のこと言えないけどさ」

「だなあ。後藤は普通のレザージャケットで撮影でしょ?」

「笹本は今日みたいな感じ?エコーのキャップ俺も欲しいな」

個性、そう、個性が欲しいのです。服と言うのはある種のアイコンです。その人がどんな服を着ているかである種のイメージが固まるのです。ヤクザやヤバそうな人が「ガルフィー」って書かれた犬のスウェット着てるような感じでその服装から人と成りを判断します。「見た目で人を判断するな!」そうはおっしゃいますけど、スクール水着で鎖鎌を持ったおっさんが目の前にいたら「これはやばい」と思うじゃないですか。そんな感じです。

プロフィール写真撮影の日、担任の鬼軍曹のような先生が生徒を教室に集めました。

「腐ったスペルマと壊れたブリキ人形の子供達め!お前等!ちゃんと撮影用のプレイガールとハメハメ出来そうな服を持ってきたか!?」

「はい!!」

「ほう!?元気が良いな豚肉野郎!よかろう…豚骨麺吉!お前はどんなコスチュームを持ってきた!?俺が夢精するようなセンセーショナルな刺激を巻き起こしてみろ!」

豚骨と言う、チンシンザン激似のお調子者がプヒプヒ言いながらアピールしていました。こいつの服装はまあ、それなりにヤバいけど何も言わなかったら普通って感じでした。そしてスーツバッグを持っていると言うことはスーツっぽいそれなりの服を持ってくるのでしょう。

「見て!先生見て!!ほら!!」

そう言って取り出したのは紫のスーツ上下と赤いマフラー。序盤ですぐに死ぬゴッドファーザーのキャラみたいな服を持ってきていました。そしてトドメになぜか散弾銃のエアガンを持ってきていました。

「なるほど、それがお前のおしゃれか!?」

「かっこいいでしょ!」

そう言ってポーズを取る豚骨を私と笹本はUMA、モケーレムベンベやフライングヒューマノイドを見たらこんな顔するんじゃねえの?って顔で見つめていました。

「この脳ナシラクダのインポコザーメン猿!そんな物持って来てどうする!?いいかお前等!プロフィール写真は最初の武器だ!!プロフィール写真見て、こいつはヤバイと思われたらデモテープすら聞いてもらえないと思え!!豚骨!!お前、他に服は!?」

「え…あ…いや…これだけです」

「貴様はアホか!!こんな事があるから数種類持って来いと言ったんだ!!」

「俺のシャツ…着る?」

「後藤?お前はマシなの持ってきてるだろうな?まずその革ジャンは違うだろうな?鋲を入れるのは良いが分かってるよな?????」

「わかってます。ジャケットを持ってきました。70年代っぽい雰囲気の…感じですが…どうでしょうか?あと、一応シャツだけのバージョンとかも考えてます…どっちも駄目だった時の事を考えておもしろTシャツも持ってきました」

「後藤…お前は良い奴だ。ほら、海兵隊メダルをやろう。誉れだぞ?」

「ありがとうございます。じゃあ豚骨…これを着れば?似合うんじゃないの?」

「うん…ありがとう…」

「よし!それじゃあ各自フィッティングをしろ!!出来たら俺の前に来い!!ゾンビ化したハエトリグサみたいな格好をしてきたらクズリのクソに変えてやるから覚悟しろ!!その前に…質問するぞ?これは…毎年する質問だ…」

全員が息を飲みました。クラスの中にはゾンビ化したハエトリグサみたいな服しか持ってきていない人がいるのでしょう。数人泣きそうですし、豚骨は恥ずかしかったのかちょっと泣いています。

「この中で…赤と黒を基調とした服を持ってきた人間は???」

八割程が手を挙げました。

「ほう…なるほど…では…十字架をモチーフにしたアクセサリーや服を持ってきた人間は?」

九割の人間が手を挙げました。

「今年もか…お前たち、聞け。お前たちは人と違う事を誉れとする人間だな?分かるな?そして声の芝居だけでなく、見た目も武器だと言ったな?」

全員が頷きました。

「良いか?精一杯努力をしたのは認めてやる。しかしだ、専門学校はうちだけじゃない。そしてそいつらも同じような服をチョイスする。お前たちは「人と違う事をしたい!」と言う共通思念にとりつかれているんだ。人と違う事を求めて大多数が選ぶ方向を選んでいるんだ。それは芝居でも同じだ。自分のオリジナルで誇れる部分が無いからどこかで見た感じになるんだ。自分を磨くと言うのは選択肢を増やす行為だ。まだお前たちは声優界の入口にも立っていない。だからこそ今磨いておけ。以上。着替えろ」

担任は苦笑しながら椅子に座りました。みんながオロオロしながらフィッティングし、クラスメイトから服を借りたりして色々と試していました。しかし、殆どの人間が赤と黒の服です。なんて言うか代わり映えが無い。癌細胞と血液が戦って居るような、ナンパオのCMみたいな光景がそこにはありました。私は早々と70年代イギリス人新聞記者っぽい格好をして担任にOKを貰いました。笹本も早々と所謂ストリート系の服に着替えOKを貰いました。

「先生、今年もかって言ってましたけど…今年って事は…」

「後藤…俺は頭が痛いぞ?毎年だ。毎年なんだ。毎年大体黒と赤なんだ」

「そうなのですか…しかしどうして…」

「黒と赤って言うのはそれだけで若干キマってるぽく見えるんだ。黒は周りを絞める色だしな。しかしだ、アニメや漫画のキャラっぽくなるんだ。それに最近ヴァイスクロイツって言うのが出ただろ?あれの影響も大きい。後ろを見てみろ」

そこには大量のヴァイスクロイツっぽい人が居ました。どいつもこいつもセンター分けとか変なオールバックとかちょっとマズイ感じです。そして靴がダンロップとかそんな感じでした。

「靴…やばいっすね…」

笹本が言いました。笹本は靴オタでもあったので靴にはうるさい男でした。私も笹本のアドバイスでVISIONのスニーカーを買う事で難を逃れた人間です。

「そうなんだ。靴がまずい。靴って言うのは結構見られる物なんだ。就職とかする時も靴だけはきちんとしたのを履いて面接受ける方が良い。しかしだ、ヴァイスクロイツには靴の説明が無いだろう?アニメや漫画でも靴は結構雑なブーツしか描かれていない。するとどうなると思う?こうなるんだ。上下の服装をどれだけ頑張っても靴が駄目だと「こいつこの為に普段しない格好してきたな」と見抜かれるんだ」

「なるほど…十字架のアクセサリーも何だかわかってきましたね…」

「その通りだ。後藤、お前のペンダントトップは生意気にBWLか?」

「よくご存知で。兄のお下がりです」

「そう言う兄が居る事に感謝しろよ。そう言うのは良い。業界の人間はシルバー好きも多いし、写真に映るとそう言う細かい物もちゃんと写るから映える。しかし…千円そこらで買ったあんなアクセサリーは…安物がバレるだけだ」

「終わってますね」

「終わっている。だが、我々担任はそれすら読んでいる。だから今日と来週が撮影なんだ」

「なるほど」

女性のフィッティングが終わり何人か出てきました。さすが女性、男よりはマシです。むしろ結構女の子らしく普通の服を着ています。しかし、その中でもハードコアなオタクガールは見た目がブルータルメタル化していました。なんて言うかピコのTシャツをプロフィール撮影で着てくるのか?と。
いや、ピコは良い。歴史ある。しかし髪の毛が腰くらいまであって、アラレちゃんみたいな眼鏡を掛けてピコのTシャツと黒い短パンとピンヒールってなんだよ。ちょっと凄いぞこれは。一周回ってアリじゃないのかと思えてきた。

「あー…なんだ…お前…服は自分で買いに行くか?」

「いいえ…いつも…お母さんが…」

「だろうんな…よし、わかった。お前は来週だ。で…次は無禄か…おい、それはなんだ?」

「八神庵を僕なりにアレンジしました」

「カリアゲ瓶底眼鏡でか?それがアレンジか?」

「え!?いや…」

「来週だ」

無禄は「なんだよ、俺格好良いじゃねえか…」ってつぶやきながら去っていきました。その姿勢は格好いいですが見た目が超絶にアレです。
そして担任が色々とアドバイスをした結果、40人位いるクラスで半分程度しか撮影まで進めませんでした。

「いいかお前等!!もう少し…もう少し頑張れ!それしか言えんぞ!?ファッション誌を読め!買い物に行け!おい!後藤!笹本!お前等は時間ある時に男共を服屋に連れていけ!!水堂!桜丸!お前等は女に買い物を教えてやれ!以上!!」

絶望と悲しみと少しの笑える空気を残して今日と言う日は過去になりました。
そして私たちは買い物に行きます。それが、それが恐怖の始まりとは知らずに。

~2に続く~

久しぶりに書きました。登場キャラや状況を理解するなら拙作「ばあれすく~声優の生まれ方~」をご一読ください。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5479964

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックパワーを感じて下さいましたらよろしくお願いします。

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