懺悔:何故私は声優と言えなかったのか~1~

始まりは一本の電話でした。調子の良い男でした。生きていたら34歳になっていた男です。

「後藤、今度暇か?」

「あのさあ、そう言う言い方嫌いなんだよ。いつ何時○○があるけどどう?って言いなさい。そうじゃないとゴミみたいな提案の場合断りにくいじゃないか」

「相変わらずだな。元気そうで嬉しいよ。今度の金曜なんだけどさ」

「俺、数秒前に言ったよな?その言い方違うくねえ?」

「合コンあるんだけど来る?」

「もー!猿釣君ったらー!そう言う事は最初に言ってよね!勃起してきたわ!」

「では今度の金曜19時にコマ劇前で」

「承りました。どんなメンツですか?」

「こっちは俺、後藤、鳥心だよ」

「鳥心か、懐かしいな。しかし相手からしたら地獄のようなメンツだな」

「俺は声優辞めて働いてるけど、お前等現役だもんな。相手は俺らと同じ31歳のOLだよ。会社の子の友達」

「オッケーオッケー。セックスハプニング巻き起こそうぜ」

陰茎が、陰茎が自己主張を初めて多少感情的に成っていました。春、遠からじ。陰、陽を介して。

私は恐ろしく売れていない声優でした。将来のことを考えて普通に働こうかなどと考えてしまう程に弱ってしまう。それが28歳、売れない声優のリアルでした。周りの人間はどんどん就職していきます。「お前たちが羨ましいよ。俺はすぐに辞めたから…」そんなことを言っていた声優専門学校の同期が会社でそこそこのポジションに付いて久しぶりに会うと「色々大変だろ?出しとくよ」とおごってくれるのです。若い内は普通に嬉しかったのですが、25歳も過ぎて結構な期間が経つともう悲しみしか生まれませんね。普通の優しさから生まれる行為じゃないですか、しかし「こいつ、俺におごる事でマウントとってるんじゃねえの?」と邪推してしまうのです。それが売れない声優の毒です。無意識で「辞めた奴より上」と思ってしまう毒が全身を駆け回り、そして悪意となって放出されるのです。

「馬鹿にされている」

その気持ちが毎日加速的に大きくなっていく。実家に帰っても「いつ働くの?」兄弟からは「いい加減にしたら?」バイト先の仲間からは「結構続けるね~」先輩からは「食えるようになるのは厳しい。俺もバイト辞めてえ~」と絶望を具現化して叩きのめしに来る言葉をスウェーやダッキングで避け続ける日々が続いていました。恋人に関してもそうです。

「健和くん…事務所辞めたら…もう声優辞めるって言ったじゃない」

「………」

「出てって」

色んな重いが超高速で脳をめぐります。その速度によって巻き起こされる衝撃波は脳を傷つけ、肝心な部分を見落としてしまう程のダメージを溜め込んでいました。
こんな時は自分よりヤバイ立場の人間を垣間見て癒されるか!鳥心にメールしよ!そう思いながら鳥心にメールを打ち始めました。鳥心とは私が上京数年後にたまたま縁があった劇団で共演した男です。もう完璧に役者馬鹿。本当に真っ直ぐで純粋で憎めないやつで芝居に関する事ならニコニコ笑いながら一番しんどい事を率先してやる人間でした。芝居が壊滅的に下手糞でどこの事務所からも相手にされない事を除いたら完璧な男でした。

「ハロー鳥心!猿釣から連絡きた?」

「久しぶり~!来たよ~(^O^)合コンあんまり経験無いんだよね~(>_<)」

「相変わらずムカつく顔文字だな。最近調子どう?」

「相変わらずだよ~(*゚▽゚*)!今度また舞台やるよ~!天梅雨さんと一緒だよ~( ̄▽ ̄)♪」

「そうなのか。あいつもまだやってるのか…そうか。まあ頑張れ。では金曜日」

よし、精神的な落ち着きを取り戻した。皆様、心の平穏を取り戻すには自分と同じ属性の人間で自分より下の人間と話す事ですよ。一気に落ち着きます。自分も不安定な場所に居る事は確かですが、自分に関係ない距離感で死ぬ手前の人間を見ていると「オッケー、まだ行ける!」と感じる事が出来ます。やりましょう。見ましょう。しかし、それを見る時、あなたも他の人に見られているのですが…

合コン、合同コンパ。男女の出会いの場。多分成人してから異性と知り合う殆どのキッカケは合コンでしょう。そこの場で桃色遊戯を夢想したり、将来の食い扶持を見つけたりと運命の出会いを探します。お互いがハンターとなりハンター狩りをする人間修練の場です。

20代最初のころは良く合コンに行きました。相手は十代だったりもしました。その場で

「俺、声優なんだよね~!」

とほざいてみるとものっ凄い食いつきが良いのです。多少オタク気質がある女性とかだったら開幕スカルファックバスターからスリーカウント。セックスアンドザ見下しに発展する事が出来ます。声優、その言葉の魔力は強い。人間は誰しもアニメや映画の吹替えを見た事があります。誰だって知っているのです。そして誰だって一度は成りたいとおもった職業です。自分の声で他人になる。他人の声を自分で作る。そんな夢溢れる世界があるのです。実際は結構システマティックですが、それは中の人だけが知っていたら良いのです。夢は夢、人生夢舞台。
そう言う事もあり、20代最初の頃は声優と言えば何とかなる殺法で死屍累々の獣道を歩いていました。しかしそんな時期も長くは続きません。私はきちんと芸能事務所に入り、お金ももらえるプロの声優になりました。そして多少仕事も増えてきた27歳の時の合コンです。

「私~?アパレルだよ~!」

「私もアパレル~!デザインの方だけどね~!」

「そうなんだ!俺もこいつも声優だよ~」

「セイユウ…?セイユウって…スーパーの?」

「あ…いや、声の…」

この言葉が出てくる時点で負けです。若い時なら声優と言う言葉が持つ魔法で一撃でした。しかし、現実的な事を考える年齢になってくると、合コンできちんとした男がモテはじめてきます。声優じゃなく西友と言う言葉をイマジンするのは「そっちの方が将来を任せられるし、お銭を持っていそうだから」でしょう。職業と気位に線を引くのかい?想像してごらん。素敵な声優の世界を。

「ふ~ん…声優だけで食べてるの?」

「あ…いや…コールセンターでバイトもしてるょ…」

「そっか~、お兄さんたち夢があっていいね~」

お兄ちゃんには夢が無いねと言われたら心のマイトに一発点火で殺人まで起こしてしまうでしょうが、夢があると真顔で言われた時はマイト点火で自殺を思い浮かべてしまいます。もう完璧に見下されている。これはイカンですぞ。相手にされていない。だってその証拠に女性同士で仕事のグチを話し始めた。あかんがな。よし、声優モノマネでもするか。あ、声優ご存知ない?はい、いえ、何も無いです。美味しいですね。コレ、タチウオですか?あ、違う。いえ、学がなくて。はい。大変ですね。愚痴なら聞きますよ。あ、別に良いですか。そうですね。おや、山菜おこわですか?これがコース最後のメニュー?そうですか。二次会とかどうします?あ、なるほど。なるほどなるほど。ガッテン承知の助でござるよ。それでは失礼しました。

死んだ方がマシとはまさにこの事。死にてえなあ!死にてえ死にてえ!お母ちゃん!こんな息子でごめんやで!

人間は絶対に平等じゃないです。それはわかっていますし望むところです。評価される職業の人間です。他人より優っているからこそ仕事にありつけ、自分のやりたい事をやる事が出来るのです。だから平等じゃない事は望むところです。しかし、評価される部分が全く違います。私たち声優は演技がゴイスーだったり、発想がナイスだったら褒められ認められます。しかしここは、この異世界ではそれは評価の対象じゃないのです。「マネー、人脈、将来性」その全てが欠けている声優なんぞゴミなのです。もう何の価値も無い。人間じゃない。多分チワワとかポメラニアン未満、スカラベ以上の存在なのでしょう。ただただ過ぎていく時間、財布から羽ばたいていく金。この時間に私は何を手に入れる事が出来たのでしょう?彼女達は何を手に入れる事が出来たのでしょう?人生はスタートした瞬間から止まらない時計が動き続けます。その中でただの消費をしただけなのです。私は何も提供出来無いし、彼女たちも何も提供しなかった。ただそれだけの時間だったのです。

そんな私が何故、何故また合コンに行ったのか。彼女にふられて壊れていたからなのでしょうか?もちろんそれもあります。しかしそればかりじゃないですよ。試してみたかったのです。自分の力を。声優として、役者として培ってきた力を。俺にどこまで出来るのか。俺はどこまで来たのか。その全てを叩きつけたいと思ったのです。
私は猿釣と鳥心にメールしました。

「今度の合コン、俺は社会人って事にしてくれ」

何故私は声優と言わなかったのか。それは勝者が存在しない勝負の中でどう戦えるのかを確かめたかったのです。

ゴングを鳴らしてくれ。俺はやるぞ。二つの意味で。

~続く~

久しぶりに懺悔を書きました。長編を書いてばかりですが、短編はやはりアガりますね。これからも書きますのでズッ友だョ!

※この記事は投げ銭です。何かポンチャックパワーを感じて下さいましたらよろしくお願いします。

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