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水を走らせない「信玄堤」のすごさ

突然ですが、わたしは山梨県生まれです。山梨のヒーローといえば、武田信玄。土中の水の動きをいろいろと知っていくうちに、「武田信玄すげー」ってことがたくさんあったので、今回はそのことについて書きます。

水の困りごとは、「走る」と「たまる」。走りすぎると周りの土砂を巻き込んで土砂災害がおきたり、舗装していない道では轍が削られて使いにくくなったりします。
走らないようにするには、
① 硬いものにぶつける、でこぼこにする
② 角度を水平×垂直に近づける
③ 分散させる

がポイントです。

わたしは山梨県人なので、「硬いものにぶつける」で真っ先に思い浮かべたのが「信玄堤(しんげんづつみ)」でした。

山梨の真ん中を流れる富士川は、球磨川、最上川にならぶ「日本三大急流」のひとつ。標高差に対して川の長さが短い川です。よく氾濫して「暴れ川」とも呼ばれていました。

武田信玄のすごいところは、人力しかない時代に、その川をおさめたところです。詳しく調べていくと、幾重にも水を走らせない造作がされていて、感心することばかりでした。

信玄堤が作られる前

信玄堤は、富士川の源流である釜無川(かまなしがわ)と、支流の御勅使川(みだいがわ)との合流付近にあります。

本流の釜無川(水色ライン/右上から左下へ流れる)と、支流の御勅使川(ピンクライン/左上か本流へ流れる)。

川が合流する場所は、増水すると強いチカラどうしがぶつかり合うので、しょっちゅう氾濫していました。

黄色部分でよく氾濫していた。増水のたびに田畑や家が水に浸かった

硬いものにぶつける

水は、硬いものにぶつけると、ぶつかってはね返った水と、ぶつかろうとする水が打ち消し合うので、流れが弱まります。

ぶつかってはね返った流れと、上からくる流れが相殺しあう。

硬い岩盤にぶつける

支流の御勅使川の方向を北向きに変えています。これは硬い岩盤にぶつかるようにするのが目的です。
ぶつけられている部分は「高岩」と呼ばれていますが、実際は硬い地盤の岸壁でした。

赤茶線が「高岩」。大きな段差の崖だった。

調べる前は、「高岩」を大きな岩なのかな・・なんてイメージしていたのですが、実際は硬い岩質の岸壁でした。

釜無川の対岸から藪をかき分けて「高岩」を望む。
あまりにも広範囲で、しかも遠いので、何がなにだか・・な写真になっちゃいました。
高台になっている岸壁です。

とにかく、思いのほか規模が大きいです。

角度を変える

下方に流れる水を、水平方向へ近づけた角度に変えて、流れを弱めています。同時にその流れが高岩に当たっているので、二重に流れを弱めることになっています。

分散させる

将棋頭

「将棋頭」と呼ばれる石積をして、流れを分散。将棋の頭にあたる部分(船頭)を上流に向けて、水を切り分ける。
将棋頭の形は、高速道路の料金所に似ている。上流側に船の先端のような形で石垣が積まれ、流れを分けている。

霞堰

とぎれとぎれの堤は、増水したときに水流を分けて、外へ逃がします。途切れたところで反転流が起きるので、水の勢いも弱まります。
ひとつながりの堤だと、一か所が破損すると、そこから一気に崩れてしまいます。途切れていることで、水圧が分散されて壊れにくいのです。
流れ出た水は、減水時には川へもどりやすい形でもあります。

<参考>
岸壁にぶつける。将棋頭で分散させる、流れの方向を変えることで、水流がどう変化するのか。シュミレーションした詳しい研究資料がみつかりました。

地理学評論 84–6 553–571 2011 洪水氾濫シミュレーションを用いた信玄堤の治水能力の再評価

木を植える

流れが当たる川岸側には、木がたくさん植えられています。今でも信玄堤の周辺には、高樹齢のケヤキが何本も残っています。木に流れがぶつかることで、水の勢いが弱まります。時間がたつほど木が育って根が張り、強固になります。

堤の脇に植えられているケヤキ。
釜無川左岸の堤の脇には、木が植えられている。

<参考>
信玄堤からは離れていますが、富士川の源流、笛吹川沿いには、「万力林」と呼ばれるアカマツ林があります。これも信玄の時代に植えられた林。
川がカーブしているところは、増水するとカーブの外側に水圧がかかります。そこに、水の勢いを弱める目的で密集して木を植えています。この林は現在でも敷地内に約500本あるそうです。(甲府河川国道事務所ページより)

笛吹川沿いにある万力林。上が上流。黄色部分に圧がかかりやすい。

そんな信玄堤ですが、実際に行ってみると、こんなかんじ。
どーん。

いざ現場に建つと、広すぎて何が何やらぜんぜんわからない!
正面の山の谷から支流(御勅使川)がこちらに向かって流れてくる。

まったく全体を一望できません。今でこそ、グーグルマップで広範囲に見られますが、実際にその地に立ってみると、流れのあたっている部分ですら見えないくらいに、広くて大きいです。
これを400年以上前に人力でやったとは、武田信玄、すごすぎです。

あれれ?・・信玄から学んでいないの?

支流の御勅使川上流へ行ってみました。地元の方から、まっすぐになってる道路が、以前の川だったところだと教えてもらったので。

ここが昔は川だったところ。たしかに道路がまっすぐだね。
このまま上流に向かう。

御勅使川南公園で川に下りてみました。ここは河川敷の公園です。
「・・・。」
あれあれ? 川が直線だよ?しかもまっすぐなコンクリートの堰がたくさん並んでる!!

直線に造成された川。
果てしなく何段も堰が続く・・。
グーグルマップで見てみると、こんなかんじ。
ラインはわかりやすいように記入しています。水色が川の護岸。白線が堰。

● えーっと、ここには木が一本も植えられていませんが?

流れの当たるところに木を植えて、流れを弱めていた知恵は何処に?

● 一直線の流れは、水が走りやすくて加速しちゃいますけど?

 流れは、斜面に対して谷方向へまっすぐにすると、水が走りやすいです。走ると水が集まりやすくなるので、流れていくほど、勢いが増します。
そもそも川は、岩盤の境い目などの削れやすいところを水が流れて作られます。当然、地質の境い目は有機的な曲線のはずです。地中を動く水の流れが局部的に一直線の堤にぶつかり続けて、弱めてしまうのではないでしょうか。
はじめから途切れている霞堰と比較すると、つながっている堤は、一か所の決壊で大きく崩れる可能性も高いと思われます。

● 堰がまっすぐに並んでいると、境い目が削れていってしまうのでは?

登山道にある階段のように、一直線に並んだ段は、両脇が削れていきます。
その事例を参考にすると、この堰堤も、50年、100年後には川の左右が削れてしまうのではないかと考えられます。

なんだかとても残念な気持ちになっちゃいました。

信玄堤について調べると、いろんな自治体や土木関連のページで「こんなにすごいんですよ!」って紹介しているんですよ・・その知恵が生かされていないのが、なんとも哀しい。

今、信玄公が生きていたら、いったいなんて言うのでしょうかね。

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