ところで「近自然工法」って、どんな工法?
登山道整備に関わるようになってよく聞く単語が「近自然工法」。これはスイスから来た考えで、直線、単一種ではなく、曲線、蛇行、多様性といった自然に寄りそった考え方だ。
以前林業つながりで、「近自然工法」「近自然森づくり」をスイスフォレスターから学んだことがある。当時読んだ本を改めて読み直したり、実際に近自然河川工法で施工された川を見に行ったりして、近自然工法について考察してみた。
近自然学
林業にはまっていたころ、スイスフォレスターのロルフ氏をお呼びして開催された「近自然森づくり」の講習に参加したことがある。このときに通訳でいらしていたのが山脇正俊さん。「近自然」についてのお話も聞けた。
2004年発行。20年前の書籍でありながら、古びていない。具体例を書かずに、理念中心で論じられているので、いつ読んでも基本に立ち返ることができる内容だ。
人も環境も
改めてこれを読んで、なるほど!と思えた。
どうしても自然環境に関わろうとすると、人間の便利さよりも自然のことを優先させよう、自然環境に戻そうと考えがち。でも実際には、人間の都合を考えつつ、自然環境にとってもいいことを考えていくことが、近自然の思想なのだ。
そのほか、指針としたいのが、
・不必要なことをしない、必要最低限に減らす
・あらゆる場面で人間が知恵をしぼって資源と石油エネルギーを節約する
・人間がすべてをせずに、自然の力を利用する
近自然河川工法
近自然河川工法の章では、登山道整備でも応用できる考え方がたくさんあるように思った。その場所をひんぱんに使う(生活に近い)のか、めったに使わないのかで、対処方法が違ってくる点については、とても大事なことだ。それによってどのくらい手を入れるのか、入れないのかが大きく違ってくるからだ。
近自然森づくりから学ぶ
先述したロルフ氏のワークショップを収録しているのが、こちらの『近自然森づくり』。著者が家を建てるのをきっかけに木について学び、スイスの森づくりのやりかたにたどりついた、という内容。日本の林業との違いが大きく語られている。
人間の都合と自然環境とのかねあい。これについては『近自然森づくり』の中でより詳しく説明されている。
スイスの森づくり
経済と環境は相反するものだと思いがちだ。でも、自然の力を利用しつつ、人の都合にもいい状況へもっていく方法はあるんじゃないのか。
森づくりの場合、日本は木を伐って利用することが森づくりに直接つながっていない。特に拡大造林で植林された人工林は、自然の山の状態から遠ざかっていくばかりだ。遠ざかるほど、手間も時間もめちゃくちゃかかる。人が減ってきている今は、荒廃してしまっている林も多い。
スイスは1800年代後半、かつては木を伐採しすぎて森林面積が10%以下に落ちて、災害が頻発した。さらに日本と同様の針葉樹だけの単一樹種を植林したために、1980年代に大型のハリケーンで倒木の被害が起きた。それがきっかけとなって、針葉樹も広葉樹も育て、木を利用しながら森を作っていく形となった。
実生の木をそのまま育てるのも、低くて成長が見込めない木をあえて切らないのも、手間をかけずに自然の”なり”にまかせる森の育成のしかただと感じた。
川下りに例えると、水の流れをいなしつつ、自分の行きたい方向へボートを押し出してもらう感覚。もしくは、全体を観察して水の微細な動きを利用してそっちの方向へ向かうのを手伝ってもらうかんじにも似ている。
自然のチカラと闘わない、むしろ利用する
だいじなのは、観察すること。自然がなりたいようになる方向の先に、人間の都合がいい状況があれば無理がないし、手間もかからない。
わたしは土中の水の動きを意識するようになってから、それがわかってきた。昔の日本人がやってきた「水はけ」に関する知恵は、けっして水と闘っているわけではなく、水の習性をうまく利用していた。コストや手間を極力かけずに、時間の経過とともによくなっていく方法というか、そういうかんじ。
現在のように、土中の水の動きにおかまいなくコンクリートで固めてチカラわざで制限するのとは大きく違う。小さな穴や溝を手道具で掘ったりするだけでも、よくなっていくのに似ている。
近自然河川工法から学ぶ
登山道整備でいちばん影響があるとされる福留脩文氏の『近自然の歩み』も、読んでみた。
冒頭、著者がスイスへ研修旅行で通訳のお世話になったと、『近自然学』を書かれた山脇正俊氏のお名前も出てくる。
本の内容は、近自然工法と出会うきっかけ、河川工事の方法、今後の展望。本来は近自然川づくり。自然に近い材料で自然に近い形状の河川工事を行う方法だ。
・直線ではなく、蛇行
・コンクリートではなく、岩石や土、木
・半径15メートルの資材で施工するのが理想
図版がないので文章と写真から想像するしかないが、岩の配置方法のコツなどを読みとると、崩れにくい構造でありながら、水の勢いをいかに弱めるかについて工夫されている。
また、日本の伝統工法からもヒントを得たようだ。
福留氏は国土交通省ともつながりがあり、当時、公共工事でも近自然河川工法を進めた。
近自然工法の河川工事(松本市の牛伏砂防施設)
実際に、松本市にある牛伏砂防施設に行ってみた。フランス式砂防施設の下流側に、近年砂防ダムを壊して自然の川に近づけるような形で石を配置している。
ここは砂防ダムを壊して、自然の川に近づける工法で作り直した区間のようだ。
ここは「近自然河川工法」とは銘打っていないのだが、アーチ状に岩を組む、本流が当たるところに大きめの岩を配置するなど、福留氏が本の中に書いてる方法と近似している。
実際に福留氏が携わったのは、長野県の鳥居川。CWニコル氏のブログで紹介されている。近くへいったときに、見にいきたいと思っている。
近自然河川工法を考察する
本に載っていた写真や、実際に見た河川のようすを参考に、近自然河川工法について、水の流れと石の置き方を中心に考察してみた。
石の置き方①(できるだけ重いものを)
本流に近いところは水の勢いが強い。軽いほど、流れに運ばれやすい。安定させるためには、できるだけ重たい石を置く。
石の置き方②(下流にふくらむアーチ型に)
下流にふくらむアーチの形は、水を分散する。水が分散されるほど、水の勢いは強まりにくい。流れを集めさせないのがポイント。
流れが集まると水の勢いが強まり、置いた岩の下流側は崩れやすくなる。深く掘られてもしまう。
ちなみにカヤックの川下りでも、水が集まっているかどうかは形を見て判断する。特に、岩などを水が越えてオーバーフローしている場合は、アーチがどちら側にふくらんでいるかを必ず確認する。
というのも、そのオーバーフローが上流側にふくらんでいるか、下流側にふくらんでいるかで、危険度がまるで違うからだ。下流にふくらんだ段差は水が分散されるので、危なくないことが多い。逆に上流にふくらんだアーチの形は、中心に流れが集まって、場合によってはアーチの内側から出られなくなってしまう可能性が高いのだ。
石の置き方③(重心を上流側に傾ける)
岩の重心の向きも大事だ。石垣を積むときと同じように、山側(上流側)に下がるように置くと安定する。
反対に、重心が谷側に下がるように置くと、岩が動きやすい。水の勢いが強くなるほど、岩の下に当たった水が、岩を持ち上げて転がしてしまうため。
また、岩を乗り越えた水は斜面にそって滑るように動くので、重力で加速しやすい。そのため段を超えるたびに流速が上がる。
ちなみに、水の勢いを弱めるポイントについては、こちらにまとめています。
以上の近自然河川工法についての考察が、登山道整備にどうつながっていくのかについて、次の記事で書こうと思う。
土中の水の動きについてのワークショップも随時開催しています。お好きな場所での出張開催もやっています。
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