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小説「ノーベル賞を取りなさい」第24話

あの大隈大の留美総長が、無理難題を吹っかけた。




「富者たちは笑う 無重力の揺りかごで」は、飛ぶように売れた。発売一か月で十万部を超えるという、経済書としては異例の売行きで、リアル書店、ネット書店を問わず、ビジネス本のジャンル全体で人気ランキングの首位に躍りでた。
「日本語版で十四万部が売れたピケティの『二十一世紀の資本』でさえ、一か月で十万部ってことはなかった。やっぱり、あの広告が効いたのかな」
 と、研究室のソファーで柏田が言った。
「印税もスゴそう。仮に一〇%とすると、一九〇〇円×一〇万部×一〇%=一九〇〇万円。あーあ、それが先生の懐に入っていたら、私、欲しいものをなんでも買ってもらえたのに」
 と、向かいあいに座っている由香がため息をついた。それを聞いたとたん柏田は
「バカっ! そんな冗談を言ってる場合か!」
 大声で怒鳴り、由香をシュンとさせた。
 ややあって
「でも、変なんだよな。新聞や雑誌のブックレビューでは高評価を受けているのに、肝心の加賀縄静也ってやつがまったく登場してこないんだよ。記事の中に顔写真も無いし、晴道学園大のホームページを見ても『早くも十万部突破!』って文字表記があるだけ。どういうことなんだろう?」
 と、柏田が話すと
「すっごいブオトコだったりして。だから顔とか見られたくないんじゃない? いずれにしても高評価のレビューは、事実上、先生の書いた論文に向けられたものなんだから、ノーベル経済学賞の獲得を目指す者として、大いに自信をもっていいと思うな」
 と、由香。

 晴道学園大学の理事長室のソファーには、四人の男たちが座っていた。
「発売一か月で十万部突破! やったね、イッシー!」
 そう声を上げたのは、牛坂。
「ありがとう、ウッシー。でも実際に売れたのは三千部で、残りの九万七千部は、うちの大学が買ったものなんだ。ネットでの購入のほか、学生や職員たちを動員してね、金を持たせて日本全国の主要都市の書店を巡らせ買わせたんだ。その購入費、人件費、交通費、宿泊費などに加え、大々的に新聞広告キャンペーンをやったもんだから、ちょっぴり天文学的な金額を使っちゃったよ」 
石ヶ崎が説明すると
「さすがはお金持ち大学理事長のイッシー。これで大学の知名度が上がり、ゆくゆくは偏差値も格段にアップすること間違いなしさ。ところでもう十一月の半ばだけど、来年の受験生の出願状況はどう? グーンと増えたんじゃない?」
 牛坂が応じた。
「そうなんだよ、ウッシー。ネット出願も含めた願書の取り寄せ数が、例年の十倍近くに跳ね上がっているんだ。まだ開始して一か月なのに。そして、この一か月という期間は、あの本が十万部売れた期間とぴったり符合しているんだよ!」
「やったね、イッシー!」
「サンキュー、ウッシー!」
「ところでイッシー。きょう伺ったのは、以前からお願いしてきた採用の件なんだ」
「ああ。まだ空席になっている学長、それにこないだ海に流したやつの後任の事務長。この二つのポストについてだね」
「そう。僕が自信をもって推薦する優秀な二人の人材をご紹介するね。まず、こちらが江指友弘くん。僕の義弟で、外堀大学社会学部の教授を務めています。ぜひとも学長に!」
 紹介された江指がソファーから立ち上がり、石ヶ崎に礼をした。
「それと、こちらが押村明秀くん。江指くんと同じ外堀大学で事務長代理を務めています。ぜひとも事務長に!」
 押村が立ち上がり、石ヶ崎に礼をした。
「ねえ、イッシー。まだ気づいていないみたいだね」
 と、牛坂が言うと
「え? 気づいていないって、なにを?」
 と、石ヶ崎。
「こちらの江指くんは、エッシー。こちらの押村くんは、オッシーなんだよ」
「えっ……。ということは……」
「そうさ! きょうはいないけど足山くんを加えると、アッシー、イッシー、ウッシー、エッシー、オッシーの『あ行五人組』がついに完成! 僕らの小学校時代からの夢だった、五人組の勢揃いってわけなのさ!」
「な、な、なんと! もうすっかりあきらめていた『あ行五人組』が、六十四歳になって実現するとは! それも三人組から、四人組を飛びこえて、一気に五人組の完成形に至るとは! ウッシー、僕はなんとお礼を言えばいいんだ」
「お礼だなんて、水臭い。この二人を採用してくれるね?」
「もちろんさ! ようこそ、晴道学園大学へ!」

          

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