見出し画像

『約束』

あかん!
このままじゃ時間までに間に合わない!!

僕は大慌てでタラップを駆け下りる。
残り数段目で、お約束の様に足を踏み外し、

「すってーーーーーーん!」


尻から滑り落ちた。


痛いのなんの!
後ろで心配した乗組員が何やら声を掛けてくれている。


非常に恥ずかしい。しかも痛い。


しかし、痛みに構っている暇は無い!
速攻で体制を立て直し、僕はターミナルの通路を全力疾走した。

時刻は・・・?!

16時。という事は・・・

ご、午後4時だって?!


ま、マズい!!絶対に約束の時間に間に合わない!!

ロビーを駆け抜ける僕を、怪訝な顔で睨む施設スタッフの脇をすり抜け、正面入口より外へ飛び出すと・・・

世界は雪に包まれつつあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


火星より地球へ2年ぶりの帰還。

多少のダイヤの乱れは予測していたが、まさか半日近くのズレが出るなんて!!
まさに返金請求モノだが、まだ未完成の域を脱していない惑星間運行ビジネスだ。
今は大目にみるしか無いだろう・・・

・・・などと考えている場合ではなかった!
今はこの雪の中を、どう移動するか考えなくてはならない・・・。

僕が火星に行っている間に、地球ではエア・カーが移動の主流になっている筈なのだが・・・雪じゃ飛べないってどういう事だ?!

かと云って今や雪など殆ど降らないTOKYO・JAPAN。
この雪じゃどの交通機関も雪でOUTだ。

しかし思案に更ける余裕なども無い。
僕は降り頻る雪を肩に、頭に積もらせながら、必死に無い頭をフル回転させた。


「そうだ!!あの手があった!!」


僕は人影も疎らな宇宙港正面入口の脇にある、簡易公園の花壇に設置された横柵を二本、細い縦柵を二本、抜き取ると、広い柵の方を紐で足に括り付けスキーに、短い方の柵をポールに見たてた。


「オリンポス山での経験がモノをいうぜ!」


僕は高台に建設されている宇宙港より、雪の積もるなだらかな斜面を、颯爽と滑り始めた・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

1時間程滑ると、予測より遥かに早く彼女が住む街に帰って来る事が出来た。

それもこれも地上を走る自動車が殆ど無くなり、世界から渋滞が消え去った為だ。


「あった!!喫茶店プロミス」


彼女との約束の店へ来たのも2年ぶりか。


「からん。」


店のドアを開ける。


当然の様に店内に彼女の姿は無い。


「此処から彼女のアパートまでは1時間か」


僕は身を翻しポールを雪に刺すと、まだ雪の降り頻る街の中を、彼女のアパート目指し滑り始めた。

胸のポケットの中には、火星開拓で使用している『フラワーシード』のカプセルが入っている。
これを地面に叩き付けて取り出せば花束の代わりになるだろう。

あと少しで彼女のアパートに到着だ!
早く逢いたい!!

待たせてしまって本当に御免なさい・・・

やっと約束が果たせるよ・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

『約束』 中川翔子

作詞・松本隆

作曲・筒美京平

による、シングル『綺麗・ア・ラ・モード』収録の、これまた名曲です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?