嫁の足音にドキドキするオレ

今日はオレの番のはずだ。

昨日と一昨日は嫁の番だった。

風呂上がりの洗面所で、髪を乾かしながらドライヤーの轟音の中に嫁の足音がないか常に伺っている。

今んとこ大丈夫だ。

今日は妻がご飯担当で、保育園の迎えもやり、風呂も寝かしつけも行っている。

俺は夕食後の食器の片付け。

昨日と一昨日は逆だった。

在宅ワークは、ラクだが業務後の家事や育児がついて回るからそれが大変だ。

とにかく子供2人を風呂に入れてタオルで拭いて、ドライヤーで髪を乾かしてやるのはホトホト疲れる。

可愛いよ。

可愛いけど精神的にはまいることも多い。

逃げるし、暴れるし、ケンカするし。

特に上の娘は髪の毛が長いから乾かす時間もひときわ長い。

少しでも毛先が濡れていようもんなら、嫁の指摘が入る。

「まだ濡れてんだけど」

ウッ。

ハイハイ、分かりました。

娘はすでに目の前から逃げて向こうでおもちゃと戯れている。

呼び戻して、またドライヤーのスイッチを入れる。

下の息子は、呼んでも当然来ない。

3歳児は自由だ。フリーダムだ。

彼は無力だが、無敵だ。

誰にも縛られない。

人間の皮を身にまとったモンスターだと認識した方が良い。

こちらからドライヤーを持って行って髪を乾かさないといけない。

逃げる。

コードが届かない。

ハァ。

さらに逃げる息子をつかまえて、ドライヤーをかける。

暴れ回り、意味不明な言動をしている息子の髪を35秒で乾燥させる。

短髪だからなせる業だ。

娘の10分の1くらいの時間だ。

ここまでで精神はグッタリ。

だが、今日は違う。

今日は風呂上がり後のリビングはオレの支配下にある。

嫁も子供2人も寝静まっているはずだ。

嫁が起きてこない限り。

大丈夫。今日は仕事で疲れたからすぐ眠れそうって話してた。

ドライヤーで髪を乾かした後、洗面所から移動する。

育児の喧騒から一転、静まり返ったリビングに移動して、少しふかふかの白いフロアマットの上で足を伸ばしてストレッチをする。

至福の時間の一つだ。

あー、今日も一日終わったな。

だが、足音が聞こえる。

え、嫁ちゃん寝てねーのかよ。

ドキドキするオレ。

胸の高鳴りが聞こえているのがわかる。

ドキがムネムネしている。

今日はよく眠れそーって言ってたじゃねぇか。

大丈夫。

上の階の住人の微かな物音だった。

ふー。

胸を撫でおろすオレ。

今日はオレのリビングだぞ。

この空間は誰にも邪魔されたくない。

この静かでゆっくり流れる就寝前のひと時。

明日への活路を見出すための至福のひととき。

充電タイム。

ガラガラガラ。

！！！！！！！！

まじか。。

ガチャッ。

嫁だ。

「Amazonビデオ観ていい？」

終わった。

ブルータスお前もか、の時のカエサルの感情に似ていそうだ。

もう力が湧かない。

明日への活路を閉ざされた男の終末期、フロアマットに横たわるクッションから重い腰を上げて尻すぼみに去っていく。