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「いい部屋ってなんだろう」

僕が初めて東京に出てきたのは21歳の春だ。
親戚の家の二階が空いていたので間借りをさせてもらうことになった。でっかいザックに荷物を詰め込んで、片手にはCDデッキ、もう片方にはポットを持って、それだけの荷物で上京をした。

中央線阿佐ヶ谷駅から徒歩15分。お世辞にも綺麗とは言えないその家の外観は、もはや築何年かもわからないほどに古びていた。だが、文句は言えない。家賃は光熱費込みの3万円。そんな家賃で住めるところは東京にはない。感謝こそしても不満なんかを言えばバチが当たってしまう。

しかし住んでみて思った。

「……にしてもこの家、古過ぎるな」

まず雨漏りがするので、バケツや風呂桶で雨水を溜める。一階の風呂場はなめくじの巣になっていたし、廊下は床板が湿気で腐っていたので静かに歩かないといけなかった。それでも二度は踏み抜いたが。
隙間風がすごくて、窓を閉めているのにカーテンが風でたなびいていた。あと強風で家が揺れる。
夏は西陽が差し込み灼熱地獄のように暑くなり、冬は家の中で氷が張るくらい寒かった。玄関を出ると外の方が暖かく感じてしまうくらいだ。厳冬に耐えきれずスーパーでダンボールを貰ってきて、壁と窓にガムテープで貼り付け、ほぼ日光が差さないその部屋で冬を越した年もあった。

住む所にこだわりのない人が
「屋根さえあって、雨風さえ凌げればいい」
なんてセリフを言うことがあるが、僕の住んでた家は屋根はあるけど、雨風は凌げていなかった。ほぼ屋根だけある家といっても過言ではないのだ。
当然お金もなかったので貧乏を極めたような生活を送っていたのだが、そんな家にも友達は遊びに来てくれて、十人中十人が「よくこの家に住めるね!」と褒めてくれた。

住めば都という言葉があるが、どんなところに住んでいても、工夫をすれば生活は楽しくなる。

リサイクルショップで冷蔵庫を5,000円で買ってきて、一人で二階に引っ張り上げたり、15インチのテレビは1,500円で探してきて、めちゃくちゃ良い買い物をした気分になっていたりした。その頃はいかに安い物を探すかが趣味になっていた。
毎日モヤシを茹でてごま油と塩胡椒をふりかけて食べていたときも、途中から「モヤシだけで人はどのくらい生きていけるのか!?」というチャレンジに切り替えて楽しんだ。月に食費を1万円に抑えるために遠くにある安いスーパーまで自転車を走らせたこともある。

夏、エアコンのない僕の部屋で飲み会をやっていたときに友達が「この部屋めちゃくちゃ暑いからビールがうまく感じるわ!!」と言い出して、「たしかにその通りだな!ガハハ!」と笑いながら、汗だくでビールを飲んだ。
冬は凍てつく寒さのなか、暖房器具はコタツだけという状況で鍋パーティーをやりながら「こりゃ〜あったまるね。しかし背中がめちゃ寒い」と言ってみんなで笑っていた。

21歳の、あの頃にしかできない生活を僕はしていた。周りの友達もみんなお金はなかったけど、僕の家に遊びにきて楽しんでいた。

そんな感じで東京で生活をはじめて、その後の独身生活を阿佐ヶ谷で過ごしたのだけど、結婚をして引越すことになる。
最初の東京での生活は、阿佐ヶ谷のぼろ家で始まったので、その後は生活水準が上がるしかなかった。
結婚して引越したのは中村橋のアパート。ごく普通のアパートだったけど、僕にとってはめちゃくちゃ最高の部屋だ。雨漏りしない! 窓はちゃんと閉まる! 隙間風も吹かないし、エアコンはよく冷える! 床は踏み抜かないように気をつけて歩く必要もない!


1LDKのなんの特徴もない細長い間取りだったが、家に帰るのが楽しかった。
普通の人にとっての当たり前は、僕にはなかなか手の届かないものだったので、新しい部屋にいちいち感動していたのをよく覚えている。
「こうやって人生ってステップアップしていくんだな〜」と自分のサクセスストーリーを思い描いていた。

春になって新天地で生活を始めた人も多いと思う。その中には僕がかつて住んでいた様な、到底快適とは言えない部屋に住む人もいるだろう。しかし住めば都。心の持ち様でその部屋はきっと楽しく、思い出深いものになるはずだ。

逆に生活がステップアップした人もいると思う。前から欲しいと思っていた高いソファーを手に入れて、そのソファーでくつろぎながら飲む珈琲は最高の味のはずだ。
4月には色んな人の新しい生活が、新しい部屋で始まる。思い出がその部屋で作られるのだ。
僕がいままで住んできた部屋を思い返すと、どこもいい部屋だったし、思い出が詰まっている。
いい部屋の条件というのは、結局はその場所で、住むその人がどう楽しんでいくかだと思う。
僕も今春から新しい土地での生活が始まったのだが、思い出をたくさん作って、いい部屋にしていきたい。

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