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『ゆあと恋する7日間!?〜はちゃめちゃ酩酊ラブハリケーン!!〜』第一話


ー雨は好きだ。
街角で目からこぼれ落ちる誰かの涙を、誤魔化してくれるから。

僕はご。
ただのサラリーマン。
昔こそは、夢を持ち、素敵な人間になろうと、西へ東へ、手のなる方へ、歌を歌いに行っては、バンド仲間と夜を明かした。
それが今じゃ27歳。世間で言われるアラサー世代。30の大台を目の前に、ただ、生きることにしがみつくことに決めた、そんな面白みのない人間だ。

大人になるってことは、誰かに求められない悲しみに、慣れていくことだと知った。
痛みに鈍感になり、人の顔色に敏感になる。
それを経て、『立派な大人』の仲間入りをするのだと知ったのは、つい最近のことだ。

水たまりを拒むように、すり減った革靴は音も立てず、ただ帰路を進んでいく。

何もない家、コンビニのカップ麺を置くだけの台所、座りもしないソファに、僕の形を記憶したベッド。この部屋が、僕を閉じ込めているようで、夜になると籠から飛び立とうとする鳥のように、呻くように泣く日々だった。

ー昨日の大雨もうそのように空は雲ひとつない快晴だった。
人は日光を浴びる事が一番大事と、昔テレビで見た事があるが、僕は太陽が嫌いだった。
誰かに照らされるのを待つ、そんな月のような僕と対照的に、1人で輝いて見えるそいつに、誰が元気を貰えるというのだ。
そんなことを考えながら、今日も昨日コンビニで買った20円引きのおにぎりで腹を満たし、会社へと向かう。

駅から歩く15分の時間。この時間が何よりも嫌いだ。
駅前では、死んだ目をした僕と同じ類の人間と、夢に満ち満ち溢れた目をする学生たち。
昔は僕もそっちにいたなぁなんて考えながら、一人、また一人と、こちら側にくるのを待っているような。そんな異様な光景が、嫌だった。

どてーーーーーーん。

まるで、少女漫画から飛び出してきたような軽快な効果音が僕の耳に響く、ふと足元に目をやると、何かの衣装?を見にまとった少女が、手を伸ばし、顔面から地面にダイブしていた。

『イテテテテ…(ノ_<)』

顔を上げた少女と目が合った。

僕は床に散らばったA4用紙に手書きのコピーを拾うのを手伝っていた。

『ありがとうございますお兄さん!』

お兄さんなどと呼ばれる年齢でもないのだが、と思いながら拾ったそれを手渡す。

『みす…と…れす…?』

そのビラに書いてあった英単語をそのまま口にした。

『はいっ!!!私っ!ここの!新メンバーでっ!
ゆあって名前なんです!』

立ち上がった彼女は、自慢げに、それでいて謙虚に、僕を見て言った。

『太陽だ…。』

まだ腰を上げない僕と、僕の大嫌いな太陽の間に立つ彼女は、昔憧れたあのバンドマンのステージ照明のように、後光に照らされ、ずっと主役だと思っていた太陽さえ、脇役に成り下がるくらい、輝いて見えた。

『たいようですか…?』

困惑する彼女。

『いやっ、ごめんごめん。なんでもない。
アイドルさんか、なにかかな?頑張って。』

そそくさと立ち去ろうとする僕を遮るように

『お兄さん!優しい顔してますねっ!
よかったらコレっ!どうぞ!』

そう手渡されたのは、先ほどのビラ。
そこには、ライブ日程がずっしりと書いてあった。

『へえ、こんな毎日ライブしてるの?すごい。』

そういえば、こんなに人と話したのは、いつぶりだろうか。

『えへへっ。はいっ!』

にへらっと、笑って見せる彼女。
僕の中で、何かが響く音がする。
若い頃の自分から欠如した何かが、
彼女によって、燃え滾るのがわかる。
鼓動が早くなり、BPMは220を超えた。

『あのっ。』

笑顔で立ち去ろうとする彼女に、今度は僕が声をかけていた。

『今夜!見に行きます!っと、なんか、チケットとか…』

僕らしくもなく、声が裏返り、得意な愛想笑いもできていなかったのがわかる。

『本当ですかっ!!!やったぁ…。このライブハウスに来てくれたら、受付でmistressでって言ってください!待ってますから!!』

そういって、今度こそ、笑顔で人混みに消えていく彼女。

『ゆあ…ちゃん…かぁ…。』

まだ止まらない胸の鼓動で、物語に登場しないはずだった僕を、舞台に上げるのがわかった。

これは、脇役の僕が、主役の隣を生きる、そんな7日間の物語。


つづく…

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