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眠目り汰はゆっくり眠りたい。


私は眠目り汰。
周りからはり汰ちゃんと呼ばれている、ただの女子高生だ。

『ふぁ〜あ。』

今日も眠たい目をこすりながら、気だるげに目覚める。

ー窓からは朝の日差しが差し込み、小鳥たちが私の朝を祝福している。

そんな物語の中のお姫様みたいな劇的な朝は私にはやってこない。

ただ、毎日を消費して、何者にもなれない自分の無力さを痛感する日々だ。

『り汰!!いつまで寝てるの!
学校行きなさい!また遅刻だよ!』

『り汰さん。また、赤点…。
この後職員室に来なさい。』

『り汰さん…。また赤点だって。
顔は可愛いのに、もったいないわね…。』


私は、生まれる世界を間違えたんだ。
この世界では私は主人公にはなれない。
そんなことを痛感する日々だ。


『でも、り汰ちゃんは負けないのでした。』
そう自分で口にして、夢の中へ。
惰眠を貪る私は夢の中では何にでもなれる。
ある時は、パティシエに。またある時は、総理大臣。ある時は、お城で暮らすお姫様。
夢の中では誰も私を叱ったりしない。
鈍臭い私のどんくささも、この世界では全て
『可愛い』に変わる魔法がかかってる。
『ずっと夢の中にいられたらいいのに。』
毎日夢の中の私は言う。
夢を夢であると認識しながら見る夢を『明晰夢』と言うらしい。
私の中の私が言う。
『夢を夢として認識してまで、この世界に逃げ込む私は、ただ、現実を受け入れられず、現実逃避しているだけだよ。』と。
夢にまで、現実が蝕んでいく。
この世界はいつか、私の思い通りではなくなり、
壊れてしまうことを、私だけが知っている。

ーまた目が覚めて、日常に変わる。
『り汰さん、また遅刻ですか。』
廊下をすれ違った先生が言う。何も変わらない日常。

『り…り汰ちゃん!』
聞き馴染みのない声。でも、わかる。
この声は私の敵ではないこと。

振り向くとそこには、見たことのない女の子が立っていた。
『あっ、私…、隣のクラスの!
知らないかな…?に…ニア!ニアって言うの!』
なぜ私に声をかけたのか分からず、ただ呆然としていると、
『その!そのキーホルダー!
有名なアイドルの!やつ!あっ…、違う…?』
私は弟がくれたキーホルダーに目をやる。
『これ、欲しいの?』私が問う。
『ち…違くて!アイドル…その…興味あるのかなって…。』
ああ、これは弟にもらったんだ。
そう言おうとすると、
『この学校!あんまり趣味の合う人いないから!
ねえ!放課後、時間ないかな!!』
あまりにキラキラした目で、私を見つめるニアさんに、私は何も言えずただ、頷いた。
『あっ…、やった!ありがとう!また…ね!』
そう言って、彼女は自分のクラスに戻って行った。

ー放課後

私は呼び出された誰もいない教室に向かう。
『来てくれて、ありがとう!』
ニアちゃんが続ける。
『その、、、文化祭!文化祭で!
私とアイドル…!やらない!?』
『えっ…??』
私は唖然としていた。
アイドル。それは今まで全く触れてこなかったものだった。弟が熱狂しているのを、何がいいんだか分からずに、ただ見ていたから。
『ごめんね。私じゃない人を探して。』
そう冷たくきっぱりと断った。
私は、私の今に忙しい。
今だって、帰って勉強をしないと、また赤点を取って叱られてしまう。
もうこれ以上、誰かに叱られたくはないんだ。
『そっか…ごめんね…。ありがとう…。』
ニアちゃんが悲しそうな目をしている。
キラキラした瞳を涙で濡らしてしまった罪悪感が、私の心を侵食する。
『文化祭は出れないけど…。声かけてくれたのは、嬉しいから…。友達になろう?』
意外だった。私からこんな言葉が出るなんて。
ニアちゃんは、泣いていた顔をばっとあげて、
嬉しそうな顔で言った。
『じゃあさ!!じゃあさ!今から!
ライブに行こうよ!!』
私はまるで台風のような子と友達になってしまったのだと、少し後悔をしたまま、ライブハウスに向かうことになった。


ーガチャリ。
重いドアを開けた向こうには、嗅いだことのないタバコの匂いと、アルコールの匂い。
日常会話もままならないような、大音量の音楽と、人の声。今すぐ帰りたい汚い空間がそこにはあった。
『君!かわいいね!どこのオタクなの!?』
『まじもんのJK!?ガチぃ…!?』
『ねえ!LINE教えてよ!』
話したこともない男たちが次々に話しかけてくる。
全員牢屋の中に入っていても、おかしくないレベルだ。

『こっちだ!』

そんな人たちを避けてニアちゃんが私の手を引いていく。女性専用ゾーンについてほっと胸を撫で下ろす私を見てニアちゃんが笑った。
『り汰ちゃんて、学校だと、静かなイメージあるけど、あんなに表情豊かなんだね!!』
久しぶりに誰かに褒められた気がして、少し嬉しかったのを覚えている。

ー照明が落ちる。
聞いたことのない量の歓声が上がる。
真っ暗のステージに、音が鳴る。
ライトでステージが照らされて、その中から、きっと私と変わらないくらいの年、変わらないくらいの背丈の女の子2人が登場した。
汚く見えたその場所は、灯りで照らされた舞踏会のように見えた。
怖かった男の人たちを魅了して飼い慣らしているかのようなパフォーマンス。

『お姫様…だ。』

私が夢見たものはここにあったんだ。
きっと、今日この日、ここで、この感動に出会うために、私は生まれてきたのだ。
私の夢を現実が蝕んでいたのを、嘲笑うようにして、現実に夢が混じり始める。
ステージから差し伸べられた手を取るように、私がそのアイドルを見つめていると、ニアちゃんが私に耳打ちした。
『り汰ちゃん、アイドル、やらない?』

私は脈が早くなるのを感じながら、小さくうなづいた。

ーその日は熱が冷めやらぬまま、初めて眠りにつけなかった。あの場所に私は立つ。そのために生まれてきた。何度も反芻した。

『り汰!!学校!!って…。
あら?もういないの?』

私は久しぶりに遅刻をせずに学校に向かっていた。
学校に着くなり隣のクラスに走る。
こんなにも踵が地面を蹴る感触を感じたのも初めてだった。
ニアちゃんを見つけて、
『ニアちゃん!!やろう!アイドル!
私!アイドルになる!!』と伝えた。

ニアちゃんは笑顔で、
『嬉しい。じゃあ、メンバーに会いに行こう。』
てっきり、2人だと思っていた私は少しがっかりした。
私に取ってアイドルは、昨日見た2人。
2人が良かったと思っていた。

ーガラッ。
『ニアー!いたいた…。
この子が昨日のね…。』

私は愕然とした。

『紹介するね!昨日ステージに立ってた2人と、私たちでアイドルをやるの。』

『どーも。黎鮫です。ワナって呼んでね。
可愛いお嬢ちゃん。』

『私は…ロゼ…。神代ロゼ。
よろしく。』

こんなにも、憧れと再開するのが早いとは、
私の人生は加速していく。

ーーーー4年後。

『初めまして。眠目り汰です。
り汰ちゃんって呼んでください。』
私は彼女たちとステージに立ち続け、
ジエメイというアイドルとして、
Zepp名古屋というステージでライブをしていた。ファンの総称は眠り隊。私が何より愛しい存在だ。

あの日から夢は覚めぬまま。
最高の日々を送り続けている。

『ああ、今日もゆっくり眠れそう。』

そう呟く私のそばで、ニアちゃんが今日も笑ってくれていた。



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