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『ゆあと恋する7日間!?〜はちゃめちゃ酩酊ラブハリケーン!!〜』第二話


ー昨日の出来事が嘘のように。
僕は当たり前の日常に戻っていた。

『おはようございます!』
後輩のつきのちゃんは今日も元気に挨拶をしてくれる。今年の4月に入社してきた期待のホープ。
噂では、社長の娘だなんて話もあり、出世コースまっしぐらなんだろうな。
いいよな、そっち側の人間は。
こっちの日陰側の人間の気持ちなんて、わかるはずもない。

『太陽のような子だったな。』
思わず口にしてハッとする。

『え!?太陽ですか!?私が!?』
つきのちゃんが嬉しそうに僕の顔を覗き込んでくる。
そもそも、なんでその髪色で働いてられるんだよ。と思いながら首を横に振る。

『なーんだ、やっと私のこと、気になってくれたかと思ったのになー』
頬を膨らまして見せるつきのちゃん。
可愛いところもあるもんだなぁ。と膨れた頬を見つめていた。

始業のベルがなり、各々が席につき、業務を始める。
意味のあるような無いような、事業計画の文字列に向かい、ただ、生産性の感じない町おこしの発案に目を向ける。
その中の一際杜撰な事業計画が目に入った。
『都会を明るく元気に、アイドルがあなたの生活をハッピーにします!』
元気なタイトルとは裏腹に、まるで中身のない効果検証も乏しい事業内容だったが、原案者の欄に目が止まる。
『mistress…ゆあ??』
その声に反応したのは意外な人物だった。
『えっ!!?えっ!!?みすとれすって言いました!?なんでそのこと!え!!』
つきのちゃんがパニックになりながら駆け寄ってきた。そして僕の耳元でこう続けた。

『私がアイドル活動してること、絶対に父には言わないでください!いいですか?絶対にですよ?』

僕の頭にハテナが浮かんだ。

ふと、昨日ゆあちゃんから受け取った手書きのビラに目を向ける。そこのメンバーの欄には、ゆあの名前の後に続けて、つきのと言う名前が。

『このつきのって…つきのちゃんなの!?』

『しーーー!声が大きいです!』
僕を静止するつきのちゃん。

まさかこんなことがあるなんて、と、その日は仕事が手につかなかった。

そして、終業のベルがなる。

各々が帰路に向かう中、久しぶりの定時上がりを決めた僕は、ゆあちゃんの待つ、いや、ゆあちゃんと、後輩のつきのちゃんの待つ、ライブハウスへと向かっていた。

ライブハウスなんていつぶりだろうか。
20代前半の頃は、自分のバンドで、よくライブハウスに行っては、歌を歌い、覚えたての酒に飲まされ、朝になって帰路に着くなんて、バカなこともしていたが、もう遠い昔のようだ。

そんなことを考えていると、目的地についた。

『久しぶりだな。RADHALL。ただいま。』

そんな気恥ずかしいセリフを吐いた自分に寒気がしたが、気にせず中に入った。

『チケット代とドリンク代、合わせて1600円でーす。』
気だるげな、受付の女の子の声に、どこか聞き覚えがあった。
『もしかして…ひとち…?』

『えっ!ごろりびじょんじゃん!』
先ほどまで気だるそうに話していた目に命が吹き込まれたかのように感じた。

『え、何見にきたの?』
そう聞かれ、mistressと答えると。
『え!うちの所属のアイドルだよ!』
と答えるひとち。
『へえ〜そんな縁もあるんだなぁ。』
と感心している自分に、
ああ、歳をとったんだなぁと気づいてしまうのが嫌で、そそくさとフロアの中に入っていった。

人のまばらなライブハウス。
あの頃の自分たちのライブを何もかもが思い出させてくる。
忘れたかったことも、全て思い出させる。
あの日の果たせなかった約束も、親友が階段から落ちていなくなったあの夜も、また救えなかったあの朝も、自販機の裏隠れて吸っていたタバコの味も、金曜夜に君と見た映画も、全てを。

このライブが終わった後には、何か変わるだろうか?何も変わらない。
僕は何をしにきたんだ。
急に、バカらしくなって、走って階段を駆け上がり、僕は家に帰ることを決めた。

その時だった。
『あのっ!!!きてくれたんですか!!?』
その声にハッと振り返る。

『ゆあ…ちゃん。』

『なんで、帰っちゃうんですか。せっかく、来てくれたのに。』

違うんだ。なぜか君には、見られたく無いんだ、情けないこんな僕を。太陽のような君には。

『日陰の…。日陰の人間なんだ。僕は。
照らされることを待ちながらも、ずっと、ずっと、その場所からは動かずに、ただ、夜が来るのを待っている。そんな暗い暗い世界に生きている。こんな僕が、君みたいな人に、出会っていいはずが、無いんだよ。』

本音だった。どうしようもない人間の、どうしようもない本当だった。

『ふふふ…。面白い人ですね。』

ゆあちゃんは笑ってた。僕が不思議そうにしていると。

『だって、ほら。今日、その足で、私の元に来てくれたじゃないですか。だから、あなたは日陰の人なんかじゃないんです。私を太陽だと思ってくれるなら、私はもっともーーっと輝いて、日陰なんて無くなっちゃうくらいに、みんなをハッピーにしたいんですよ!!だから、ライブ、見てってくださいっ!』

『あなたの生活を、、、ハッピーにします…か。』
そう溢した僕に、

『えっ!なんでそのキャッチフレーズを知ってるんですか!!?ええ!!?』
驚くゆあちゃん。

僕はライブハウスのフロアに戻ることにした。
このライブが終わった後には、何か変わるだろうか。きっと変わらない。ただ、君と出会えたこと以外の変化は、今の僕に必要なさそうだと、そう思った。

フロアに入る前に、受付で
『再入場600円でーす。』
と不敵に笑うひとちをかわして、
僕はフロアに戻った。

そうしていると、ライブの開始を告げるSEが会場に流れ始めた。


つづく…。

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