S-TIH53とS-TIH53Wの違いは
グーグル検索のサジェストでそんなワードが出てきました。
日常生活には何の役にも立たない非常にニッチな情報なのですが、サジェストに出てくるということは少なくない回数の検索が行われているのでしょう。誰がそんなに大量に検索しているのか不思議ですね(自分ではありません
S-TIH53とは?
S-TIH53およびS-TIH53Wはオハラ社が販売する光学ガラスの型名であり商品名です。このガラス品種は典型的な高屈折率高分散(小アッベ数)ガラス品種で、屈折率はnd=1.847、アッベ数はvd=23.8です。
アッベ図で示すと、左端に近い位置にあります。
オハラの命名則では「TI」はチタン(元素記号Ti)の酸化物を主成分として含んだ光学ガラスを意味し、「TIH」の「H」はTI系ガラスの中で高屈折率(High)のものという意味です。
TI系ガラス
オハラのTI系ガラス(品種名TIL,TIM,TIH)を抜き出すと図のようになります。ほぼ一つの曲線の上に並んでいます。TI系ガラス内部での品種の違いは基本的には酸化チタン濃度の違いに基づいており、酸化チタンの濃度が増えると規則的に屈折率が上昇しアッベ数が低下するので、図では左上がりの系列になります。そして左にある品種ほど高濃度のチタンを含んでいることになります。
この系列におけるS-TIH53の位置を示すと、二番目に高屈折率の品種ということになります
S-TIH53より高屈折率の品種が一つありますが、この品種S-TIH57は通常のTI系ガラスと異なる組成を持つもので、2017年になって登場した品種です。
つまりS-TIH53はオリジナルのTI系ガラスの中では高屈折率高分散(小アッベ数)の端点にある品種です。
これはTIH53は高い濃度で酸化チタンを含んだ組成を持つことを示します。このようなチタンを高濃度で含むガラスは「可視光の透過性が悪い」「ガラス化の安定性が低い」といった問題を抱えます。S-TIH53はそれらの問題が顕在化するぎりぎりまでチタン能地を高めて高屈折率高分散化した品種です。TI系ガラスでTIH53に次いで高屈折率なTIH6は、TIH53より透過性やガラス化の安定性が高く大サイズのガラスブロックでも製作可能で安価なことから、ぎりぎりまで高屈折率高分散を突き詰める必要がない場合はS-TIH6の方が選択されることもあります。
S-TIH53Wとは?
TIH53WはTIH53の大きな欠点の一つであった透過性について改善した品種です。
透過率の改善は溶融中の処理の改善によるもので、組成に変更はなく、透過率以外の特性は同一です。
硝子の透過性は溶融ガラスに含まれる微量の不純物や生成物に強く影響されるため、それらを制御することで同一組成のまま透過率を改善できます
例えばチタンは酸化数4の酸化チタン$${TiO_2}$$として原料に導入され、ガラス中では4価陽イオン$${Ti^{4+}}$$の状態で存在します。これが溶融中に、他の原料やるつぼ、不純物との間の反応で3価イオンに変化する場合があります。3価チタン陽イオンは可視光領域に強い吸収を持つため、微量であっても3価チタンイオンが生成してしまうとその量に応じてガラスの透過率が減少するようになってしまいます。同様の事例はチタン以外の金属イオンにも見られます。また、原料に含まれる不純物の中にも少量であっても顕著な着色を引き起こすものもあります。
このようにガラスの透過率は、意図せずにガラスに混入する微量成分に強く影響されるため、それらの成分を抑制することで透過率は大きく改善します。ほかの特性は微量成分にはほとんど影響されずに、主要成分によって決まるので、透過率の向上対策をしたガラスは通例、透過率だけが異なり他の特性が同一というものになります。
tih53wとtih53の分光透過率です。
波長400-800nmが可視光の範囲です。
長波長(赤外線)側については波長2000nmを超えると徐々に透過率が低下しますが、可視光範囲への影響はなさそうです
短波長の領域を拡大すると、S-TIH53は波長400nm付近で透過率の低下が起きており、紫外線領域では不透明です。そして紫外線領域での透過率の低下が波長400nm以上の可視光の領域にまで波及しており、可視光領域でのカラーバランスの悪化や光量の低下が生じていることがわかります。S-TIH53Wでは400nm付近で透過率が急落するのは同じですが、波長400-500nmの領域での透過率がtih53よりもある程度改善されていることがわかります。
可視光の範囲(400-800nm)を抜き出すと短波長端で透過率の低下が起きていること。それがTIH53Wでは改善していることが分かります
オハラの透過率改善品種は2つがあります
S-TIH53/S-TIH53W
S-NPH1/S-NPH1W
HOYA社でも同様に透過率改善品種が開発されています。HOYAの命名則では「-W」が付いている品種が透過率改善品種になります。一見オハラに似ていますが「W」の前にハイフンが入るという違いがあります。
HOYAはかつて、透過率があまり高くない品種でも積極的に製品化してきたこともあり、透過率改善品種が大量に存在しています。
FDS16/FDS16-W
FDS18/FDS18-W
FDS20/FDS20-W
FDS24/FDS24-W
E-FDS1/E-FDS1-W
FD90/FD90-W
TAFD40/TAFD40-W
TAFD55/TAFD55-W
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