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紫外線とガラス

紫外線とは

紫外線は、電磁波のうち波長が可視光より短くX線より長いもののことです。具体的には波長10-400ナノメートル (=nm) 程度の電磁波を指し、最も短いものと長いものでは波長には40倍の違いがあります。これは可視光の範囲が、400-800nmと比較的狭い(最長÷最短が2.0程度)ことと対照的です。

この広い波長範囲のため、全ての紫外線を紫外線と一括りにしていたのではわけのわからないことになります。
例えば「紫外線は人体に有害」と言いますが、これは波長300nm以下の紫外線(UV-C)について言えることで、波長300-400nm程度のものはほとんど実害はありません


紫外線は、波長の長い(可視光に近い)方から

UV-A (320-400nm
UV-B(280-320nm
UV-C(100-280nm
真空紫外線(10-200nm, UV-Cと一部重複する
極端紫外線(10-100nm, 真空紫外線と重複する

というように分類されます。分類名や境界波長は様々あり、統一はされていません。結論から言えば可視光用の光学ガラスはUV-Aまでならある程度透過します。UV-Bを透過できるかどうかは品種によります。UV-C以下の短波の領域になるとガラスでは全然透過できなくなり、合成石英などの特殊素材が必要になります

可視光と紫外線の境界

可視光と紫外線の境界はあいまいです。
可視光を文字通り「人間の視覚で感知できる波長の電磁波」と定義するなら、その境界は曖昧にならざるを得ません。まず第一に色の見え方は個人差が大きい上に、視細胞の特性は「ある波長を境に見える/見えない」というような類のものではなく、波長が短くなるにつれ徐々に感度が低下していくというものだからです。

一般的なアクロマート(色消し)設計の可視光用光学系では設計上の「青色」の基準として使われるのは「F線」という波長486nmの光線です。アポクロマート設計ではこれに加えて「g線」 という、水銀灯などから放射される、紫外線に近い波長436nmの光線を設計波長に加えることでアクロマートよりも広波長に及ぶ高度な色収差の補正を行います。

そのため光学設計上の可視光と紫外線の境界は436~486nmということができます。

よく言われる400nmという境界は、人間の視細胞の限界に近く、なおかつキリの良い数字ということで使われているようです。

ガラスの紫外線透過性

ガラスの主成分となる二酸化ケイ素$${SiO_2}$$は波長151~162nmより短い電磁波を吸収するといわれています[1]。実際のガラスでは、必要な特性を得るためにケイ素の他にもさまざまな酸化物が加えられます。その中にはより長い波長での吸収を示すものも多く、そのため波長151~162nmというのは「最良値」とみなすべきもので、実際のガラスはこれよりも透過性が悪く(=透過波長が長く)なります。

例えば代表的な低屈折率低分散ガラス(広義のクラウンガラス)であるオハラS-BSL7では、試料厚さ10mmの場合で、波長290nmにおける透過率は8%しかありません。S-BSL7は比較的紫外線透過率に優れる品種で、大半の光学ガラスは程度の差こそあれ、S-BSL7よりも透過率が低くなります。そのため、波長およそ300nm以下の紫外線はガラスではほぼ扱えないということになります。

S-BSL7の分光透過率をグラフにすると下の図のようになります。可視光の範囲ではほぼ100%に近い透過率を有しますが、紫外線領域と赤外線領域には吸収があり、透過率が低下しています。その低下の仕方は紫外と赤外でかなり非対称です。紫外線領域ではある波長(ここでは300nm)を境に透過率が急激に低下しています。赤外線(長波長)領域では広い波長範囲の間で緩やかに透過率が低下していく特性になっています。透過率の悪いガラスでは、紫外線側の吸収が可視光の短波長領域にまで及ぶものもあり、ガラスの着色として問題になります。一方で赤外側の吸収は紫外側の吸収より格段に穏やかなので赤外の吸収が可視光赤色領域に及んで問題を引き起こすことはあまりありません。

また、ケイ酸塩ガラス以外では五酸化二りん$${{P_2O_5}}$$や三酸化二ホウ素$${{B_2O_3}}$$がガラス化に必要なガラス構成酸化物として使われますが、これらも二酸化ケイ素と同様に150nm付近以下の波長で強い吸収を示します[1]。そのためホウ酸塩やリン酸塩系ガラスであってもケイ酸塩ガラスと同様に150-200nm程度が透過可能な波長の下限となります。

上で例に挙げたS-BSL7は透過率が良好な品種ですが透過率の悪い品種では短波長側の吸収領域が波長400nm以上の可視光領域にまで及びます。下の図では透過率の悪い品種の例としてS-TIH53を挙げています


5%透過波長

波長ごとの透過率(分光透過率)が詳しく記載されていますが、この記載だけでは詳細に過ぎて取り扱いが不便なので
「波長の短い側から透過率を調べていったとき最初に透過率5%を上回る波長」という形で指標化された透過率が「着色度」としてカタログに併記されています[3]。

これは本来は可視光青色光領域の透過率の指標ですが、紫外線透過率の指標にもなります。この$${λ_5}$$を「実用的に透過可能な波長の下限」とみなしてどの波長まで透過可能なのかを見ていきます。透過率5%では使い物にならなさそうですが、これはあくまで厚さ10mmのガラス板について測定されたもので、ガラスが薄ければ透過率は良くなるのでこの$${λ_5}$$を目安として使います。
オハラの全てのガラス品種はλ5の波長は400nm以下でした。λ5が大きいガラスほど透過率が悪いことになります。λ5が400nmに近いガラスでは、可視光の青色端で吸収が生じているということなので黄褐色に着色し、カラーバラ
ンスの悪化や光量の低下などの実用上の支障が生じてきます。

下の図はオハラの品種について屈折率を横軸に、5%透過波長を縦軸にとったグラフです。屈折率の高いガラスほど透過率が悪い傾向があることがわかります低屈折率のガラスではλ5が320以下すなわち、UV-A(320-400nm)の全域で透過可能な品種が多くありますが屈折率1.9以上の高屈折率ガラスではそのような品種が一つもなくなることが分かります。またλ5は最小でも265nmで、UV-C(10--280nm)領域の紫外線を実用的なレベルで透過できるガラスはほとんど存在しません。

上の図にし紫外線・可視光の波長範囲を重ねると下の図のようになります。


紫外線用光学材料

特殊材料の中にはより短い波長まで扱えるものもあります

溶融シリカ(合成石英)はほぼ純粋な二酸化ケイ素がガラス状になったものなので、多成分の酸化物からなるガラスよりも紫外線透過能に優れ、前述の二酸化ケイ素の吸収h波長である波長160nmあたりまで透過が可能です。

また、結晶性のフッ化カルシウム$${CaF_2}$$(蛍石)も150nm付近まで紫外線を透過でき[2]、合成石英と同様に紫外線光学系に利用されることがあります。

他にもフツリン酸塩系のガラス(いわゆるEDガラス)の中には蛍石に近い紫外線透過能を持つものもあります。

100年前の話

古い特許文献をあさっていると、紫外線透過ガラスの開発で興味深い紆余曲折があったらしいことが分かったので追記しました。(2022年2月23日追記)

もっとも単純なガラスである石英ガラスが紫外線を200nmぐらいまで透過できるのは前述のとおりです。石英ガラスは溶融温度が非常に高いため、20世紀初頭には、アルカリ金属を添加して溶融温度を低減させたソーダガラスの開発が行われ、ガラス製品の低価格化・普及が急速に進みました。しかしソーダガラスは紫外線を透過しないということが判明し、このため紫外線ランプの外殻などでは高価な石英ガラスを使い続けざるをえませんでした。紫外線透過ガラスの需要はこの時代にはすでに存在していたのです。

ソーダガラスが紫外線を通さないのは、当初はアルカリ金属が紫外線を吸収するからだと見られていたようです。このため組成を工夫して透過性を向上させようとした試みがいくつか行われましたが、同じ組成のガラスを作っても紫外線透過率に大きなばらつきが生じて、技術者は首をかしげます。1920年代になるとアメリカのコーニング社の研究によって意外な事実が明らかになります。

それはアルカリ金属自体は紫外線の吸収には直接関与していないということです。実は、紫外線を吸収していたのはアルカリ金属を組成に導入する際に使用されていた原料に不純物として含まれ、意図せずガラス中に混入していた微量の酸化鉄や酸化チタンだったのです。これらの混入さえ抑制すればアルカリ金属の含量に関係なく波長300nmぐらいまで透過率を確保できることが明らかになりました。1926年のコーニング社の特許文献では、酸化鉄の含量を0.055%以下に抑制することで波長300nmまで紫外線を透過できるということが記述されています

1926年の特許を発展させた1928年のコーニング社の特許文献では酸化鉄の含量を0.055%(好ましくは0.006%以下)、酸化チタンを0.025%以下、酸化亜鉛を0.03%以下(好ましくは0.02%以下)というより厳格な不純物の排除を行うことが記載されています。不純物の制限を除くとこの文献に記載されているガラスの組成は通常のホウケイ酸アルカリガラスそのものです。

このように1920年代にはガラスの紫外線透過率は微量の不純物に大きく影響されるという知見が得られ、特別に高純度の原料を使用することで透過率を確保するという方向で紫外線透過ガラスが作られるようになりました。現代の光学ガラスは、高純度の材料が当然のように使用されているため、紫外線用グレードの製品でなくても低屈折率ガラスであれば大抵が300nmに近い紫外線透過波長を有するようになっています(前記のグラフを参照のこと


参考文献

[2] フッ化カルシウム(蛍石)(NICFシリーズ) | ニコン デジタルソリューションズ事業 (nikon.com)
[3] 技術情報 | 製品情報 | 株式会社オハラ (ohara-inc.co.jp)




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