【#ガーデン・ドール】先を生きる
コンコンコン、と部屋に響くノックの音。
正真正銘、最後の邂逅となるであろう、終わりの始まりの音だった。
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「リラさん、グロウです」
ノックの後、その声が聞こえて私はぱたぱたとドアに駆け寄る。
少し急いで開けたせいか、勢いがついたまま外に転がりそうになりながらグロウ先生を迎える。
「すみません!お待たせしてしまって……」
「いえ、こちらこそ。……お別れ会では色々とありがとうございました」
少し寂しげに眉を下げながらも、笑顔で話しかけてくれるその姿に胸が苦しくなり、この先何が起こるか分からない現実にまた、どうすれば良いのか分からなくなりそうになる。
せっかくグロウ先生が来てくれていると言うのに私がくよくよしてしまってどうするのか。
一度ぱちんとほっぺを叩くと、グロウ先生はびっくりしたようにこちらを見ていた。
「へへ、すみません。寂しいのが出ちゃいそうだったので……」
「そう言って貰えると、いろんなことを一緒に出来て良かったと思います」
私の言葉を聞いて優しく笑いかけてくれる。
そして、ゆっくりと手を出して何かをこちらに差し出す。
その手のひらには、白い折り鶴が乗せられていた。
「どうぞ。みなさんにお配りしているんです」
「グロウ先生……」
少し折り目がずれたその鶴を受け取ってしっかりと見る。
恐らく不器用なのであろうグロウ先生が、丁寧に、丹精込めて作ってくれたそれは、まるでこの先の未来を明るく照らすような輝きを持っているような気がした。
「リラさんは本当に心優しくて、皆さんのことを支えくれる存在だと思います。ヤクノジさんとは、その、恋仲ということで……支え合える相手がいるので、これから先も大丈夫だと信じています」
手元から視線をグロウ先生に戻すと、いつもの優しい表情で、素直で純粋な言葉を私に伝えてくれる。
それが嬉しくて、苦しくて、寂しくて。
とても、悲しくて。
どうにか出来ないかと。
時間はとうに過ぎているというのに、足掻きたくなってしまって。
手の中にある白い折り鶴を潰さない様に、ぎゅっと包む。
「ありがとうございます……、すこし、待っててもらえますか?」
「?はい、分かりました」
その答えを聞き終わる前に、ドアをグロウ先生に任せて私は部屋の机へと向かう。
貰った折り鶴はそっと置いて、代わりに一枚のしおりを手に取り再び先生の元へ。
そして、しおりを渡して伝える。
「あなたが……、グロウ先生がこのガーデンに来て…いろんな経験をして、すこしでも……楽しかったと、素敵な時間だったと、思って貰えたなら……私はそれだけで嬉しく思います」
それは、このガーデンで取れる花や木の花弁や葉で作った大きな花のしおり。
今いるドールみんなの特徴的な色を使って作ってあるそれは、この世界にはない、特別な世界にひとつだけの花。
これを見て、私たちを思い出してくれますように。
これを見て、どうか、救われますように。
自分を納得させるためにも作ったしおり。
「忘れません、絶対に」
例えこの先何があっても、作ってきた思い出は壊れない。
「……どうか、お元気で」
例えグロウ先生が、ガーデンに戻ってくる未来がないとしても。
他のドールよりも少ない思い出ではあるけれども。
確かにここにいたという軌跡を私に、みんなに、刻んで。
一緒に成長してくれた素敵な先生。
「ありがとうございます、リラさん。しおり、大切にしますね。……他の生徒にも会いに行くので、そろそろ失礼します」
私は泣かない。
零れそうになる涙なんて要らない。
精一杯の笑顔を向けて、告げる。
「行ってらっしゃい、グロウ先生!」
私は、この別れを忘れない。
【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
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