【#ガーデン・ドール】願わくば、束の間の幸せを
室内でぱらぱらと紙を捲る音が響く。
時刻は夕方、窓から差し込む陽は輝きながら、リラの顔を橙に照らしていた。
温かいその光は、強張った表情を隠すことなく染め上げていた。
手元にはいくつかの紙。そして傍らには、すこし散らばっている紙とノート。
そして一枚の紙を見た途端、ぴたりと紙を捲る指は止まった。
「グロウ先生……」
小さく呟きながら紙の内容を読み、苦しい表情を浮かべる。
リラとヤクノジとで成した証明の代償は、あまりにも現実的ではないものだった。
+++++
トントントン、とドアをノックする音が響く。
同じ階のとある部屋の前、地図によるとここがグロウの部屋であるはず。
何度も前を通ったことはあっても、実際訪れたのははじめてなので少し緊張を含ませた声色で呼びかける。
「グロウ先生、いらっしゃいますか?」
ドキドキとヤクノジに感じるものとは違うその鼓動の早さに思わず手を添えて深呼吸をしてしまう。
目の前のドアは開き、中からグロウが現れて深呼吸は中断した。
「はい。どうしましたか?」
「少し、お聞きしたいことがありまして…、今お時間いいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。中に入ってください。リラさんは椅子にどうぞ」
そう言って、部屋の中へ招き入れてくれる。
リラは断りを入れながら入り、指定された通り椅子に座る。そして、グロウがベッドに腰掛けたのを見計らって投げかける。
「突然すみません。……いくつか、グロウ先生に質問をしてもいいですか?」
「質問ですか?はい、何でも聞いてください」
「……グロウ先生は今のガーデンについて、どう思いますか?」
抽象的になってしまった質問に対して、グロウは少し悩む。
そして、リラを不安がらせないように表情は微笑んだまま崩さずに答える。
「……今のガーデンは、生徒たちにとって良い環境とは言えないと思います。ですが私にはセンセーのような力はないので……何もできないのが悔しいです」
「そうです、よね」
柔らかく微笑んではいるが、膝の上で握りしめられた拳はガーデンに対して怒りが見えているようであった。
その行動にリラも思わず手をきゅっと握りこむ。
この人がしっかりと私たちの『先生』だったなら。また色々と違った日常があっただろう。
理想は思い描けど、現実にはならない。
「……グロウ先生は私たちにすごく親身に接してくれているので、それだけで救われている子もいると思います。現に、私もグロウ先生の存在に何度も助けられたので」
しっかりと自分が思っていることも伝える。今伝えておかねば、この先機会があるかどうかも分からなかった。言って後悔することは勿論だが、言わずして後悔してきたことの多さを私は知っているから。
私には投げかけられる言葉がある。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。私にできることは限られていますから……」
「限られた中でもそうやって行動してもらえるだけ、とてもありがたいんです」
その優しさに触れられて救われる。リラだけでなく、他のドールたちもそうだったように。
でなければ、グロウの周りには既に誰もいなくなっていたであろう。
「グロウ先生は……私たち。ドールたちにどう、あってほしいと思いますか?」
「生徒たちには自由であってほしいと思います。キミたちの個性を尊重したいですからね。ありのままの自分を出すのは怖いことかもしれませんが……私はどんな形でも、それがキミたちの本心なら受け入れたいと思います」
「グロウ先生は強いですね。……どんなことがあろうと、ちゃんと受け止めて、考えて、そして背中を押してくれる」
思うことがあるのか、少し目を閉じているその姿を見て、握っていた手を開く。
そしてグロウは真っ直ぐとリラを見つめる。
「グロウ先生が、本当の『先生』だったら……」
そのつぶやきはグロウに届かない。
「そんな風に見えているなら嬉しく思います。でも私は当たり前のことをしているだけで……センセーたちが、その、生徒に対して冷たすぎるというか……」
「センセーはセンセー、ですからね……この施設において必要なもの、なんでしょうが」
「そう、ですね……ガーデンを管理するためにいるのがセンセーであって、生徒に寄り添うためではないんでしょうね」
「グロウ先生みたいに、しっかり話が出来ていれば……また違った未来もあったんでしょうか」
なんて、過ぎた事に対して嘆いてしまっても過去は変わらない。
センセーは観測をするだけで、こちらに靡きはしない。それはこれからも変わらない未来。
そして、目の前のグロウは。この■■■■■■■■■■■■■■■■■■■という存在は。
どこまでも素直で、どこまでも光であろうとするのだろう。
どんな未来が待っていようとも。
リラはそれに恐怖を抱く。到底、一人で抱えきれるものではない。そんな未来を知ってしまっているからこそ、聞いてしまう。
「グロウ先生は、自分の今後について……未来について、どう、思いますか?」
その言葉に対して、グロウは一言。
「…………正式な先生になって帰ってきますよ」
そう告げて、微笑んだ。
その表情を見て、無意識にリラは自分の胸に手を当てて、微笑みの仮面を造る。
「……ふふ、そうでした、ね。グロウ先生は、ちゃんと先生になって帰ってきてくれるんですね」
しばらく笑っていたが、慣れないことをするものではない。
リラは自分の中にふつふつと湧き上がるその感情に蓋をしながら、椅子を立ち上がる。
「すみません、いきなり押しかけて色々と聞いてしまって。長居するのも悪いので、これくらいで失礼しますね」
「いつでも来てくれて大丈夫ですよ。それでは、また」
「はい、お邪魔しました。……残り少しですが、どうか、楽しい思い出を作りましょう」
優しく微笑んで見送ってくれるグロウに向かって、リラも断りを入れて部屋を退室する。
閉じられたドアを確認してから、足早に自分の部屋に向かう。
胸に当てていた手は知らない間に握りしめられて、血の気をなくしていることにも気が付かず。
どう表現したらいいのか分からない恐怖は、リラの胸の内を浸食してくるようで。
私は知っている。
彼が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ということを。
私は知っている。
彼が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ということを。
その未来が。彼が告げてくれた一言が。
今後叶うのかどうかも分からないこの世界に、畏怖する。
改めて認識する。
神に見捨てられ、緩やかに滅びゆく箱庭の存在を。
リラは自分の部屋の前でピタリと足を止める。
首から下げられた仙扇の花の首飾りに触れてから、目を閉じた。
+++++
「……『ヤクノジさん、今お部屋にいますか?』」
『ん、リラちゃん?うん、いるよ』
「『ちょっとだけ、お邪魔しても……いいですか?』」
『もちろん。待ってるね』
「『ありがとうございます。すぐに行きますね』」
そう言って念話を切り、足早にヤクノジの部屋を目指す。
一人じゃないことを実感して、嬉しく思う半面、彼には誰も寄り添うことの出来ない未来に恐怖を感じる。
できれば、誰も悲しまない道を。
そんな未来なんて、この世界には必要ないのだと知らされた気がした。
【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
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