【#ガーデン・ドール】傷と仮面
レオが左目を失って数日。
日常生活にも幾らか慣れてきた頃、レオはとあるドールの部屋の前に立っていた。
トントントン。
控えめにドアをノックして、家主を呼び出す。
中からは軽い返答があり、程なくして濃い灰の髪に漆黒の角の生えた仮面の男……ロベルトが顔を出した。
「レオさん?どうされ……たんですか、その目」
いきなりの訪問者に多少驚きつつも、いつもの様に返事を…とはいかなかったらしい。
レオの左目にあるひび割れたような傷を目にして動揺しているのか、少し声が震えている。
「……まぁ、色々あってな。それより、一つ頼みがある」
そんなロベルトの心配を他所に、レオは続ける。
あくまで、理由は話さない。もしかしたら誰かが同じ事を繰り返すかもしれないから。
推奨されるべきでは無いあの行動は、誰にも知られるべきではない。
ロベルトもそれを悟ったのか、それ以上は追及してこなかった。
「……はい。私で良ければお伺いしますが」
「なら単刀直入に」
「はい」
「俺と決闘、してくれるか」
「……決闘、ですか?」
いきなり訪ねてきた上に直球な願いに、流石のロベルトも言い淀む。
善意なのだろう、部屋の中へどうぞと招き入れようとしてくれるが、レオはそれを遮るようにして畳み掛ける。
「できれば、今、すぐに」
「今、すぐに、ですか……?」
「あぁ」
仮面の下は困惑した表情なのだろう。
隠れた■■色の瞳をレオは真っ直ぐ見つめる。
残された金色の瞳は以前とは違う意味で力強く、輝いている。
その意味を悟ったのか悟っていないのか。
「…………承知しました。お相手いたします」
ロベルトは少しの静寂の後、そう答えた。
まさか承諾してくれるとは思ってもみなかったのだろう、レオは少し動揺したがすぐに踵を返して移動を始める。
「……グラウンドに行くぞ」
そして、二人のドールによる決闘が始まる。
+++++
場は移り、グラウンド。
空には雲がうっすらと掛かり、陽は出てはいるが姿は隠している。
曇天、とまではいかないが、晴天とも言い難い。
誰かの心を表しているかのような天気に、レオは思わず嘲笑しそうになる。
「試合形式は、武器なしの素手……所謂組手、でどうだ」
「どんなものでも構いません。時間制限はどうしますか?」
「そうだな……」
サッと校舎の方にレオが目をやると、そこには大きな時計。
時刻は朝の11時前…といったところか。
ちょうどいいとばかりにそれを指差しながら
「あの時計で12時までの1時間……どちらかが行動不能、もしくは降参するまで」
「分かりました」
「……本当にいいんだな?」
「構いません」
簡潔に会話を交わしながら、ロベルトは準備を始める。
その様子を見て、レオも着ていたジャケットを脱いで、手の感触を確かめる。
お互いの調子が整った頃、二人は静かに構える。
特に開始の合図もない。
そんな決闘が、今始まった。
心地よい風が、二人の間を抜ける。
構えはそのままに、お互いの出方を探る。それは静かな戦い。
勢いで申し込んでみたものの、大方断られるだろうと思っていたこの決闘。
自暴自棄にもほどがあると思いつつも、ロベルトには感謝するしかない。
じりじりと最小限の動きで、互いの間合いを見極める。
地面にある小石と砂の混ざる音だけが、二人の間に響く。
ふと、レオはロベルトに問う。
「……もしも、お前の大切な人が『殺してくれ』と……言ってきたらどうする」
突然のその問いにも、構えは崩さないロベルト。
「何故ですか?」
「どうしても、だ」
明確な理由も話さなければ、突拍子もない内容に少しの間考える。
その目は未だ、レオを捉えて離さない。
「『貴方が望むのなら』と、いつかの私ならそう言ったでしょうね」
「今のお前はどうなんだ」
「お断りします」
きっぱりと。
その答えを聞いて、思わずレオは笑みを浮かべる。
そして自分とロベルトの間合いを無くすべく、地を蹴った。
「なら」
レオは素早く詰めた勢いのまま、右手でロベルトの首を狙う。
だが膂力に頼って素早さに劣るその一撃は、しなやかにいなされて流される。
流れに体を持って行かれそうになるが、それを下半身を軸にして防ぐ。
「自分の命を掛ければ、既にいなくなった人物を蘇らせられる、と言われたらどうする」
また問いを投げかけながら、今度は方向を変えて左手で顔を狙う。
ロベルトは仮面越しでも伝わるほど嬉々とした態度で、またも攻撃を受け流す。
この胸の高鳴りは何なのか。恐怖による怯えか、レオと戦える喜びか、それとも。
腕と腕のぶつかる鈍い音はするが、対してダメージにもなっていない様子を見て、レオはにやりと口角が上がる。
「さあ、どうでしょう。私はとても悩むでしょう。そんなことをして、その方がどんな気持ちになるか。……いつぞやの私なら、躊躇わずに命を投げ出したかもしれませんが」
ロベルトがそう答えている間にも、急所を的確に突いてくる攻撃は止まず、腕を主体に体を捻りながらいなす。
レオが放つ拳は様々なところを狙って来ており、軸になっている下半身の踏み込みを上手く使っているのかそのひとつひとつがドールとは思えない程、重い。
だが、まだ見える。流せる。
ばしん、ばしんと音が響く。
ロベルトは必要最小限の動きでいなし、受け流し、時には躱してみせる。
お互いどれほどの体力があるかは知らないからこそ、温存は必要と考えての行動。
「お前らしい考えだな……」
その様子を見ながらも、レオは攻撃の手は緩めずに率直に思った感想を返す。
返ってきた言葉はまさにロベルトらしい内容で、笑いつつも隠しきれない哀色が滲み出る。
鳩尾。喉。目。顎。肩。
一撃でも入れば戦闘不能まではいかなくとも、確実に動きが鈍る場所を狙うレオ。
それを見極めて、いなしはすれど、攻撃に転じる隙がない。
防げない訳ではないが、ダメージがゼロな訳でもないこの防衛は、いつか終わりが来る。
どこかで攻撃に転じなければいけないと頭では考えつつも、隙がないのが現状だった。
そんな状況を示すような問いかけがレオから投げかけられる。
「先の見えない闇に、お前ならどう対応する」
数々の攻撃をいなし、受け流し、受け止める。
先ほどまで躱せていた攻撃も、徐々に躱せなくなっている状況に少し焦りが出そうになる。
慌てるとロクな事がない。それは経験上覚えがあるので、短く息を整えて冷静さを取り戻す。
「真なる闇の中では、光さえ掻き消されてしまうと言います。でもね、闇は光なしには存在できないんですよ」
そう言って、好機を探る。
左腕から放たれた拳をしゃがんで避け、自分から見て右……つまり、レオの左側に素早く滑り込む。
途端、レオの対応が一瞬、遅れる。
その隙をロベルトは見逃さなかった。
今まで防衛一線だった己の手のひらを、体をバネに見立てて下から思い切りレオの顎に叩きこむ。
レオの顎に綺麗に入ったその一打は、確実にレオにダメージを与えた。
顎に受けた衝撃を少しでも逃がそうとして、レオは後ろに回転しつつ距離を取り、ロベルトを鋭く睨みつける。
口の端からは先ほどの攻撃で口内が切れたのか、赤が流れている。
「私は光を探します。見つからないなら、私自身が導となります」
その言葉は、刺さったのだろう。
先ほどまでは笑みを浮かべていたレオの顔から、笑みが無くなる。
怒りでも、悟りでもない、無の表情。
やる気を失った訳ではないのは、瞳に宿る鋭さで理解できた。
「……お前は、優しいな。…………だからこそ、傷付き易いんだろうな」
「……傷つくことを選ぶのも、私自身ですから。そう思えるようになったのは――レオさん。貴方のおかげでもあるんですよ?」
ふらりと揺れるようにまた構えを取るロベルト。
思わず、なのか仮面の下からふふふ、と笑い声までも聞こえる。
そして、レオは動く。
「……そうか」
また間合いを詰めて、喉を狙う。
先ほどと同じ攻撃、だが格段に違うスピードにロベルトは対応が遅れる。
寸でのところで受け止めて下がろうとするが、今度叩きこまれてきたのは左足。
側頭部目掛けて来たそれを直に受けそうになりつつも、片腕で防ぎ投げ出されそうになりながらも踏ん張り耐える。
まさかまだ上があったなんて。
思えば今までの攻撃は上半身のみ、言ってしまえば拳しか使っていなかった。
予想を超えてきたこの状況に思わず冷や汗が流れる。しかし、口元の笑みは消えない。
有頂天外。喜色満面。
文字通り、この状況を楽しんでしまっている自分はどこかおかしいのだろうか。
そう考えている間にも、手、足、肘……全身の使えるもの全てを使って、攻撃そうとしてくるレオに対応が追いつかない。
防げはするものの確実に重なっているそのダメージに、徐々にこちらの動きが鈍くなっていく。
くかか。
漏れ出た声は驚喜か、狂気か。
いつの間にか、目の前の狼の目には、明らかな殺意が混じっているような気がした。
一段と素早さの増した右足の動きを目で追おうとして、気付いた時には遅かった。
ロベルトは鈍い音を肩から響かせて、地に膝を突く。
大きく隙を晒したその状態を見逃さないレオは、足を引き飛び掛かる様にして左手で顔の中央を狙って
「降参です」
ぴたりと。
仮面の数mm手前で止まる。
途端、しん、と静まり返る。
響くのは荒い息を繰り返す二人分の呼吸音のみ。
少しの静寂の後、どさりと倒れ込むロベルト。
その様子を見て慌てて駆け寄るレオ。
「すまん。加減が効かなくなった……大丈夫か」
「えへへ、なんとか……」
「……すまん」
胸を大きく上下しながらも返ってくる言葉に安堵しつつ、手を差し出してロベルトを引き起こす。
あいたた、と肩を押さえて立ち上がるロベルトを支えながら、怒られた犬の様になりつつ「すまん」と繰り返すレオ。
「……カッとなった」
「でしょうねぇ。ふふふ、大丈夫ですよ」
へらりとした様な返答の後。
キンコンカンコン。キンコンカンコン。
聞こえる鐘の音は、時間を示すもので。
決闘はロベルトの降参で、決着が着いたのだ。
その後、LDKに戻ったところで居合わせたリラとヤクノジが、ボロボロになった二人を見て悲鳴を上げながら包帯をぐるぐる巻きにするのはまた別のお話。
【主催/企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?