見出し画像

【怖い話】ポンポン坂

どうも、ゴリ松千代です。


私は高校生の頃、自転車通学だった。近所に同じ高校の生徒もいなかった為、友人と遊ぶ約束でもない限りは、一人西日を睨みながら家路に着く事になる。

そんな孤独の時間を最大限享受するのに一役買ってくれたのは、いつもの通学ルートにある大きな坂道だった。裏道を過ぎると急に現れる、無駄に広くて、やけに急勾配で、とても長い坂道。左右は見渡す限り広大な田んぼだし、人が通っている所なんて普段はまず見る事はない。私は胃腸が弱く、すぐお腹を下す。それになぞらえて、心の中でこっそり『ポンポン坂』と呼んでいた。私は自転車でポンポン坂を勢いよく下っていくのが大好きだった。

年の瀬と言うにはまだ早い、ある日の下校時間。私は帰宅途中にある自動販売機で飲み物を買い、意気揚々とペダルを踏みつけた。『秋の日はつるべ落とし』なんて良く言ったもので、辺りはすっかり薄暗くなっていた。私はもう高校生だ、影を怖がるような年齢ではない、と強がる。もうすぐポンポン坂だ。

開いてるんだか閉まってるんだか分からない店の横を通り、小さな家の立ち並ぶ細い路地裏を抜け、全然整備されていないS字カーブを過ぎると、ポンポン坂が見えた。私はあの時、いつもより加速したのを覚えている。もうこんな時間だし、早く帰ろう。

その時だった。

「ォォォォォ……」。

音……いや、人間のようで人間ではない得体の知れない『声』が、微かだが確かに聞こえる。自転車を漕ぐ私の、すぐ横で。私は反射的に足を止めた。恐怖ではなく防衛反応だったのだろう。おばけなんてないさ。おばけなんてウソさ。静まり返った世界で耳を澄ますが、もう声は聞こえない。気のせいだったのだろうか。私はモヤがかかったような頭を誤魔化すように、また地面を蹴る。

「オオオ…オオオオオ!」。

私の隣に、確実に何かいる。何の恨みがあったのか、私についてきている。今だからこそ冷静にあの時の状況を書き出せるが、もう私の頭は真っ白になっていた。小さな頃から霊的なモノは大嫌いで、それでも霊的な体験がなかったからこそ否定も出来ていた。なんなんだ、こいつは。勘弁してくれ、本当に勘弁してくれ、夢なら覚めてくれ。寒さと恐怖の入り混じった震える手足、涙も乾くような速度で私は逃げた。ポンポン坂はもう、下り切っていた。

……安心感からなのか、ただ疲れたからなのか、私はまた自転車を停めた。もうあの声は聞こえない。永遠とも呼べた瞬刻の後、ポンポン坂へ視線を戻してみる。あの霊は、私に何か伝えたかったのだろうか。無宗教の立場を取っていた私は、こんな時どうすれば良いのか分からない。見よう見まねの哀悼の意を捧げようと視線を落としたその時、私はハンドルではない物を握っていた事に気付く。

私の右手には、飲み干したジュースの空瓶が握られていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?