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キャッサバ芋はタピオカの原料

著:古橋秀之
リクエスト:宗像礼司と淡島世理と伏見猿比古でタピオカドリンクの列に並ぶ話

 世の中に流行り物は数あれど、こと若年層向けスイーツの流行に関しては、胡乱うろんな「仕掛け」の入る余地が多々ある。SNSを媒体とする急激な情報拡散、物品と資金の流れの新規創出、また「市街地に現われる移動店舗と、それに群がる一般客」という形での、不特定多数の人間の集合と交流。これらの特徴は《jungle》の常用する大衆煽動技術に類似している――いや、メカニズム的には同じプロセスを踏んでいると言える。
 それが、タピオカドリンクの移動店舗に連なる行列に、伏見猿比古が並んでいた理由だ。
 若い女性を中心とする行列に私服姿で紛れ込み、定価八〇〇円、原価率一割のドリンクを買って、路上に展開された簡易テーブルにつくと、伏見はさもつまらなそうに周囲を見渡した。流行り物も行列も、同世代の若者も嫌いな伏見だが、自らの職務に対しては愚直だ。泥の中から砂金を探すように、くだらない無駄の中に隠された暗号、意図、悪意の予兆を、注意深く探り出そうとする。
 現在、監視対象としている移動店舗――パステルグリーンのキッチンカーは、タピオカ抹茶ミルクを主力商品とする新興スイーツブランド「タピッCHA」のものだ。ここ数週間、都心部の繁華街を中心とするゲリラ販売で話題を呼んでいる。すなわち、このキッチンカーを「見つける」「捕まえる」こと自体を、一種の位置情報ゲームとしてアピールしているのだ。この「ゲーム化による煽り」もまた、《jungle》の常套手段のひとつだ。
 とは言え、一見したところ、「タピッCHA」やその周辺には、陰謀や事件性はなさそうだ。一時のみ大衆の興味を惹いては忘れ去られていく、無害な流行り物。平穏な日常そのものに見える。もちろん「そう見える」ことが完全な潔白を意味するわけではないが、
(……今日のところは、つかめる尻尾は出ていないようだ)
 伏見は席を立った。手つかずのタピオカ抹茶ミルクはテーブルに置いていく。いずれ係の者が片づけるだろう。もともとタピオカの生々しい見た目と食感が好きではない。魚の卵みたいだ、と思う。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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