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K SIDE:PURPLE 12

著:鈴木鈴

「お母さんね、もうすぐ死んじゃうんだ」
 紫の髪を優しく撫でつけながら、母はそう言った。
 海を見に行こう、と言い出したのは母のほうだった。まだ6歳の紫は、よくわからないまま頷いた。もともと、行こうと言い出せばどこにでも行くのが御芍神菫という人間だっだ。病院から抜け出した患者服のそのままで、母と紫は軽自動車に乗り込み、そのまま海へと向かった。
 海に沈む夕日は、きれいだった。橙色にぼやける太陽が、空と海のあわいを溶かしながらゆっくりと消えていこうとしている。群青に染まった中天には星々が顔を出しはじめ、2人でそれを見上げているときに、母は死の話をしはじめた。
「だから、もうすぐ紫ちゃんには会えなくなっちゃうのね。あとのことはサユリちゃんに頼んだから、まあ、よろしくね」
 今日の夕飯はカレーだから、とでも言うような気軽さで、母は永遠の別れを語る。紫は母の膝に抱かれながら、彼女のことを見上げた。自分と同じ色をした瞳が、自分の顔をのぞき込んでいる。それは、天にまたたく星々よりもきれいに、紫には見えた。
 次はいつ会えるのか、というようなことを、紫は問うた。
「さあー? わかんないなあ、お母さん死んだことないし」
 もう会えなくなるのはいやだ、というようなことを、紫は言った。
「お母さんもヤだよ。でもまあ、こればっかりはね。仕方ないよね。死なない人はいないから」
 みんな死んじゃうのか、というようなことを、紫は問うた。
 母は紫のことを、後ろから抱きすくめた。胸に回された両腕は、枯れ枝のように白く細く、それでも温かかった。
「そうだよ。みんな、いつかは死んじゃうの。タカさんもミッちゃんもセイヤさんもサユリちゃんも――紫ちゃんもね」
 温かな手のひらで紫の頬に触れながら、「でもね」と母は続ける。
「大事なのは、死ぬことじゃなくて生きることだから」
 紫は母の瞳をじっと見つめる。星よりも美しいその輝きを。
「人はね、死ぬまでは生きられる。わたしが死んじゃったあとも、紫ちゃんは生きつづける。大きくなって、きれいになっていく紫ちゃんを見られないのは、とっても残念だけど――でも、いいの」
 そうして、母は紫の顔をのぞき込みながら、淡く微笑んだ。
「いちばんきれいなものは、もう、わたしの目の前にあるから」
 それから、2人はずっと海を見ていた。
 太陽が海に沈み、夜のとばりが周りに落ちて、黒く染まった空に白い月が浮かぶまで――紫と母は、互いの温もりだけをよすがに、ずっと生きつづけていた。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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