HOMRA in Las Vegas 08
第8話「ラスベガス炎上」
著:鈴木鈴
御槌はリクライニングチェアに身を横たえ、至極リラックスした精神状態にあった。
薄汚れた白衣の上で両手を重ね、指で軽くリズムを取っている。古ぼけた蓄音機から流れるのは、ジョルジュ・ビゼー作曲『アルルの女』第2組曲第4曲『ファランドール』――あるいは、『王の行進』。
軽妙なクラシックに身を委ねながら、御槌はそれをじっと眺めていた。
アイカメラを通じて脳に直接映し出される、戦闘の光景――《赤の王》が『グラスホッパーⅡ』を、彼の子どもたちを破壊する映像だ。
「――ふ、ふふふっ、ふふふふふふふふふふふっ――」
肩を震わせて、御槌は笑う――笑っているような声をあげる。だが、それは真実笑っているわけではなかった。制御しきれない感情の奔流が、そのような身体反応を引き起こしているだけだ。
周防は、美しかった。
しなやかな肉食獣のように、駆けて、跳んで、振りかぶり、叩き下ろす。ただそれだけで、御槌が作り上げた傑作が、あっという間に鉄クズに成り果てていく。《王》の《王》たる所以。圧倒的なまでの戦闘力は、異能兵器の及ぶところではなかった。
御槌は『上』を見やる。
そこにはなにもない。《王》が全力を出したときに顕れる超常の剣、『ダモクレスの剣』の欠片も浮かんではいない。
御槌はもう一度、笑いに似た声をあげようとして、
「15号機、16号機、機能停止! 17号機の右脚アクチュエーターが信号を受け付けていません」
「博士! 退却の許可を!」
無粋な悲鳴に、現実に引き戻された。
リクライニングチェアからゆっくりと身を起こし、周囲に視線を巡らせる。3つの目玉が、泡を食って連絡を飛ばすオペレーターたちの姿を捉えた。
御槌はあくびをひとつ。そんな彼を、オペレーターのひとりが振り返り、
「は、博士――」
「時間は?」
「……、は?」
「戦闘開始から今までの時間だよ。どれくらい経った?」
さすがに米軍のオペレーターは無用な質問を繰り返さなかった。ディスプレイに素早く目を通し、告げる。
「5分47秒です」
「ほう。5分もったか。なるほど」
御槌の脳には、いまだに周防の姿が映りつづけている。16号機の右脚をもぎ取って、即席の棍棒として17号機に襲いかかってくる。17号機は後退しながら機関砲を連射させるが、逆巻くオーラにすべて弾かれ、カメラいっぱいに鉄塊が迫り――
「……17号機、機能停止しました」
うめくようなオペレーターのつぶやきと同時に、司令室に沈黙が降りた。
その中で、御槌は軽やかな足取りでコンソールに近づき、オペレーターの肩越しに操作しはじめた。今し方の戦闘記録を、自らのHUDにダウンロードする。科学の進歩というものは、無数の失敗を積み重ねなければあり得ないということを、彼はよく知っていた。
その背後に、厳しい声が投げかけられた。
「数百万ドルの税金を無駄遣いしておいて、よくそんなに陽気でいられるな、ミヅチ?」
きゅいん、とアイカメラが背後を向く。ジェーンだった。碧眼にじっとりとした怒りを滲ませている。御槌はむしろ陽気に両手を挙げ、
「ずいぶんと不機嫌だな、ジェーン? 上からなにか言われたのか?」
「……逆だ。上がこの作戦に、なにも言ってこないところが気に食わない」
御槌の2つ目のアイカメラが、ジェーンのほうに向けられた。美しき女スパイの怒りと苛立ちを、あますところなく記録に収めておこうという御槌の意思によるものだった。
「周防に3機の『グラスホッパーⅡ』をあてがって足止めをし、そのあいだに敵の本拠を突く――なにか間違っているかな? 各個撃破は戦術の初歩だろう?」
「各個撃破されているのはこちらのほうだ。『ピラミッド』への襲撃は始まったばかりなのに、周防はもうこちらの3機を破壊してしまった。すぐに取って返してくるぞ」
「ならばその隙に、大急ぎで襲撃を進めなければね。残念ながらAW弾は《王》には通用しなかった。しかし、クランズマンが相手なら、十分に効果を発揮するだろう」
ジェーンの瞳に、怒りや苛立ちとは別の感情が浮かんだ。
口の端をつり上げて、御槌は笑う。
「おやおや……CIAエージェントともあろう貴君が、怯えているのかな。別に大したことじゃないだろう。かつて貴君らも、『海への進軍』を行ったではないか?」
ジェーンはうめくように答える。
「南北戦争をもう一度行うつもりか……!? ラスベガス都市圏に住む200万の人間を犠牲にするなど、正気の沙汰ではない!」
「だから効果的なんじゃあないか。ああ見えて、周防尊には一定の人間性がある。無関係な人間は、それだけで奴のストレスになり得る……くふふっ」
御槌は肩を揺らし、それからゆらりとした足取りで、司令室の出口へと向かった。
「周防の足止めは継続して行いたまえ。『花火師Ⅱ』の戦闘モデルを小出しにすれば、それなりの時間は稼げるはずだ。その隙に、誰でもいい、《吠舞羅》クランズマンをひとりでも殺せば――それで作戦の第1段階は完了する」
ジェーンの美しい顔が、悲痛に歪んだ。2つのアイカメラでそれを記録しながら、御槌は司令室をあとにする。
彼らが行おうとしているのは、焦土作戦だ。
歓楽都市ラスベガスを舞台にした、華麗なる焦土作戦。目的は、《赤の王》周防尊をできる限り消耗させること。そのためにまず必要なのは、赤のクランズマンを狙うことだった。クランズマンを殺された彼は、周囲の被害を考えずにこちらを追いかけてくるだろう。御槌たちはそれから逃げつつ、防衛網やトラップを使って周防を迎撃する――。
その際、民間人にどれだけの被害が出るのかは未知数だ。御槌はむしろ、その被害は周防尊の心にダメージを負わせるのではないかと期待している。あの男は迦具都玄示ではない、怪物になりきれていない怪物なのだ。
「――そうでなくては、我々の目的は果たされない。なあ、そうだろう?」
虚空に語りかけて、御槌はひとり満足げにうなずき、HUDの通信機能を起動させた。
「私だ。例のものはどうなっている?」
『最終機能テストは完了しております、博士。いつでも出撃可能です』
「よろしい。今からそちらに向かう。出撃準備をしておきたまえ」
足早に廊下を歩きながら、御槌はまた、静かに笑い――それから、ふと気づいて戦略マップを開いた。
『ピラミッド』を中心として展開されているマップが視界の片隅に生まれる。『ピラミッド』の北約2km地点に、会敵を意味するマーカーが出現していた。そこに刻まれている意味を読み取って、御槌は感極まって叫ぶ。
「おお、ミスター・エドゥアルド! 見事なタイミングだ! 野生の勘によるものか、あるいは迦具都玄示のお導きか――ふふふふふふっ、いいだろう、存分に生命を煌めかせたまえ!」
『は……?』
通話が繋がったままのオペレーターが、不審げな声をあげる。それには答えず、御槌は高らかに笑い声をあげながら、さらに歩く速度を上げた。
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K~10th ANNIVERSARY PROJECT~
アニメK放映から十周年を記念して、今まで語られてこなかったグラウンドゼロの一部本編や、吠舞羅ラスベガス編、少し未来の話など様々なエピソード…
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