赤の事件簿 HOMRA in Las Vegas05
第5話「エドゥアルド・エル・ロホ」
著:鈴木鈴
紫煙を深々と、肺の奥まで吸い込んだ。
先ほどと比べれば、周囲は嘘のように静まりかえっている。聞こえるのは、ぶちのめした黒服たちのうめき声くらいのものだ。ルーレット台にもたれかかっていた周防は、煌めくシャンデリアめがけて、ゆっくりと煙を吐き出した。
ふと、後ろに気配を感じた。
振り返ると、見知った顔が苦笑いを浮かべていた。
「シロウトさん相手にずいぶんとまあ、派手にやらかしたもんやな」
ふん、と鼻を鳴らして、周防は草薙からウィスキーグラスを受け取った。
「正当防衛だ」
実際のところ、突っかかってきたのは向こうのほうだ。売られた喧嘩を買ったまでのことだが、草薙はそう思っていない。もっとうまくやる方法があったはずだと言いたいのだろう。それはまあ、わかる。
わかりはするが、実行するつもりがないだけだ。
ウィスキーをなめてから、周防はふと思い出したように、
「アンナは?」
「十束や八田と一緒に逃げたで。ここに残っとるんは俺らだけや」
周防は怪訝な表情を浮かべた。十束はいいとして、なぜ八田の名前が出てくるのか。
その疑問を読み取ったか、草薙は難しげに眉根を寄せ、カクテルを一口飲み、
「いろいろややこしいことになっとるんや。伏見と『ウサギ』まで出張ってきとる。まあ、八田らがおるんは別の理由なんやけど――」
「わけがわかんねえぞ」
「せやろなあ。俺もわけわからんわ。でもな、ひとつだけ重要なことがあってな――」
不意に、草薙の瞳に真剣な色が宿った。
「御槌がここにおる。俺らを呼んだんは、あいつの仕業らしいで」
「…………」
周防は何度かまばたきをして、草薙の顔をじっと見つめた。
草薙は額に手を当て、深く息を吐いた。
「ほら、おったやろ。アンナをさらった、センターの所長の」
そこまで言われて、ようやく思い当たった。
「あいつか」
アンナを捕まえてなにやらいろいろ実験をしていた科学者――というくらいの認識しか、周防は御槌に持っていなかった。《王》だの力だの、いろいろ喚いていたがそこのところはほとんど覚えていない。ただ、彼は黄金のクランズマンであり、その内規に反したため『ウサギ』たちに連れて行かれたということは記憶していた。
自分たちをここに呼び寄せたのは、その御槌なのだという。となれば、今床に転がっている黒服たちは、その御槌の手先と見てよいだろう。
周防はぽつりとつぶやいた。
「じゃあ、やっぱりぶちのめしてよかったんじゃねえか」
「あのな。向こうはこっちが何者なのか知っとんのやで。それなのにこんな一般人ぶつけてくるの、どう考えても時間稼ぎか足止めやろ」
ぐちぐちと言う草薙に肩をすくめ、周防はウィスキーをぐっと呷る。空になったグラスをルーレット台に置いて、彼はそこから身を離した。
草薙も同じようにカクテルを飲み干して、周防と共に歩き出す。このホテルはツアーの予定に組み込まれていたものだ。となれば、敵の根城と考えていいだろう。そんなところでは、おちおち寝てもいられない。
隣を歩きながら、ふと、草薙が漏らした。
「御槌の目的がわからん。おまえへの復讐か、あるいは――まだアンナを《王》に仕立て上げようとしているのか。もしそうなら、あの黒服どもは、おまえとアンナを切り離すための作戦だったのかもしれん」
周防は草薙のことをちらりと見て、無造作に言った。
「大丈夫だろ」
草薙は周防のことをにらんだ。なにを根拠に、とその目が語っている。
そんな草薙の弱気を、周防は鼻で笑い飛ばし、
「あっちには十束と八田がいる。なら、大丈夫だ」
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K~10th ANNIVERSARY PROJECT~
アニメK放映から十周年を記念して、今まで語られてこなかったグラウンドゼロの一部本編や、吠舞羅ラスベガス編、少し未来の話など様々なエピソード…
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