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K SIDE:PURPLE 04

著:鈴木鈴

「痛いッ!? ちょっと、ミッちゃん、もっと優しくッ!」
「デカい図体して、情けないこと言わないの~。ほら、顎上げて~」
「アイタタタタ! もう、私、怪我人よ!? もっといたわってよね!」
『Closed』の札が掛けられた『花菫』の店内で、タカさんは甲高い悲鳴をあげていた。
 店内にいるのは、タカさんにミッちゃん、セイヤさん、サユリ――そして、長谷一心と名乗る男だった。
タカさんの手当をするために『花菫』に戻ったのが、ほんの5分ほど前のこと。幸い客はいなかったから、一度店を閉めてからゆっくり休ませようとしたところで、ミッちゃんとセイヤが駆けつけてきたのだった。
「でも、大事にならなくてよかったね、タカさん」
「ホントよ! アイツ、ナイフまで取り出したんだから! イカれてるとしか思えないわッ!」
 セイヤの言葉に、タカさんはぷりぷりしながら答える。その指先が、かすかに震えていることにサユリは気づいた。気丈に振る舞ってはいるが、命の危機を味わったのだ。その恐怖をぬぐい去るには、まだしばらく時間がかかるだろう。
 それを横目にしながら、長谷のほうに向き直った。巨体を縮こまらせるようにしてスツールに座っている長谷に、深く頭を下げる。
「……本当に、どうもありがとう。あなたのおかげで助かった。一歩間違えたら、取り返しのつかないことになっていたかも」
 長谷はからりと笑ってかぶりを振った。
「なに、当然のことをしたまでだ。それに、あの少年には一飯の恩があったからな。それを返したものと思ってくれ」
「紫ちゃん、タカさんをかばって前に出たんだって? 無茶するね……」
 セイヤが呆れたような感想を漏らし、サユリは頭痛をこらえるようにこめかみに指を当てた。
「あの子、怖いもの知らずなところがあるのよね。まったく、誰に似たんだか……」
「そりゃ~、お母さんでしょ~? やっぱ子どもは親に似るんだね~。将来大物になりそうだし~、今のうちにツバつけとこっかな~」
「冗談でもやめてね、そういうの」
 半ばにらむようにして言うと、ミッちゃんは笑ってごまかした。
と、長谷が店内を見回し、ぽつりと訊ねる。
「そういえば、紫少年はどこに行った?」
「2階で休ませてる。今日はもう店じまいすることにしたし、それに――大人の話し合いは、あの子にはなるべく聞かせたくないから」
「なるほど……?」
 よくわかっていなさそうな声を出して、長谷は頭をぽりぽりとかいた。木訥な雰囲気に違わず、この人はあまり世慣れをしていないらしい――とサユリは値踏みする。
 と、セイヤがカウンターに身を乗り出し、『大人の話し合い』の口火を切った。
「それで、結局あの人は、なんで暴れてたの? ただの酔っ払いにしては、ずいぶん乱暴なことをしてたみたいだけど」
「あたし、アイツ見たことあるよ~。確か、阿島さんとこの若頭でしょ~?」
 その言葉に、店内の空気がぴりっとした緊迫感を帯びた。ひとりだけ『二番街』の事情を知らない長谷は、「ふむ?」と首をかしげる。
「若頭ということは、そのスジのものか?」
「ええ。この辺は阿島組のナワバリだから。あの人は、組と私たちを繋ぐ役目、だったはずなんだけどね」
「その人が、なんでタカさんを痛めつけるんだい?」
 セイヤの疑問に、タカさんはため息をつくようにして、
「それが――今月から、みかじめ料を倍に引き上げるって言い出したのよ。今すぐ払え、さもなきゃこの辺で商売できないようにしてやる、って」
「はあ~!? 倍!? そんなの、無理に決まってんじゃん~!」
「いたたたたたっ! 痛い、ミッちゃん、痛いってば! 私が言ったわけじゃないわよ!」
 ミッちゃんは怒りと共にぎりぎりと包帯を締め付け、タカさんが悲鳴をあげる。それを眺めながら、長谷は腕を組んでうなった。
「ううむ。俺はそのスジに詳しくはないが、倍とは確かに法外だな」
「で、断ったんだよね?」
「当たり前よう、今までくらいならともかく、倍も払ってたら私たちみんな干上がっちゃうわ。で、とりあえず話し合いをしようと思ってお酒飲ませてたら、段々興奮してきちゃって――」
「タカさんに絡みはじめた、と」
 タカさんはぶすっとした顔で頷き、ミッちゃんは「う~ん」とうなりながら腕を組んだ。
「なんか、めちゃくちゃな話だね~。いきなり倍ってのもそうだけど、断られたから暴れるなんてさ~。阿島さん、そんなところだっけ~?」
「まさか。ずっと長いこと、阿島組と『二番街』はうまくやってきたはずだよ。払いを遅らせたことだってない。向こうだって、大事なシノギを自分たちで潰すようなことは絶対にしないはずだ」
「あの若頭だって、先週は私の店に来て楽しく遊んでったのよ? それなのに、いきなりこんなことになるなんて――」
「そのときは、まだ阿島組があったからでしょうね」
 そう言ったサユリに、全員の視線が集まった。
 サユリはゆっくりとタバコを取り出し、火をつける。『花菫』の狭い店内に紫煙をくゆらせながら、彼女は物思うように目を細めた。
「みんな、『煉獄舎』って知ってる?」
 セイヤとタカさんがぎくりと身をすくませた。ミッちゃんだけがきょとんとした表情で訊ねてくる。
「なにそれ~? 会社~?」
「あたしも詳しくは知らないけどね。最近、『裏』でよく聞くのよ。『煉獄舎』って連中が、あちこちの組に抗争しかけて、片っ端から壊滅させてる、って」
 セイヤが重たげに口を開く。
「ボクも、お客さんから聞いたことがあるよ。『煉獄舎』はとにかくヤバい、葬儀屋みたいな黒い服を着て、火傷をしてるヤツを見かけたら、1秒でも早くその街から離れろ、って」
「街~? その人から、じゃなくて~?」
「『煉獄舎』の連中は、街を焼くらしいの」
 その言葉を冗談と受け取ったのだろう。ミッちゃんは笑おうとして、失敗した。そうするには、他の3人の表情があまりにも真剣だったからだ。
 サユリはミッちゃんのことをまっすぐに見つめながら、言う。
「こないだ、竹井戸町のほうで大きな火事があったでしょ? 逃げ遅れた人が、何人も犠牲になったって」
「……確か、阿島組の事務所があるのも、竹井戸だったわよね」
「ニュースとかでは伏せられてるけど、あれ、『煉獄舎』と阿島組の抗争だったみたい。阿島組のほうは、組長さんも含めてほとんど皆殺し。事務所のあった一画はまるまる焼け落ちて、顔の判別ができる死体もろくに残っていなかったって話よ」
 ミッちゃんの喉が、ごくりと鳴った。サユリは灰皿の縁でタバコを叩き、灰を落としながら、できるだけ平静な口調で続ける。
「たぶん、あの若頭はその抗争には巻き込まれなかったんでしょうね。あるいは、ひとりだけ逃げ出したのか。どっちにしろ、もう阿島組は存在しない。だから、私たちから取れるだけの金を騙し取って、どこかに行方をくらまそうとした――そんなところじゃない?」
 タカさんとミッちゃんとセイヤさんは、探るように互いの顔を見交わした。組が潰され、自暴自棄になった若頭が、当座の金を得るためにあのような暴挙に及んだ――という推測は、かなりの説得力があった。
「……阿島組がなくなったって言うのなら、あそことのトラブルにはならないけど、別の問題が出てくるね」
 やがて、セイヤがぽつりとそう言った。ミッちゃんがこてんと首をかしげ、
「なんで~? みかじめ料払わなくて済むんなら、それが一番よくない~?」
「おバカ。トラブルになったときにケツ持ってくれる人たちがいなくなったのよ? 妙な連中に絡まれても、どうにもならないってことじゃない」
 タカさんの言葉を受けて、サユリはちらりと長谷を見た。
 紫の話によれば、この長谷という男は、浮浪者同然の生活を送っているらしい。その日の食事にも事欠いているようだし、もちろんねぐらも持っていないのだろう。腕が一流なのは、タカさんを守ってくれた手際からも実証済みだ。
 そして、なにより重要なのは――この男は、なかなかのお人好しのようだ。
 となれば、打つ手はひとつ。
 小さく咳払いをしてから、サユリは一同を見回し、
「タカさんの言うとおり。他の組にお願いするにしても、それまでの場つなぎは必要だわ。いろいろトラブルを解決してくれる、腕の立つ用心棒がね」
 そうして、サユリはカウンターから身を乗り出し、長谷のほうに顔を近づけた。
「……ねえ、長谷さん。ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれる?」
「うん? なんだ?」
 長谷はぱちぱちと目を瞬かせる。話の流れから、なにを振られるかは予想できそうなものだが――あるいはこの鈍感さこそが、これだけ腕の立つ男が食いっぱぐれていることの理由なのか。内心に喜びと後ろめたさを抱えながら、サユリはその要件を切り出した。

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